崩壊した医療システムは社会的暴力の一つと化している
──新人救急救命隊員として働き始めたクロスが、いくつもの修羅場を目の当たりにし、混乱と葛藤に心を引き裂かれていく様をタイ・シェリダンが見事に体現していました。監督が原作を読み、クロス役として最初に浮かんだのが、タイ・シェリダンだったとのことですが、彼のどんなところがクロス役に適していると思ったのでしょうか。
タイ・シェリダンだと思ったポイントは若さと無垢さです。それがクロス役には重要でした。もっと年齢を重ねた俳優では、それが出せなかったと思います。しかも彼はミドルクラス出身で、テキサス州育ちでしたから、彼にとってクロスは遠い存在ではありませんでした。彼自身が兼ね備えている様々なものを役に反映させてくれたことが、素晴らしいパフォーマンスに繋がったと思います。

──同じように、ベテラン救命士ラット役はショーン・ペンしかいないと思ったとのことですが、なぜ彼だったのでしょうか。
私は長年、ショーン・ペンを俳優として敬愛していましたし、彼も私が監督した『ジョニー・マッド・ドッグ』(2010年)を見て、連絡をしてきてくれたことがあったので、すでに顔見知りでした。いつかは一緒に仕事をしたいと思っていたのです。
しかも、彼は俳優として素晴らしいだけでなく、ハイチに関するNGOを作って活動するなど、政治的、社会的にもさまざまな活動や経験をされています。そういった活動家として一面も知っていたので、ラットには彼しかいないと思いました。

──ただ、ショーン・ペンは当初、俳優として出演することを渋ったそうですね。
俳優として出演することは断られたのですが、LAに来たら連絡してくれと言われていました。その後、実際にLAに行く機会があったので、電話で連絡したのです。すると、「どこにどのくらい滞在するのか」と聞かれたので、「ホテルに1週間、泊まる」と答えたら、「それなら、うちに泊まれよ」と誘ってくれました。
お言葉に甘えて、1週間、滞在させてもらい、その貴重な時間を使って彼を説得しました。その後、コロナ禍になり、そのとき、彼はLAの救命救急隊の仕事を支援したことで、この役に必要な準備をすべて終えてしまい、最終的には引き受けてくれました。

──タイ・シェリダンとショーン・ペンは2人のシーンが多かったのですが、撮影現場ではいかがでしたか。印象に残っていることがありましたら、お聞かせください。
2人はテレンス・マリック監督の『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)で共演したからでしょうか、お互いに俳優として尊敬し合っていましたね。並んでいると、父と息子のような雰囲気がありましたし、師匠と弟子のようにも見えました。タイは年齢を重ねたら、ショーンのような感じになるかもしれません。そう思えるほどの類似性を感じました。しかも2人とも人間的にとても寛大なので、撮影はとても円滑に進みました。

──タイ・シェリダンとショーン・ペンは2人ともプロデューサーとしても参加しています。彼らはプロデューサーとしてどのような関わり方をされましたか。
今回、撮影期間が23日と短い上、撮影現場の中心がストリート。しかも夜の撮影が多い。条件的に厳しい撮影でしたが、2人がいてくれたので、とても心強かった。2人とも率先して動いてくれていたのです。プロデューサーでもあったので、作品に対するコミットの度合いが高くなっていたのでしょう。私のことを信頼してくれているのも感じました。うれしかったですね。
彼らが俳優としてだけでなく、プロデューサーとしても支えてくれたからこそ、短期間で無事、撮り終えることができたのだと思います。

──スタビライザーを使った手持ちカメラでの撮影に緊迫感が伝わってきました、本作の撮影でこだわったことはありましたか。
私の作品の映像には物事を最初から最後まで捉えるような、リアリズム性を求める傾向があります。シーンのリズムがキャラクターの生活のリズム、ひいては人生のリズムに通じるような撮り方をしたいと思っているのです。例えば、救急救命士たちがコールを受けて駆け付ける現場をFIXで撮ったのでは、被写体との距離が生まれてしまいます。ですから、スタビライザーを使って、ワンシーンワンショット的に撮っていきます。
しかも、カメラが体の一部になっているような没入型の映像を撮りたいと思っているので、人の動きに沿ったリアルなものを撮ることが多いです。

