香港の裏社会に脅されて時計強奪のため東京に飛んだ4人の男たちの前に、幻の時計ムーンウォッチが現れる。日本の大富豪とヤクザも巻き込んだ争奪戦の顛末は⁉ 香港の大人気アイドルグループMIRRORのメンバーが出演し、2024年の旧正月に香港で大ヒットした痛快クライムムービー「盗月者」のユエン・キムワイ監督が公開記念舞台挨拶のため来日。時計にまつわるストーリー、日本ロケの裏話などをたっぷり語ってくれました。中でも九龍城で生まれ育った監督が、子どもの頃大好きだったという日本のテレビ番組の話は最高。同世代の香港映画ファンとして、嬉しさと懐かしさで胸がいっぱいになりました(インタビュアー/望月美寿)
*文中で映画の結末に触れています。まだ映画をご覧になってない方はご注意ください。

ある新聞記事で頭の中が「?」でいっぱいになったんです

――「盗月者」大変楽しく拝見しました。まずは本作の制作に至る経緯から教えてください。

「2010年に『4人の武装した男が郵便局を襲って手紙の袋を奪った』という新聞記事を見ました。『なぜ?』『手紙なんか盗んでも仕方ないだろう』と頭の中が『?』でいっぱいになりました。半年後、警察が事件の真相を解明しました。4人の泥棒は日本で時計を強奪し、警察に見つかりそうになって香港に郵送したんです。日本は信用がある国だから当時日本からの荷物はほとんどノーチェックだったんですね。泥棒のひとりの親戚が郵便局で働いていて、情報を流す手はずでした。ところが間違った時間を教えてしまった(笑)。郵便物を襲ったのはいいけれど、ミスに気づいた4人は4時間後に手紙の入った袋を丸々どこかに捨てた。結局、4人の泥棒は捕まりましたが、時計はどこに行ってしまったのか?誰にもわからない(笑)。この奇妙なミステリーが『盗月者』を作るきっかけになりました」

――盗まれた時計は今も行方不明! 本作のあの鮮やかなエンディングに重なりますね。

「その通り。ムーンウォッチは手に入れようとする者を死なせるから、4人の誰もが触れることなく、封印したような終わり方にしました」

――ある意味とてもロマンですね。主人公のマーはムーンウォッチに熱烈に憧れていたけれど、あの冒険をすることで執着を手放すことができた。

「そう、彼はまさにキャラクターとして成長していったんです」

画像: ある新聞記事で頭の中が「?」でいっぱいになったんです

――アクション、スリル、コメディ、アイロニー、いろいろな要素が詰まっていましたが、参考にした映画はありますか?

「男の集団が何かをしでかすHEISTムービーというジャンルがあって、商業映画の中ではとても伝統的なやり方なんです。フランス映画の『男の争い』などを参考にしました」

――ジョニー・トウ監督の「ザ・ミッション 非情の掟」や「オーシャンズ11」も同じジャンルでしょうか?

「そうですね。『スティング』を思い出すという人もいるけど、あれはどちらかというと詐欺。HEISTは強盗、強奪という意味で、実際に奪うという行為が重要です。男たちが群がって何かを企んでいるときって何かロマンがあるんですよね。そこに個性のぶつかり合いが生まれるのもいい。この映画は意図的に女性のキャストを排しました。あえて主演女優というならば、ヤウのお母さんがいたくらい(笑)。でも彼女も女らしいというよりあくまでもプロフェッショナルでした」

――みんな大人なんだけど少年が集まって悪さをしているみたいな面白さがありました。

「男たちが集まってわちゃわちゃしながら何かを企む。そこに同士感的なものもある。実は僕はこれ、映画作りと共通していると思うんです。実際の僕たちもみんなそんな感じなんですよ(笑)」

日本の撮影隊とのコミュニケーションは?

――11月23日に行われた舞台挨拶には、主演のイーダン・ルイさんとアンソニー・ローさんがリモートで参加されましたが、お二人と監督とのやりとりがまさにそんな感じでした。「監督は温かいお父さんのような存在だった。他の監督だったらあのような関係は築けなかったと思う」「1か月日本にいたのに毎日忙しくて夜帰ってラーメン食べるくらいしかできなかった」と言ってましたね。日本ロケの間にみんなで悪さしたことはありましたか?

「ハハハ、特に悪さはしていません。僕もそんなに若くないしね(笑)。イーダンは思考系、アンソニーは直観系と正反対のタイプだけど、2人ともとても心根が良くて真面目な若手俳優で、香港映画界の期待の星です。彼らはラーメン食べに行ったかもしれないけど、僕は毎日、撮った映像のラッシュを見て、翌日の計画や準備に追われていたのでラーメンを食べることすらできませんでした」

画像: イーダン・ルイ

イーダン・ルイ

画像: アンソン・ロー

アンソン・ロー

――日本の撮影隊とのコミュニケーションはいかがでしたか?

