カバー画像:『We Live in Time この時を生きて』より © 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
「おとぎ話? ううん、現実」──このキャッチコピーがつけられた『ANORA アノーラ』は、セックスワーカーであるアニーがロシア人の御曹司の「契約彼女」になったのち、衝動的に結婚を果たす物語が描かれている。それはアニーにとってまたとないシンデレラストーリーのはじまりかと思われたが、その夢は一瞬にして揺らがされてしまう……。実業家のリチャード・ギアとセックスワーカーのジュリア・ロバーツが結ばれるロマコメの名作と言われる『プリティ・ウーマン』を明らかに下敷きとした『アノーラ』は、王子様に見初められてお姫様が社会階層を駆け上がる「おとぎ話」が、現代においてはもはや通用しない物語であることを痛切に語っているようでもあった。
『ANORA アノーラ』(2024)
公開中 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
『プリティ・ウーマン』(1990)
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“恋愛”が抱え込んできた暴力性と向き合わせる『ふたりで終わらせる』
時代が変遷するにしたがって、映画に描かれる「恋愛」の形もまた様変わりしていく。ブレイク・ライヴリーが主演を務めた『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』は、花屋を開業しようとしているリリーが魅力的な外科医と初恋の相手というふたりの男性のあいだを揺れ動く三角関係が繰り広げられる。定番のロマコメのように見える『ふたりで終わらせる』は、しかしそこから転調し、母と娘、そして次世代に生まれくるすべての女性たちの物語へと開花していく。さらに理想的な恋人関係に、実はDVが潜んでいたことをつまびらかにする構成になっており、現代的な主題が前景化した作品に仕上がっている。
『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』
デジタル配信中
ブルーレイ+DVDセット発売中 5,390円(税込)
権利元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 発売・販売元:ハピネット・メディアマーケティング
© 2024 Columbia Pictures Industries, Inc., It Ends With Us Movie, LLC and TSG Entertainment II LLC. All Rights Reserved.
『HOW TO HAVE SEX』では、性体験をしたことのない16歳のタラがリゾート地の卒業旅行に乗り出す。毎日パーティー三昧の狂騒のなか、夜のビーチでタラはひとりの男性と流れで関係を持つ。これまでであれば「ひと夏の恋」「若気の至り」といった言葉で形容されてきたであろうタラの経験が、そこでは彼女の主体性と同意に反する性的被害として浮かび上がっていく。これらの映画はたんにロマンティックで甘いだけではない、「恋愛」が抱え込んできた暴力性へと向き合わせる。
『HOW TO HAVE SEX』(2023)
U-NEXTにて配信中
BALLOONHEAVEN, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2023
時間軸が交錯した斬新な形式で綴られる『We Live in Time この時を生きて』は、末期癌に冒された一流シェフであるアルムートとシリアルの企業で働くトビアスの夫婦のラブストーリーが描かれる。かつては女性とも交際していたアルムートは、バイ/パンセクシュアルの人物として捉えられるだろう。胎児の脳を移植されたベラの壮大な冒険を追う『哀れなるものたち』でもベラが男性とも女性ともベッドを共にするなど奔放な性生活を送っていたように、ジェンダーを問わず恋愛や性愛関係を結ぶ女性たちのセクシュアリティも近年ますます映画で可視化されてきている。『We Live in Time』の彼らは、互いに「異性愛を全力でやり抜く」と誓い合う。その言葉は、「異性愛」という規範が社会において作り上げられた「フィクション」でしかないかもしれないということを暗に伝えているようにも聞こえる。
『We Live in Time この時を生きて』(2024)
© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
『哀れなるものたち』(2023)
ディズニープラスの「スター」で見放題独占配信中
© 2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.
90年代を席巻したエロティックスリラーに反旗を翻した『ベイビーガール』
異性同士に限らず、映画における「恋愛」には見慣れたパターンがいくつも存在する。たとえば、年上の男性と年下の女性という年の差カップルもまたそのひとつとして定型化されてきた。したがって年を重ねた女性と若い男性という構図は、その逆に比べればずっと少ない。成功した女性CEOが会社の若きインターン生と倒錯的な関係にのめり込んでいく『ベイビーガール』は、まさにその意味でジェンダーが反転されている。女性の映画作家による『ベイビーガール』は、1990年代に時代を席巻したエロティックスリラーとして有名な『氷の微笑』や『危険な情事』などを女性視点で捉え返そうと目論まれた。こうしたジャンルの映画では、ある恋愛/性愛関係に身を投じた女性たちは最終的に懲罰的な扱いを受けてしまうが、『ベイビーガール』ではそれに反旗を翻しているのだ。現代における恋愛映画は、これまでの恋愛映画を時代の変化に応じて換骨奪胎しながら、より多角的な視点で楽しめるように進化を遂げている。
『ベイビーガール』(2024)
公開中、配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『氷の微笑』(1992)
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『危険な情事』(1987)
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