──救急救命隊を描いている作品ということもあり、緊急車両のサイレン音が頻繁に聞こえ、救急の現場がカオスとなっているのが、ストレートに伝わってきました。サウンドデザインで何か意識されたことはありましたか。
緊急車両のサイレン音が街のカオスな感じを表していますが、同時に呼吸も音として意識していて、いくつものレベルで呼吸音を入れてあります。というのは救急救命士の方に取材したところ、「この仕事を始めたばかりの頃は現場に駆けつけて、患者さんの呼吸を聞こうとしても、周りのカオスな音が気になってしまい、なかなか集中できなかった。しかし、経験を積んでいくうちに、段々、街の雑音が耳の中で抽象化し、患者さんの呼吸に集中することができるようになった」という話を複数の方から聞いたのです。それをこの作品にサウンドデザインとして活かしました。初めのうちは街のカオスな音ばかり聞こえてきますが、クロスが経験を重ねていくうちに、患者の呼吸が聞こえてくるようになっています。

──原作者のシャノン・バークが約5年間ニューヨーク市の救急救命士として働いていた経験を基に書いた小説「Black Flies」を原作にしていますが、時代設定を原作に書かれている90年代から現代にされました。それはなぜでしょうか。また、現代に置き換える際に意識したこと、大事にされたことはどんなことでしたか。
90年代の話のままでは、今のアメリカが抱えている問題点が過去の蔭に隠れてしまうと思ったのです。それよりも現在の医療システムが崩壊し、社会的暴力の一つになってしまっていることを追求したかったのです。
この作品にはエキストラの人たちがたくさん出演しています。ここで描かれているのは、彼らにとって、まさに日常です。彼らはアメリカの医療システムの崩壊の影響を強く受けています。
近年、救急隊員の自殺が増加し、その数は殉職者数を上回っています。映画では救急救命士の人たちの精神状態の大変さを描いていますが、それは患者の立場でも同じ。みんなが精神的にも肉体的にも難しい状態に置かれていることも描きました。

<PROFILE>
監督:ジャン=ステファーヌ・ソヴェール
1968 年、フランス、パリ生まれ。2000年、短編『La mule(原題)』で監督デビュー。2004年、ドキュメンタリー映画『Carlitos Medellin(原題)』を監督、数多くの国際映画祭で上映される。2008年、マチュー・8 カソヴィッツと共同プロデュースを務め、脚本・監督を手掛けた初の長編劇映画『ジョニー・マッド・ドッグ』が高く評価され、カンヌ国際映画祭ある視点部門のリガード・ホープ賞、ドーヴィル映画祭ミシェル・ドルナーノ賞、スキップシティ映画祭最優秀監督賞、ハンブルグ映画祭、モスクワ映画祭、ストックフィルム映画祭の最優秀初監督賞を受賞する。2012 年、テレビ映画「Punk(原題)」を監督、ロンドン、モントリオール、チューリッヒなどの国際映画祭で上映され、ラ・ロシェル国際映画祭で最優秀監督賞を受賞する。 2017年、『暁に祈れ』を監督、第70回カンヌ国際映画祭に正式出品される。
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『アスファルト・シティ』6 月27日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国公開
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混沌の街、ニューヨーク、ハーレム。大学の医学部入学を目指すクロス(タイ・シェリダン)は勉学に励む一方で、新人救急救命隊員として働き始める。この界隈で最も腕が良いと評判のベテラン隊員ラット(ショーン・ペン)とバディを組み、アドレナリン全開で救急車に乗り込み、実地で厳しい指導を受けていた。しかし、多種多様な犯罪、薬物中毒、移民やホームレスの終わりなき問題に直面し、自分の無力さに打ちのめされ苦悩する。そんな中、自宅で早産した女性の要請に応えるが、新生児への処置が、クロスとラットの人生を大きく狂わせていく──。
<STAFF&CAST>
監督:ジャン=ステファーヌ・ソヴェール
原作:シャノン・バーク著「Black Flies」
出演:ショーン・ペン、タイ・シェリダン、キャサリン・ウォーターストン、マイケル・ピット、マイク・タイソン
2023年|英・米|英語|カラー|スコープサイズ|原題:ASPHALT CITY|125分|字幕翻訳:高山舞子|映倫:R15+
配給:キノフィルムズ
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