「香港人は何でも急いで慌ててやる癖がある(笑)。日本人はものすごくきちっきちっと準備をするので、我々もそれに合わせて明確に指示を出す必要がありました。僕は毎晩、撮影が終わったあと、人物の立ち位置と動きを、どのスタッフも一目見て理解できるような図を書きました。時間がかかったし気も遣って大変でしたが、結果とてもいいものができたのでよかったと思っています」

――「盗月者」はミステリアスでロマンチックで何だろう?と思わせるいいタイトルですね。

「この映画のために作った造語です。重要なのは盗の字。この一文字でジャンルを明確にすることができる。月はムーンウォッチを表していますが、本来、事件とムーンウォッチはまったく関係ないんですよね(笑)。この映画の出資者である英皇電影(エンペラーモーションピクチャーズ)が時計事業もやっていて、その担当者から時計にまつわるいろんな話を聞けたのが大きかった。『金銀や宝石が散りばめられた時計が貴重な時計?』と聞いた僕に対してその人は『そんなことで時計の価値は決まらない、物語で決まるんだ』と言ったんです。そしてポール・ニューマンの時計の話をしてくれました」

――それはどんなお話でしょう。

「ポール・ニューマンが『レーサー』というレーシングの映画を撮ったときに、奥さんからロレックスのデイトナを買ってもらった。1960年代のデイトナはまだ無名でそんなに高価ではなく、裏には『DRIVE,CAREFULLY,ME』という3つの言葉が彫ってありました。『私のためにも安全運転してね』という意味ですね。撮影は無事に終わって、ある日ポール・ニューマンの娘が家にボーイフレンドを連れてきました。時計を持ってないという彼にポールは自分がつけていた時計をあげました。2人は結局、結婚しなかった。月日は流れ、お金に困ったその男性は、時計をオークションに出しました。そしたらとてつもない高値がついたんです。ピカソの時計、ベトナム最後の王朝の王様の時計、エルビス・プレスリーの時計……世の中には数々の伝説の時計がありますが、時計の価値はそこに紐づく物語が大事なんですね」

――その中でもとびきり貴重な時計を捜してムーンウォッチにたどり着いた、と。

「そうです。僕は人類の進歩を象徴的する物として、最初に月に降り立った時計こそが最も貴重で価値があると思いました。人類が初めて行った月で、もしかしたら怪獣がいるかもしれなかったから(笑)、3人の宇宙飛行士のうち、有事に備えたマイケル・コリンズは船内に残りました。アームストロング船長の時計は壊れていたので船内に置いていき、エドウィン・”バズ”オルドリンだけが腕時計をつけて月面に降り立った。物語はそこで終わりません。3人は無事に地球に戻ってきて、盛大な祝賀パレードが開かれました。彼らが身に着けていたものは服から下着から鼻をかんだティッシュに至るまで、すべてが歴史的に貴重なものとしてスミソニアン博物館に送られることになりました。ところが箱を開けるとバズの時計だけがどこにもなかったんです。唯一月に降りたその時計だけが! 今もなお行方不明のままという意味でも、ムーンウォッチが世界で一番、値段がつけられない、価値ある時計ではないでしょうか。そんなようなことをいろいろと調べながらこの映画を作っていきました」

――聞いているだけでワクワクしますね。マーが大金をはたいて取り寄せたムーンウォッチの資料は本物ですか?

「あれは作りものです。でもNASAのいろんな資料を参考にしてなるべく本物っぽく見えるように作りました(笑)」

画像: 日本の撮影隊とのコミュニケーションは?

――だましだまされの物語ですが複雑すぎることなく、映像もわかりやすく、いろんな意味で気持ちよくだまされました。

「本作は商業映画であることが大前提です。監督には観客を引きつれていく責任がある。何も考えずに見終わったあと『ああ面白かった』と思ってもらえるようにするのは僕の仕事だと思っています。実は僕は捕まらないで悪いことをしてみたいんですよ(笑)。というのも、僕は九龍城で育ちました。1960~70年代の香港は警察も不正や収賄などいろんな問題を抱えていて、社会自体も混乱していた。子ども心にもこれはおかしい!と思う事件がいっぱいあって、でも自分で解決していかなければダメだった。そのあとで警察に捕まらないといいよね、という風潮の中で育ったんです(笑)」

――あの有名な九龍城の中で生まれて育ったのですか? 悪の巣窟、治外法権、アンタッチャブルなイメージしかない、映画にもなった!

「ハハハ、まさにそうです。1978年、僕が13歳のときに初めて警察が九龍城の中に入った日のことを今も覚えています。僕の両親は歯医者をしていました。1950年頃、香港脱出の大きな動きがあって、中国からたくさんの人が香港に来ました。何もなかった香港に突然100万、200万単位で人が増えたんです。当時香港を統治していたイギリスはその医療を支える仕組みをすぐには作れなかった。九龍城の中で無免許の医者と歯医者が営業していたのは暗黙の了解でした。非常に難しいバランスが保たれ上で必要悪が容認されている……僕はそういう環境で育ったんです」

――そして監督になって、面白い物語の映画を作るようになった。

「はい、いろんなものを見てきました」

成長期に日本の映画やドラマをたくさん見て育ちました

――監督は何かと日本に縁があるようですが、なぜ日本が好きなのでしょうか?

