映画の歴史はまだ浅い
媚びを売ることもなく、本音でズバズバ話をするグリーナウェイ監督。近年、日本では公開作品はないものの、実はコンスタントに映画を作り続けてきた(日本での未公開作も多い)。
そんな彼にズバリ、映画作りのどういう部分にひかれるのか聞いてみるとーー。
「映画が見せるイメージ、それを作り上げること。そこにすごくクレバーなものを感じる。私自身は、もともとは絵画にとても興味がある。たとえば、イタリアのバロック絵画の画家、カラヴァッジオだが、そこには黒に対する意識があって、はっとさせられる。私自身はひじょうにヨーロッパ的な美術の教育を受けている。そんな絵画への嗜好性が出た作品の一本が『レンブラントの夜警』(2007)かもしれない。レンブラントの絵をモチーフにした作品だ」
ヨーロッパ絵画への興味
レンブラントもバロック絵画の画家である。アートスクール出身の彼は絵画に造詣が深く、その要素を映画に取り込むことでも知られている。初期の代表作の1本『英国式庭園殺人事件』(1982)は 17世紀の画家(製図家)を主人公にした作品だ。
「もともとはあなた自身も画家志望でしたが、今はカメラで絵を描いている、ということでしょうか」
「そのことは自分にとっては、とても気分がいい。絵画の世界では、これまで何千年もの間、多くの専門家たちが絵を描いてきた。その歴史は長い。しかし、映画は、19世紀末に誕生し、その歴史はまだ浅い。絵画と比較すると子供のような存在でしかない。だから、映画にどういうことが起きるのか、これからも見守るべきなのかもしれない。絵画のように歴史を築き上げられるかどうかをね」
ここでちょっと前にBFI(英国映画協会)のトークショーで監督が語った言葉を投げてみる。
「映画の持つ可能性を映画自体が殺してしまった、と言っていましたね」
「それはトーキー以降の映画に対する考え方だ。映画は1919年から、1920年あたりが、最もエキサイティングだった。その頃の映画はコミュニケーションにおける新たな方法を見せようとしていた。ところが、音声が入り、字幕などがつくようになると、いわゆるテキストを通じて、映画が理解されるシステムができてしまった。本来はイメージの表現だったのに、書いたり、話したりする言葉に頼るようになった。その結果、イメージの価値が減じられるようになった。映画においても最初にモノをいうのは言葉で、イメージではなかったということだ」
『レンブラントの夜警』が日本で公開された時、彼は来日していて記者会見で「映画は1983年に死んでしまった」と言っていた。その時の言葉の真意を訪ねるとー。
サイレント映画の力
「これはフランスの有名な言葉の引用だった。ただ、あれから歳月が流れ、今は2024年。ただ……私はやはり映画に対して失望を禁じ得ない。サイレント時代は洗練されていて、映像の力で見る人とコミュニケーションをとっていた。テキストの助けはなしで、それが成立していた」
“イメージVSテキスト”に対する見解が、なおも続く。
「多くの人は理解してくれないようだが、映画は文字的なメディアで、テキストが必要と考えられているようだ。マーベル・コミックや日本のアニメーションにしても、まずはテキストありき、に思える。素晴らしいイメージを作ることより、そちらが優先される。だから、映画というメディアは二番手のコミュニケーションとなってしまった」
映像派の監督らしいイメージ論。英国にはグリーナウェイ以外に、ケン・ラッセル、ニコラス・ローグ、デレク・ジャーマンなどイメージを優先する映画監督が他にもいる。ただ、ロンドンに行って、英国の映画の研究者たちと話をしてみると、この国ではリアリズムや演劇・文学的なものが優先されるせいか、映像派監督は過小評価を受ける傾向にあるようだ。
ケン・ラッセルような監督をどう思うのか聞いてみると――。
「キャリアの初期(主に60年代)において、彼はテレビの仕事を中心にこなしていて、私自身も彼の映画はすごくエキサイティングに思えた。しかし、その後の映画は自己満足的なものになってしまった。そして、彼の映画が劣化した、というより、彼自身にとっても、重要なものではなくなった」
最後にぜひ聞きたかったのが、音楽の役割である。今回、レトロスペクティヴで上映されている4本の代表作は、すべてマイケル・ナイマンが音楽を担当している。ミニマル・ミュージックの代表的なコンポーザーでもあった彼の音楽は、グリーナウェイ映画を支える重要な要素でもあった。
「ただ……『プロスペローの本』を最後に私と彼はまったく違う方向に進んでしまった。彼はオーストラリアの監督(『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン)と組んで商業的な成功を手に入れ、その後はもっとコマーシャルな映画に興味を持つようになった。私と組んでいた頃は、困難を乗り越えながら、ある方向を切り開こうとしていたが、そういう道はもう選ばなくなったのだろう。私自身は、その後は他の作曲家たちとうまくいっていると思う」
グリーナウェイにしてみれば、ナイマンとのコンビは遠い昔の話に思えたようだ。ただ、今回の4作品を再見すると、改めてナイマンの数学的な音楽とシンメトリーにこだわった映像の相性の良さも再確認できる。
「残念ながら、もう時間が来てしまいました。改めてあなたに取材できて、本当にうれしく思っています」
そんな私の言葉に――。
「かつての取材から何年もたって、またあなたと話ができて、こちらもうれしく思っているよ」
こんな優しく、温かい言葉が、グリーナウェイから聞けるとは……!? 年月による変化も感じた。
「今後もぜひ映画を作り続けてください」と言ったら「もちろん。そうしたいと思っている」という頼もしい言葉も返ってきた。
今後はダスティン・ホフマンと組んだ新作を撮る予定だという。80代にして、まだまだ健在。そんな巨匠の今にふれることができるインタビューとなった。
ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師
シアター・イメージフォーラムほか全国公開中
『プロスペローの本』
出演:ジョン・ギールグッド、マイケル・クラーク他
音楽:マイケル・ナイマン 衣裳:ワダエミ 1991│イギリス・フランス・イタリア│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│126分│原題:Prospero's Book
『数に溺れて4Kリマスター』
出演:ジョーン・プロ―ライト、ジュリエット・スティーヴンソン、ジョエリー・リチャードソン 他
音楽:マイケル・ナイマン
1988│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│118分│原題:Drowning by Numbers
Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV
『ZOO』
出演:アンドレア・フェレオル、ブライアン&エリック・ディーコン他
音楽:マイケル・ナイマン
1985│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│116分│原題:A Zed& Two Noughts
Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British FilmInstitute.
『英国式庭園殺人事件4Kリマスター』
出演:アントニー・ビギンズ、ジャネット・スーズマン他
監督:ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン
1982│イギリス│英語│カラー│ビスタ│モノラル│107分│原題:The Draughtsman's Contract
Ⓒ 1982 Peter Greenaway and British FilmInstitute.