ハリウッドだけでなく、まさに体を張った生身の迫力と情感に訴えるドラマ性で愛されるアジアン・アクションの世界も見逃せません。ブルース・リーやジャッキー・チェンのような欧米にはいないタイプの自らの肉体を駆使するスターや、香港ノワールなど感性に訴えかけてくる情緒あるアクション作品などがファンを痺れさせる独自の世界を再訪してみましょう。
(文・稲田隆紀/デジタル編集・SCREEN編集部)
『男たちの挽歌』© 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

画像: 『男たちの挽歌』で注目されたチョウ・ユンファ、ティ・ロン、レスリー・チャン © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

『男たちの挽歌』で注目されたチョウ・ユンファ、ティ・ロン、レスリー・チャン
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それまでの香港映画になかった
スタイリッシュなジョン・ウー美学が炸裂

 ふりかえれば、1980年代から中国本土返還の1997年までが、香港映画の最も弾けていた時代だった。なかでも話題になったのが“香港ノワール”だった。日本の日活のアクション映画、東映のヤクザ映画とフランスのフィルム・ノワールに多大な影響を受けつつ、香港ならではの派手なアクション全開。すべてを織り込んだギャング・アクションの通称である。
 その先駆となったのが、1986年に製作された『男たちの挽歌』だった。まさしく“香港ノワール”の代表作。一昨年、日本でも4Kデジタル・リマスター版が劇場公開され、今夏には日本人キャストで音楽劇として公演されるなど、今もこの作品に強い思い入れを抱いている人は多い。

 仕掛人は製作総指揮を引き受けたツイ・ハークだ。彼はテキサス州立大学で映画を学び、1979年に映画監督デビュー。時代に先駆けたアイデアと演出力で、香港映画界のニューウエーヴに数えられ、監督のみならず多彩な活動を精力的に展開していた。
 はじまりは、ジョン・ウーが香港映画界に居づらくなったことだった。ウーは当時、職人監督的な扱いで、コメディからアクションまであらゆるジャンルを任され、そつなくこなす存在とみなされていた。しかしある作品の暴力描写面で問題となり所属するゴールデンハーベストから疎んじられてしまう。そこに助け舟を出したのがツイ・ハークである。
 ウーは、かねてより深作欣二やフランスのジャン=ピエール・メルヴィル、アメリカのサム・ペキンパーに傾倒していた。ウーはツイ・ハークの申し出を受け、男同士の友情、兄弟愛を軸にしたアクション映画の脚本を書き上げる。それまでの香港映画にはないスタイリッシュさと、義理としがらみの古典的なヤクザ世界のセオリーを内包したストーリー。これに手応えを感じたツイ・ハークはプロジェクトを推し進めた。

 ストーリーは、裏社会の幹部であるホーと実弟・キットとの確執が軸となる。ホーは身分を隠しながら弟を援助していたが、キットが警察官を志望していることを知り、ホーは最後の仕事と決めた台湾での取り引きに向かう。しかし相手側の裏切りによって、ホーは自首して罪をかぶることになる。
 キットは尊敬する兄が裏社会の組員であることを知り激しい憎しみを抱く。ホーの相棒のマークは単身で取引相手だった台湾マフィアを皆殺しにするが、途中で襲われ、歩行の自由が利かない体になる。
 3年後、ホーは出所して香港に戻り、前科者ばかりのタクシー会社に就職し、堅気の生活に入る。マークは組織の雑用係でこき使われていた。裏社会の嫌がらせでタクシー会社も破壊されたホーは、マークとともに裏社会の偽札の原版を盗み出して、キットに引き渡す。そして裏社会との戦いが始まる……。
 しがらみに耐えて、耐えて、最後に戦いに赴く。まるで東映任侠映画そのままのシチュエーションを香港で展開する。ここにウーの目算があった。しかもアクションに関しては、メルヴィルのストイシズムとペキンパーのスローモーション、セルジオ・レオーネのけれんを大胆に取り入れ、ちょっと気恥ずかしくなるようなスタイリッシュな映像に凝縮させた。まさにジョン・ウー流美学の誕生である。

画像: 1作目の大ヒットを受けて主演トリオと監督が再結集『男たちの挽歌Ⅱ』 © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

1作目の大ヒットを受けて主演トリオと監督が再結集『男たちの挽歌Ⅱ』
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チョウ・ユンファ、レスリー・チャンら
新たなスターがここから羽ばたく

 ウーの勢いに呼応してキャスティングが素晴らしかった。主人公のホーを演じたのがティ・ロン。もともと永春拳の達人であり、1970年代にはカンフー映画のスターとして活動した。修羅場をくぐった貌が、彼の持ち味だ。それを補って余りあったのがマーク役のチョウ・ユンファとキット役のレスリー・チャンである。
 香港俳優のなかでは高身長、甘いマスクのチョウ・ユンファは、もともと香港のテレビ局TVBの演劇学校で学び、テレビドラマで活動して人気を蓄えてきた。1984年に『風の輝く朝に』をはじめ映画出演のオファーが増えて、決定打となったのが本作である。人を食ったような表情とスタイリッシュな仕草。本作のマーク役でたちまち人気爆発。画面から放たれるオーラがこの頃のチョウ・ユンファにはあった。

 レスリー・チャンは既にアイドルとしてヒット曲があり、映画も何本も出演していた。だが本作のようなドラマチックな大人の役をシリアスに演じる機会が少なく、本作が試金石となった。一途なキャラクターを懸命に演じ、俳優として認められるようになった。
 本作は日本をはじめ世界的な熱狂を持って受け入れられた。チョウ・ユンファ、レスリー・チャンに対する人気は倍増。『男たちの挽歌』はチョウ・ユンファを軸にシリーズ化され続編『男たちの挽歌Ⅱ』、第3作『アゲイン/明日への誓い』がつくられた。このシリーズが先鞭をつけた“香港ノワール”は香港アクション映画の代名詞にまでなった。
 なにより立役者のジョン・ウーの思いを込めた演出は世界から喝采を浴びた。以来アクションの匠として作品が倍増。いつしかアメリカ映画界から招かれる存在となった。ちなみに本作はインドや韓国、中国本土でリメイクされている。

画像: ユンファの演じたマークの前日譚に当たる第3作『男たちの挽歌Ⅲ アゲイン/明日への誓い』 © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

ユンファの演じたマークの前日譚に当たる第3作『男たちの挽歌Ⅲ アゲイン/明日への誓い』
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画像: (左から) 『男たちの挽歌 4Kリマスター版 4K ULTRA HD+Blu-ray(2枚組)』9,680円(税込)発売・販売:ツイン © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved. 『男たちの挽歌Ⅱ』発売:ツイン 販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved. 『男たちの挽歌Ⅲ アゲイン/明日への誓い』発売:ツイン 販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント © 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

(左から)
『男たちの挽歌 4Kリマスター版 4K ULTRA HD+Blu-ray(2枚組)』9,680円(税込)発売・販売:ツイン
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『男たちの挽歌Ⅱ』発売:ツイン 販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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『男たちの挽歌Ⅲ アゲイン/明日への誓い』発売:ツイン 販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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『男たちの挽歌』

「午前十時の映画祭14」で8月30日(金)より9月12日(木)までグループBで上映。9月13日(金)より9月26日(木)までグループAで上映

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