「僕は成長過程で日本の映画やドラマをいっぱい見ました。中村雅俊の青春劇が大好きでした。『俺たちの旅』とか。先生役もやっていましたよね。その影響で僕の中で日本の女子高生は今も特別なんです。(日本語で)カワイイ(笑)。時代劇の『姿三四郎』とか『木枯し紋次郎』とか『座頭市』とか。もちろん『ドラえもん』は外せません。赤いロボットが主役の『がんばれ‼ロボコン』や『刑事くん』『怪人二十面相』も大好きでした。『Gメン75』も凄い人気でした。香港映画で登場人物がずらっと並んで歩いてくるシーンが多いのは、あのオープニングの真似ですよね(笑)」

――レアな番組も含めこれほど多くのドラマのタイトルを香港の映画監督の口から聞けるとは、懐かしくて感無量です(笑)

「僕だけでなく、多くの香港人が日本に対して親近感を抱いているのは、子どもの頃から日本の作品にたくさん触れて来たからです。幼少時の感覚は簡単に消えるものではなく、香港人の中には日本の文化が沁み込んでいるんです。いっときは歌手も日本の歌のカバーばかり歌っていました。安全地帯とか谷村新司の『昴』が流行りました。当時アジアの中でもっとも経済が発達していたのが日本で、日本が創り出すコンテンツはアジアの中でずば抜けて進んでいたんです。香港は当時急に人口が増えて娯楽も必要になったけど、自分たちですぐに何か創り出せるわけではない。日本だけでなくアメリカやイギリスからもかなりの番組を輸入していました」

――亡くなられたジミー王羽も、キン・フー監督とたくさんの日本映画を見たと聞きました。

「彼らの作るアクション映画は日本映画の侍の刀の場面と非常に感覚が似ていますよね。シュッと斬りつけたあと一瞬、みんながシーンとなるあの空気。そして1人が倒れるあの流れも、まさに日本の影響を受けていると思います」

――香港の娯楽文化が面白いのはそういう歴史背景もあるのですね。

「昔の香港映画は正直ストーリーは二の次で、エンタメとして面白ければよかった。物語としては『ん?』というものが多かった(笑)。でも今はそれではとても通用しない。やはり物語としても面白いものが要求されている。そういう意味では香港映画も変わってきていますね」

――舞台挨拶で「次は鳥取砂丘で撮影したい」とおっしゃっていましたが。

「本当は『盗月者』で、すべてを失ったどん底の主人公たちが、鳥取砂丘で途方に暮れる場面を撮りたかった。このまま香港に帰ったらヤバイと気づいた彼らが、帰る前に鳥取に行って砂丘を転がり落ちたりする。まあ、遊びのシーンではありますが(笑)、観客にもそこでちょっと一息つかせてから次の緊張する場面に移るように設計していたんです。キャラクター同士が何かを通じて一致団結できる、本来はそういう場面が欲しかったんですね。でも予算の都合で実現しなかった。ロマンがあっていい場面になったと思います。なので次はぜひそこから始めたいんです。この映画の続編かもしれないし、まったく違う映画かもしれない」

――それもまたロマンですね。

「映画そのものがロマンであり、物語なんですね」

画像: 成長期に日本の映画やドラマをたくさん見て育ちました

『盗月者トウゲツシャ』
東京を舞台に次世代香港スターたちが魅せるスタイリッシュな”泥棒”映画

〇物語
アンティーク時計の修理に天才的な能力を持つ時計修理工のマー(イーダン・ルイ)。老舗時計店の2代目店主、裏では盗難時計売買の顔を持つロイ(ギョン・トウ)に自身が修理した時計を偽造販売したことがばれ、高級時計の窃取チームに入ることを強要される。狙いは、東京・銀座の時計店に保管された、画家ピカソが愛用していた3つの時計。集められたメンバーは、リーダーのタイツァー(ルイス・チョン)、爆薬の専門家マリオ(マイケル・ニン)、鍵師のヤウ(アンソン・ロー)、そしてマー。彼らはオークションが開催される東京へと飛び、下調べをしている最中、お目当ての時計が保管された金庫の中に、月に到達した唯一の時計・ムーンウォッチを発見する。予想外の展開にマーたちの運命は大きく狂い始め、日本の大富豪、裏でやくざと繋がる加藤(田邊和也)から追われることとなり、チームに大きな危険が迫る。それぞれの弱み、恩義と裏切り。敵味方が交錯する中、4人はピカソの時計を無事に香港に持ち帰ることができるのか?命を賭けた大逆転ゲームがここに始まる!
原題:盜月者(英語題:The Moon Thieves)/2024年/香港/107分/広東語・英語・日本語/日本語字幕/シネスコサイズ
配給:サロンジャパン、ポレポレ東中野
全国順次公開中! 

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