英国の異端児にして、特異な映像美学で知られるピーター・グリーナウェイ監督。彼のレトロスペクティヴが渋谷のシアター・イメージフォーラムで開催中で、満席の回も出ている(その後、全国を巡回予定)。1980年代から1990年代にかけて作られた彼の代表作4本(『英国式庭園殺人事件』『ZOO』『数の溺れて』『プロスペローの本』)を上映(2本は4K版)。それに先がけ、グリーナウェイが現在の心境を語る。そのインタビューのパート2(全3回)をお届けします。

強い女性像と進化論

前回は自身が思うイメージとテキスト(文章)との関係について語ったグリーナウェイ監督。日本の清少納言の『枕草子』からインスピレーションを得た現代劇『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(1996)の話が始まった。

『枕草子』は体に書道の文字を書いてもらうことに喜びを感じる女性が主人公で、いかにもグリーナウェイ的な奇妙なイメージが積み重ねられていく(共演は若き日のユアン・マクレガー)。主人公はすごく力強い女性ですね、と私が言うと彼は答える。

「彼女が劇中で書く本からはすごく強い印象を受ける。彼女が書いた文章から生まれるイメージは本当にすばらしくて、それこそ映画の本来あるべき姿に近いものを表現している」

『数に溺れて』3人の女性たちの強さが強調された作品
Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV

「あなたは強い女性像が好きですよね。あなたの映画、たとえば、『数に溺れて』(1988)を見ていると、最後に女性は生き残りますが、男たちは死んでいきますね。女性はひじょうに強い生き物である……」
そんな私の質問に対してグリーナウェイは答える。

「女性像ということで考えると、『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989)のヘレン・ミレン演じる主人公は泥棒の妻で、男たちの支配する世界で目立った存在になっていたね」

さらに『ZOO』には交通事故で足を失いつつも、新しい命を産み落とす女性が登場するが、男たちは、ここでも死にゆくものとして描かれていく。まるで人類の進化論であるかのように……。

尊敬するダーウィン

「あなたはダーウィンの進化論にひじょうに興味を持っていて、フランスでテレビ作品"Darwin"(1993・日本未公開)も手がけていますね。ドキュメンタリー風の構成でした」

「ダーウィンは私が特にリスペクトしている人物のひとりだ。彼の考え方は生き物すべてに対するメタファーにもなっている。ある物はゆっくりと形を変える。そして、この流動性こそが文明に対する証となっている。自然界での突然変異と流動性は人間の生活の重要なメタファーの一部とも思える」

「『ZOO』(1985)はあなたの自然観察に対する視点を反映した映画と考えてもいいのでしょうか?」

「確かにあなたの言う通りだと思う」

クローネンバーグ監督への影響

『ZOO』の話が出たところで、好奇心丸出しの質問を投げてみる。

「『デイヴィッド・クローネンバーグ監督は『ZOO』にインスパイアされて『戦慄の絆』を作ったと聞いたことがあります。どちらも双子が主人公の映画ですね」

「実はトロント映画祭でクローネンバーグ監督に会ったことがあり、一緒にハンバーガーのバーに行った。彼は膨大な数の質問を私に投げかけてきた。そして、その後に生まれたのが双子(ジェレミー・アイアンズ主演)が主人公の『戦慄の絆』(1988)だ。『ZOO』から多くの引用がされていた。彼はラッキーな男だよ。私より資金も潤沢で、俳優も一流だ。私には製作費の都合で作り上げることができない洗練されたスタイルの映画に仕上がっていた。確かにあなたが言うとおり、間違いなく『ZOO』からインスピレーションを得たと、私はかたく信じている」

『ZOO』双子が同じ女性を愛するようになる

Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British Film Institute.

そこでクローネンバーグの他の映画をどう思うのか聞いてみると、こんな答えが戻ってくる。

「彼は積極的に映画作りを進め、図解的な作品に仕上げる。有名な作家の有名な小説の映画化を取り上げ、それをひっくり返すような発想で説明を加える。私の『プロスペローの本』(1991)もシェイクスピアの有名な原作の映画化で、私自身のオリジナル脚本だ。私の場合は、シェイクスピアを新たな発想で読み直したいと思った」

ジョン・ギールグッドの声の魅力

『プロスペローの本』の話が出たところで、主演のジョン・ギールグッドのことを聞いてみる。彼は英国の舞台では、最高のシェイクスピア男優のひとりとして知られてきた。ただ、同じシェイクスピア男優として知られるローレンス・オリヴィエは映画の代表作も多く作っているが、ギールグッドにはシェイクスピア映画の最高の主演作がない。

『プロスペローの本』主演のジョン・ギールグッドは最高のシェイクスピア男優のひとりと考えられている

「彼はシェイクスピア映画は『ジュリアス・シーザー』(1970)に主演している。でも、確かにあなたの言うように本当の代表作がなかった。彼は朗々とした口調と声が特徴で、深遠な解釈を持ち込むことができるシェイクスピア男優だ。オリヴィエはアクション中心の男優だが、ギールグッドはもっとデリケートなニュアンスも表現できる声の持ち主だ」

『プロスペローの本』は登場人物すべての声をギールグッドがこなすことで、まさに彼のシェイクスピア男優としての力が全開した映画となっている。グリーナウェイと出会うことで稀代のシェイクスピア男優も生涯の代表作を残すことができたのだ。

次回のインタビューで監督は自身の映画観や音楽について語ります。パート3をお楽しみに!

ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師
シアター・イメージフォーラムほか全国公開中

『プロスペローの本』
出演:ジョン・ギールグッド、マイケル・クラーク他
音楽:マイケル・ナイマン
衣裳:ワダエミ
1991│イギリス・フランス・イタリア│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│126分│原題:Prospero's Book

『数に溺れて4Kリマスター』
出演:ジョーン・プロ―ライト、ジュリエット・スティーヴンソン、ジョエリー・リチャードソン 他
音楽:マイケル・ナイマン
1988│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│118分│原題:Drowning by Numbers
Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV
 
『ZOO』
出演:アンドレア・フェレオル、ブライアン&エリック・ディーコン他
音楽:マイケル・ナイマン
1985│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│116分│原題:A Zed& Two Noughts
Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British FilmInstitute.

『英国式庭園殺人事件4Kリマスター』
出演:アントニー・ビギンズ、ジャネット・スーズマン他 監督:ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン 1982│イギリス│英語│カラー│ビスタ│モノラル│107分│原題:The Draughtsman's Contract
Ⓒ 1982 Peter Greenaway and British FilmInstitute.

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