イスラエル軍がパレスチナ人に対して長年行ってきた占領政策の本質と実態に肉薄
2019年、ヨルダン川西岸地区のマサーフェル・ヤッタは、イスラエルによる西岸地区の占領が開始した1967年以来最大規模の住民追放の危機を迎えていた。自国政府の行いに胸を痛めていたイスラエル人ジャーナリストであるユヴァルは、自ら撮影し発信することで占領に抵抗し続けていた住民のバーセルに協力しようとこの場所を訪れる。その夜、バーセルはユヴァルを家に招く。
この本編映像は、ユヴァルがバーセルの家族たちと対話をする様子を捉えたものだ。バーセルの家は親族も一緒に暮らす大所帯で、彼が幼い頃からその背中を見ながら成長してきたバーセルの父親は「大家族だ。お客さんは歓迎だよ」とユヴァルを温かく迎え入れ、コーヒーをふるまう。そして、口にする激しい怒りとは裏腹にユヴァルに笑顔を向けるのだ。
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youtu.beバーセルの親族のひとりによる「自分の生まれ故郷は忘れられないもんだよな」という問いかけに大きくうなずくユヴァル。男性は、それに対して「なぜ我々には忘れろと?」と、根源的な問いを突き付ける。ユヴァルはこの後、定期的にマサーフェル・ヤッタを訪れ、バーセルとともに活動をしていくことになるが、この場所の占領や破壊を進めるイスラエルの国籍を持つ人間として、他の住民たちから繰り返し厳しい疑問を向けられることになる。この映像の中で男性がユヴァルに問うたことは、映画を観る者に向けられた問いかけでもあるのだ。
本作は、バーセルとユヴァルを含むパレスチナとイスラエルの若き映像作家兼活動家の4人が共同で監督。4人は「本作を共同制作した理由は、マサーフェル・ヤッタで今まさに進行しているパレスチナ人の強制追放を阻止し、現代にもはびこるアパルトヘイトの現実に、壁の両方から、不平等を映し出すことによって抵抗したいからです。本作の核心にあるものは、イスラエル人とパレスチナ人が、この地で、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけることです」などと共同で声明を発表している。
本作がアカデミー賞にノミネートされた2日後の1月26日、監督のひとりであるバーセル・アドラーは「映画がアカデミー賞にノミネートされて2日後の今、入植者たちが私のコミュニティであるマサーフェル・ヤッタに侵入し、家々に火をつけて破壊しています。ノミネートされたことは光栄ですが、トランプ米大統領が入植者に対する制裁を解除したその一方で、私たちは抹殺されかけています。ハリウッドの人々は気にかけているでしょうか? どうか黙っていないでください」という訴えを、家々から煙が上がる様子を記録した動画とともにXに投稿。本作が暴き出すイスラエル軍や入植者による占領や破壊行為はかつての出来事では決してないのだ。
本作の舞台となるのは、イスラエル軍による破壊行為と占領が今まさに進行している、ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区<マサーフェル・ヤッタ>。この現状をカメラに収め世界に発信することで占領を終結させ故郷の村を守ろうとするパレスチナ人青年バーセル・アドラーと、彼に協力しようとその地にやってきたイスラエル人青年ユヴァル・アブラハームの2人による決死の活動を、2023年10月までの4年間に渡り記録。あまりに不条理な占領行為を、そこで暮らす当事者だからこそ捉えることのできた至近距離からの緊迫感みなぎる映像であぶりだしていく。同時に、バーセルとユヴァルが、パレスチナ人とイスラエル人という立場を越えて対話を重ね理解し合うことで生まれる奇跡的な友情と、ただ故郷の自由を願い強大な力に立ち向かい続ける人々の姿も映し出す。監督は、バーセルとユヴァルを含むパレスチナとイスラエルの若き映像作家兼活動家の4人が共同で務めた。
2月6日時点で11の観客賞をはじめすでに62もの賞を獲得するなど世界各地での圧倒的な高評価とは裏腹に、アメリカ国内では政治的な事情から劇場公開しようと手を挙げる配給会社がないまま、本作の制作陣みずからの働きかけにより1月31日にニューヨークの1館で劇場公開がスタート。初週の上映回が10回連続で満席となる驚異的な成績を収め、翌週には米国内20都市へと拡大。さらに今月から3月にかけて米国約100館の劇場で上映を敢行することがバーセル・アドラーのXより発表された。
アカデミー賞®に向けてますます注目が高まる中、ドキュメンタリー『華氏119』『ボウリング・フォー・コロンバイン』などの鬼才マイケル・ムーア監督が「この1 年に観た中で最高の映画のひとつ。これまで以上に、平和のために闘うパレスチナ人とイスラエル人の友たちの声を聞く必要があります。この映画を観に行ってください」などと絶賛のうえ、本作の鑑賞を呼びかける投稿をXで発信した。
<あらすじ>
ヨルダン川西岸地区のマサーフェル・ヤッタで生まれ育ったパレスチナ人の青年バーセルは、イスラエル軍の占領が進み、村人たちの家々が壊されていく故郷の様子を幼い頃からカメラに記録し、世界に発信していた。そんな彼のもとにイスラエル人ジャーナリスト、ユヴァルが訪れる。非人道的で暴力的な自国政府の行いに心を痛めていた彼は、バーセルの活動に協力しようと、危険を冒してこの村にやってきたのだった。同じ想いで行動を共にし、少しずつ互いの境遇や気持ちを語り合ううちに、同じ年齢である2人の間には思いがけず友情が芽生えていく。しかしその間にも、軍の破壊行為は過激さを増し、彼らがカメラに収める映像にも、徐々に痛ましい犠牲者の姿が増えていくのだった―。
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
2月21日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国公開
監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
2024年/ノルウェー、パレスチナ/アラビア語、ヘブライ語、英語/5.1ch/95分/原題:NO OTHER LAND/日本語字幕:額賀深雪
配給:トランスフォーマー
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