(文・井上健一/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:『バイオハザード』Photo by GettyImages
リュック・ベッソン監督に
オールマイティな肉体的能力を発見される
「ミラには肉体的な特徴があり、過去や未来から来た人になることもできる。エジプト人にもローマ人にもなれる。ネフェルティティ(古代エジプトの王妃)にもなれるし、宇宙から来た人にもなれる。それが彼女の肉体的な特徴として気に入った点だ」
これは、ある人物がミラ・ジョヴォヴィッチを評した言葉だ。宇宙からやってきた地球の救世主、英国との戦争でフランスを勝利に導いた聖女、T|ウイルスによって超人的な戦闘能力を得た元特殊部隊隊員…。
ミラはたびたび常人離れした役を演じながらも、それぞれにふさわしいスタイルのアクションに挑んできた。彼女のキャリアを振り返ってみると、冒頭の言葉がいかに的を射ているか、よくわかるはずだ。とはいえ、この発言は最近ではなく、『フィフス・エレメント』(97)のリュック・ベッソン監督が、彼女の起用理由を語ったものだ。世界的映画監督らしい慧眼だが、裏を返せばミラが当時から唯一無二の輝きを放っていたことの証でもある。
ミラ・ジョヴォヴィッチは1975年12月17日、当時ソ連の一部だったウクライナのキーウで、女優の母と医師の父の下に生まれた。5歳の時にウクライナを離れ、ロンドンを経由してロサンゼルスへ移住。これにより、ウクライナ語に加えてロシア語、英語も話すマルチリンガルとなった。また、米国移住後、両親の離婚を経験して母の手で育てられたミラは、米ソ冷戦真っ只中の当時、ソ連出身を理由に学校でいじめにも遭ったという。現在の活躍につながるタフなメンタルと国籍を感じさせないコスモポリタンな雰囲気は、そんな境遇の中で培われたのかもしれない。
11歳でモデルとして活動を始め、たちまちスーパーモデルの仲間入りを果たしたミラは、1988年に『トゥー・ムーン』で女優デビュー。出世作となったのが『フィフス・エレメント』だ。謎めいた地球の救世主“フィフス・エレメント”=リールーを演じるために空手のトレーニングを積んだミラは、劇中で華麗な格闘アクションを披露。ジャンポール・ゴルチエがデザインしたアヴァンギャルドな衣装もその魅力を引き立て、今日のアクションスターへの萌芽となった。
さらに『ジャンヌ・ダルク』(99)では、フランス軍を勝利に導く聖女ジャンヌ・ダルクを熱演。甲冑を身にまとい、颯爽と馬に乗って戦場を駆ける姿も様になっている。中でも、敵陣の防壁を上ったジャンヌが弓で射られ、25メートル下へ転落するアクションは出色だ。着地点が見えない背中からのダイブはかなりの恐怖が伴うはずだが、ミラは「自分でやった。その方がずっといい」とこともなげに撮影を振り返っている。
代表作「バイオハザード」シリーズでは
回を追うごとにアクションがパワーアップ
こうして果敢にアクションに挑戦してきたミラは2002年、代表作となる『バイオハザード』で、アクションスターの地位を確立する。この作品では、海軍特殊部隊SEALs出身のスタントマン、ジェームズ・バトラー指導の下、三週間に及ぶ厳しいトレーニングを実施。劇中、ほぼすべてのアクションを自ら演じ、才能を開花させた。
続く第2弾『バイオハザードⅡ アポカリプス』(04)では、ブラジル発祥の護身術カポエイラを取り入れ、格闘から銃撃戦まで全編スピーディーでアクロバティックなアクションが満載。このとき、80メートルのビルの壁を垂直に駆け降りるアクションに挑戦しようとしたが、事故を恐れた保険会社からストップがかかり、スタントが代役を務めたという逸話も残る。(それでもミラは諦めず、一部は自ら演じ、18メートルの壁を実際に駆け降りている。)
その後も続編ごとに、ミラのアクションはパワーアップ。当初のアイドル女優的なイメージも徐々に払拭し、最終的に『バイオハザード:ザ・ファイナル』(16)まで6作、14年に渡ってアリスを演じ続けた。
その一方で「バイオハザード」シリーズで鍛え上げたアクションのスキルを武器に、『ウルトラヴァイオレット』(06)、『サバイバー』(15)、『フューチャーワールド』(18)、『ザ・ルーキーズ』(19)などにも出演。
また、モデルとしても通用する抜群のスタイルから繰り出される華麗なアクションが持ち味のミラだが、その裏に秘められた苦労も世界トップクラス。『フィフス・エレメント』撮影中には体中あざだらけになって主演のブルース・ウィリスを驚かせ、『バイオハザードⅣ アフターライフ』(10)では、武器として使うチェーンが自分の顔面を何度も直撃、歯が折れるほどの激痛を味わったという。だがそんな逸話も、ミラにとっては勲章だ。
なお、私生活では俳優のショーン・アンドリュース、リュック・ベッソン監督と二度の離婚を経験した後、2009年に『バイオハザード』のポール・W・S・アンダーソン監督と三度目の結婚。夫婦仲は良さそうで、今では3人の娘の母親となっている。とはいえ、『モンスターハンター』(20)では、格闘技の達人トニー・ジャーと互角の勝負を繰り広げており、まだまだ衰えは感じられない。幼少期に培われたタフなメンタルを土台に、役と一体化して体を張るミラのアクションは、これからも私たちを魅了してくれるに違いない。