『アイーダ』は“オペラ王”ヴェルディ作のオペラ。古代エジプトを舞台に、恋と戦争に翻弄されるヒロインの運命を壮大で繊細に描き、第2幕第2場での「凱旋行進曲」はサッカーの応援歌でも知られ、“オペラのなかのオペラ”とも言われている。
トニー賞受賞演出家による36年ぶりの新演出で新たな魅力を発掘!
——2012年に『リゴレット』で初めてオペラの演出を手がけてから、今回で5回目の MET 登場となりますね。『アイーダ』はMETにとってもひときわ重要な作品だと思いますが、オファーを受けた際の感想は。
怖くなりました。あまりにも畏れ多くておののきましたが、大のクラシック音楽ファンだった母が背中を押してくれたんです。当時、母は入院中で、私が「実はこういう話があって」と話すと「『アイーダ』?それは絶対に引き受けなきゃだめよ!」と言ったんです。それが、彼女との最後の会話になりました。だからこれは母の遺言としてやらなければならない、と決断したわけですが、『アイーダ』は非常にスケールが大きいだけでなく、METにはすでに 30年以上愛され続けてきたプロダクション(1988年初演のソニヤ・フリゼル演出版)があるわけですから、それに代わるものを創らねばならないという重責がのしかかってきて、構想をまとめるのにもかなりの時間を要しました。
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——観客には、フリゼル版の大きな動物が出てくるイメージがこびりついているかもしれませんね。
私が今度『アイーダ』をやると話すと、みんな「象は出てくる?」って聞いてきますからね(笑)。「もちろん出すよ」と答えていますが、今回出てくるのは黄金の象です。上演のためのリサーチで『アイーダ』の原案者であるオギュスト・マリエットというフランスのエジプト考古学者の存在を知りました。彼はパピルス研究の専門家で、その過程で墓など遺跡の発掘も手がけるようになったのですが、どういう経緯で彼が『アイーダ』のストーリーにたどり着いたのかに、非常に興味を覚えました。それから、私はアガサ・クリスティの大ファンで、彼女は『ナイルに死す』『メソポタミヤの殺人』など中東を舞台にした作品を多数書いていますし、彼女の夫マックス・マローワンは考古学者で、20世紀初頭にさまざまな発掘調査を行っており、クリスティもそれに同行したりしています。こうした事実が結びついて、もしも発掘調査中に黄金の短剣が見つかったら……という古代史にひそむミステリーとして、考古学者の夫婦が物語をつなげてゆくアイデアが生まれました。男女のチームであることも重要なポイントで、リハーサル時は、二人のことを「マックス」「アガサ」って呼んでましたね。他にも調べている間に知ったのは、マリエットは原案だけでなく、オペラ『アイーダ』初演(1871 年)の際の衣裳や舞台装置のデザインまで手がけていたということ。そのスケッチがすべて残っているので、私たちのクリエイティブ・スタッフである美術のクリスティン・ジョーンズや衣裳のスーザン・ヒルファティは、マリエットのオリジナル・デザインを念入りに研究して、この『アイーダ』の世界を創ってゆきました。
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——単に古代エジプトの世界と現代をつなぐ設定というだけでなく、初演プロダクションへの絶大なオマージュでもある、ということですね。内容についても、多くの人が抱いている『アイーダ』のイメージを裏切らないことを優先したように見えます。
それが、読み替えをしたくなかった大きな理由です。特にMETの聴衆は、以前のプロダクションが大好きでした。派手で巨大で、舞台上に 200人の人間(注:プラス馬やラクダなど生きた動物たち)が出てきて、壮大な古代エジプトを堂々と表現した舞台。これを愛して止まないみなさんの気持ちを大事にしたいと、まず思ったのです。そして私たちには、30年前にはなかった映像技術があります。これを駆使することで、古典派でいて現代的なプロダクションが実現可能になったと思っています。
特に重要なのは、20世紀の考古学者の目を通してこのストーリーを見るということです。私たちは古代の文化がどういうものであったのかを客観的に見なくてはいけないし、オリエンタリズムの問題も、看過するわけにいきません。
批評家のエドワード・サイード(主著『オリエンタリズム』等で西洋視座による東洋観を批判した)は、オリエンタリズムの究極が『アイーダ』ではないかと言っています。古代エジプトを独特な文化として崇めつつ、クレオパトラ役をエリザベス・テイラーに演じさせる、といった文化の矮小化は避けたいと思いました。忘れてはならないのは、我々欧米人は、世界史上のあらゆる文化を盗み、荒らしてきたという事実です。文化や芸術作品を盗難して自分たちの博物館に所蔵し、現地には屑だけを残してきた。美しいものを大事にするという行為のすべてが正しいわけではなく、責任を持って行動しなければならないということを伝えたいとも思いました。
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——「凱旋行進曲」に乗せて発掘調査隊一行が黄金の象など宝物の数々を持ち出す場面には、その想いが込められていたんですね。そう思うと、トランプ政権の復活で MET やブロードウェイが育んできた文化にも影響が出ないかと心配です。
彼がやることはすべて最悪で、あらゆる財政支援がなくなるでしょう。ブロードウェイはまだコロナから立ち直っていないし、物価も高騰し続けており、アメリカから出ていくことを考えているアーティストも少なくありません。我々アメリカ人は、この苦境を克服する力があるのか、いまターニングポイントにきていると思います。トランプは民主主義を崩壊させようとしているわけですから、とても怖いです。ただ、さしあたって影響が出るのは健康保険や環境問題といった分野で、彼らが芸術に目を向けるのは、まだ先だと思います。それほど大きな額のお金が動くところではないですからね。我々がトランプを喜ばせるための仕事をすることはないと思いますし、むしろ彼に反対する意見が、前面に出てくることでしょう。彼はもちろんそれに対して反撃はしてくると思いますが、我々は大丈夫。そう考えています。
——心の底から賛同し応援しています!ありがとうございました。
(インタビュー・文/演劇ジャーナリスト伊達なつめ)
写真(c) Ken Howard/Metropolitan Opera
<プロフィール>
マイケル・メイヤー/ Michael Mayer
ブロードウェイの鬼才だがオペラから古典演劇、映画までダイナミックに魅せる。1960 年、米メリーランド州で生まれ、俳優活動を経て演出家に。2007年、『春のめざめ』でトニー賞ミュージカル最優秀演出賞を受賞。METデビューとなったLV12-13 の《リゴレット》は、舞台を 60 年代のラスべガスに移し替え、LV18-19 の《マーニー》は映画のようにリアルに描写した。同シーズンの《椿姫》では、設定は19世紀パリのまま深化を追求した。今季LVは《グラウンデッド》MET初演も演出。
METライブビューイング2024-25 ヴェルディ『アイーダ』新演出
東劇・新宿ピカデリーほか全国公開
2月28日(金)~3月6日(木) ※東劇のみ3/13(木)までの2週上映
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:マイケル・メイヤー
出演:エンジェル・ブルー、ユディット・クタージ、ピョートル・ベチャワ、クイン・ケルシー、モリス・ロビンソン ほか