(文・斉藤博昭/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:Photo by Gareth Cattermole/Getty Images
“山頂の涼しい風”のように多くの人を癒し続ける“聖人”
“聖人”が還暦を迎えた……。トップスターの地位を築いた俳優は何人もいるが、多くはキャリアのピークを迎えた後、その人気が落ち着いた状態になる。しかしキアヌ・リーヴスは、年齢を重ねながら新たな伝説を生み続け、ファンを増やしている。スター俳優というより、聖人としてリスペクトされる稀有な存在だ。
スターと呼ばれる人たちは、マスコミやファンの前で“いい人”として振る舞っても、舞台裏ではストレスを隠さなかったり、極端にクールだったり、という話をよく聞く。その中で、つねに裏オモテなく“普通に”行動するのがキアヌであることは、映画関係者の定説。だから、これだけのスターになってもNYでは地下鉄に乗り、しかも席を譲ったりする“いい人伝説”や、公園のベンチで一人でサンドイッチを食べる“ぼっちキアヌ”などの話題にも真実味がある。人として真っ当に生きる姿は奇跡レベルであり、だからわれわれも彼のことを好きにならずにはいられない。
今から60年前、この聖人スターはレバノンのベイルートで誕生。父はハワイ系のアメリカ人。父の祖母は中国系アメリカ人。そして母はイギリス人。キアヌというちょっと珍しい名は、ハワイの言葉で「山頂の涼しい風」を意味する。俳優デビュー時にエージェントが改名しようとしたが、今となってはこの名前がぴったり。60歳になっても涼しい風のようにわれわれの心を癒してくれているのだから!
両親の離婚などで各地を転々とした子供時代。やがてカナダのトロントに落ち着き、1980年代前半からキアヌの俳優としての活動が始まる。それ以前の高校時代はアイスホッケー選手を目指していたがケガで断念。しかしその能力が1986年の『栄光へのエンブレム』でのアイスホッケー、ゴールキーパー役で生かされた。そして俳優としての大きなブレイクが『ビルとテッドの大冒険』(89)で訪れ、『ハートブルー』(91)でアクションスターとして開眼、『スピード』(94)を大ヒットに導く。
トップスターへの階段を駆け上がっていったキアヌ。30代の半ばで『マトリックス』(99)という特大フランチャイズの主役を手にした後は、キャリアがやや落ち着くも、50歳の節目で新たな代表作『ジョン・ウィック』(14)を放ち、現在に至っている。幼い頃に俳優への憧れを抱かせたのがサニー千葉(千葉真一)ということで、アクションスターの夢を叶えつつ、ラブストーリー、コメディなど多彩なジャンルで、その個性を発揮させてきたのが、キアヌ・リーヴスだ。
華やかな俳優人生の陰でずっと背負ってきた“哀しみ”
他のトップスターたちと比較してキアヌの俳優としての魅力を挙げるなら、つねにどこか低温、無色透明のイメージが保たれているところ。熱演の場面でも冷徹さは消えず、だから観ているわれわれも“引いてしまう”ことがない。
バスジャックを止めるSWAT隊員(『スピード』)、サイバー空間の戦闘の達人(『マトリックス』)、ヘビースモーカーの悪魔祓い(『コンスタンティン』/05)、無敵の殺し屋(『ジョン・ウィック』)、若い女たちに弄ばれるパパ(『ノック・ノック』/15)など、過激な役どころも多いのだが、その過激さがキアヌによって中和され、設定やドラマに入り込みやすくなる。コメディではそのクールさがとぼけた味わいに変換されて妙にホッコリするし、無色透明の魅力が神の域に達した『リトル・ブッダ』(93)のような作品もある。
そしてもうひとつ重要なポイントは、キアヌの一見、華やかな俳優人生の陰で、ずっと背負ってきた“哀しみ”をわれわれが認識していること。『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』(90)と『マイ・プライベート・アイダホ』(91)で共演し、親友となったリヴァー・フェニックスの突然の死。特に後者での2人の役の関係性を重ねると、切なく胸がかきむしられる。
また、元恋人との間にできた子供が死産となり、その恋人が交通事故死を迎えるという悲劇も経験。妹のキムは長年、白血病と闘うなど家族にもつらい出来事があった。そのキムには献身的な支援を惜しまず、『マトリックス』のギャラの70%(約36億円といわれている)をガン研究に寄付するなど、スターとして得た報酬を必要な目的で使おうとする姿が、決して“いい顔をしたい”だけではないことを、誰もがよくわかっている。
自由な生き方を貫き次は“グレートアクター”へ
一方で自由な生き方を貫くのもキアヌらしく、1991年に結成したバンド「ドッグスター」の活動を、2023年に復活させるなどミュージシャン人生もキープ。バイク好きが高じて、カスタムバイクを制作する会社を友人と共同設立し、恋人でビジュアルアーティストのアレクサンドラ・グラントとアート系の本を扱う出版社を立ち上げるなど、その自由な生き方は、多くの人の憧れの的になっている。30代まで自宅を持たず、安ホテルや友人宅を転々とし、スターになった後もお気に入りの靴をガムテープで補修して履き続けるといった、嘘のようなホントのエピソードも、キアヌの自由奔放さの証明だ。
かつて『スピード』の頃は「グッドアクター」を目指すと言っていたキアヌ。『コンスタンティン』の取材では「40代に入ってグッドのレベルになったので、次の目標はグレートアクター」と答えた。そして50歳でその件を聞くと「これからも自分を磨けば、グレートの域に近づけるかも」と語った。われわれファンは、もうかなり前からキアヌをグレートアクターだと信じている。60歳を迎え、今後の新作も途切れない今、自身への評価はどう変わっていくのだろう。