カバー画像・『バック・トゥ・ザ・フューチャー』より © 1985 Universal Studios. All Rights Reserved.
『バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)』との出会いは1985年11月、ヤマハホールでの試写会だった。映画館でバイトをしていた友人の誘いで参加したその試写は、タイトルを隠したスニークプレビュー(覆面試写)。友人曰く「どうやらスティーヴン・スピルバーグの新作らしい」とのことで心躍らせながら臨んだが、フタを開ければロバート・ゼメキスの新作だった、というわけ。アメリカではすでに7月に公開された『BTTF』は、85年の全米興収1位となる大ヒットを記録(ちなみに12月公開の日本では86年の洋画興収1位)。その熱狂ぶりや面白さは日本の雑誌でも紹介されていたものの、実際の映画は予想をはるかに超える面白さ。クラクラしながら友人とエンドレスでトークしながら会場を後にしたのを覚えている。
『スター・ウォーズ』(77年)の爆発的ヒットに始まったSFブームは80年代に入ってさらに加熱。ジョージ・ルーカス、スピルバーグ関連作を中心に興行ランキングの上位にSF映画がひしめきあった80年代は、SF映画の黄金時代だった。そのまっただ中に登場したもっとも愛すべき作品のひとつが『BTTF』である。
高校生のマーティは、親友の科学者ドクが開発したタイムマシンの実験中のトラブルで1955年にタイムスリップ。高校生だった両親の同級生になり大騒動を巻き起こすお話だ。本作の魅力はカジュアルな世界観にある。主人公マーティは音楽好きな落ちこぼれの高校生で、彼が乗り込むタイムマシンは市販のクーペを改造した乗用車。撮影にはDMCなる小さな自動車会社が1981年に発売したデロリアンが使われた。このデロリアンはシャープなステンレスボディにガルウィングと元から未来的なデザインだが、さらに車体リア部にタキオンパルス発生器や小型原子炉などメカ類がむき出しで搭載された。そのデザインは『スター・ウォーズ』や『エイリアン』(79年)など多くのSF映画でコンセプト・アートを手がけたロン・コッブが担当。文句なしのカッコよさだが、専用マシンではなく車にしちゃうというおもちゃっぽい発想が楽しい。
30年前の世界に迷い込んだマーティは、そこで未来の両親が付き合うべく策を巡らせるハメになる。というのも彼の両親は高校時代に付き合いはじめるはずなのだが、母ロレインは父ジョージではなく将来の息子マーティにひと目惚れしてしまったのだ。このままでは自分は存在しなくなる……と危機感を抱いたマーティは、ふたりが恋に落ちるよう奔走。宇宙人に化けジョージにコクるよう命じたり、ロレインにキスを迫られタジタジするなど爆笑シーンの連続だ。この時期ブームに乗って『タイム・アフター・タイム』(79年)や『ファイナル・カウントダウン』(80年)、『フィラデルフィア・エクスペリメント』(84年)、『ターミネーター』(84年)など時間テーマの作品が次から次に登場したが、ストーリーはどれもシリアス。主人公たちは平和や秩序の回復など崇高な任務を負っていたが、本作は主演のマイケル・J・フォックスの親しみやすさも相まって正統派ロマンチックコメディに仕上がった。『E.T.』(82年)や『グーニーズ』(85年)などジュブナイルに軸足を置いたスピルバーグ作品らしさと、ビートルズをその目で見ようとファンがNYに乗り込む『抱きしめたい』(78年)や、やり手の青年がつぶれかけた中古車店を建て直す『ユーズド・カー』(80年)でやんちゃな若者たちの大騒動を描いたゼメキスらしい躍動感がぴったりマッチ。サスペンスとユーモアを組み合わせたゼメキスの語り口は、彼がメンターと呼ぶスピルバーグに勝るとも劣らない小気味よさで、スピルバーグが惚れ込んだのも納得だ。ちなみにスピルバーグが初めてプロデュースに乗り出した作品が『抱きしめたい』、2本目が『ユーズド・カー』である。
世代を問わず楽しめる『BTTF』だが、SF映画としての見どころもしっかり押さえられている。マーティが大好きなチャック・ベリーに「ジョニー・B.グッド」を伝授したり、過去を変えないよう奮闘した結果未来を変えてしまうなど、時間SFのお楽しみタイムパラドックスが盛りだくさん。ロレインのマーティへの恋心が強まるにつれ、マーティが財布に入れていた写真の兄姉の像が薄れていく描写も面白い。若き日の父がSFマニアだったり、マーティが8時を指した時計がずらりと並んだ研究室を訪れる冒頭のくだりで、時間SF映画の名作『タイム・マシン 80万年後の世界へ』(60年)をまるごと再現するなどマニアックなお遊びがちりばめられている。このあたりはゼメキスと共同で脚本を書き製作を務めた、南カリフォルニア大学(USC)時代からの相棒ボブ・ゲイルの功績も大きい。
コンピュータを導入した視覚効果で、それまでにないスペクタクルを描いた『スター・ウォーズ』は、SFブームだけでなくSFXブームも生み出した。同作のために設立された視覚効果会社ILMはその後も運営を継続し、その後はアカデミー視覚効果賞を席巻。スペースシップや未知の惑星、モンスターなど驚異の映像を次々に生み出していった。スペクタクルやバトルとは無縁の『BTTF』だが、デロリアンの車体から光が勢いよく放たれ、時間の裂け目に突入する凝ったILMのアニメーションエフェクトが時間移動に説得力をもたらした。
メイクアップ・エフェクトも見どころで、ロレインを演じた20代半ばのリー・トンプソンは特殊メイクでシワや顎のたるみが目立つ40代半ばに変身。逆に40代半ばのクリストファー・ロイドもシワを加えて65歳のドクになり過去では特殊メイクなしで演じるなど、老けメイクで時間経過が表現されている。何気ないシーンの細部までこだわった説得力ある画作りも、『BTTF』の大きな魅力なのである。LD、DVD、Blu-rayとクオリティが上がるたび映像の細部を味わう楽しみも増えるのだが、できることなら定期的にスクリーンで上映をしてほしいと切に願う。
公開から40周年を迎えついにミュージカル版が日本にも上陸と盛り上がる『BTTF』。次のアニバーサリーイヤーは2035年だが、まずはマーティが時間を移動した10月26日に祝杯をあげたい。