1990年代に『トレインスポッティング』が日本でも社会現象的な大ヒットとなったダニー・ボイル監督。『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)ではオスカーの作品賞や監督賞も受賞。最新作『28年後…』が6月に世界同時公開となり、話題を呼んでいる。日本では彼の記念すべきデビュー作『シャロウ・グレイブ』もリバイバル公開中。そんな彼の歩みを振り返る。

『28年後…』の舞台は感染を逃れた孤島

『28年後…』はダニー・ボイル監督が『イエスタデイ』(2019年)以来、6年ぶりに手がけた劇場映画。この映画の後、配信ドラマ『セックス・ピストルズ』も22年に手がけているが、こちらは少し肩すかしの仕上がりだった。

70年代の伝説のパンク・バンド、セックス・ピストルズのメンバー、スティーヴ・ジョーンズの手記のドラマ化で、グラフィックなタイトル・バックなどはボイル調ながら、若い俳優たちに70年代ロッカーの持っていた野性味が不足気味。ドラマ的な掘り下げも今ひとつだった(いかにもボイル好みの題材だったが…)。

画像: 『28年後…』本土で危険な任務につくジェイミー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と息子のスパイク(アルフィー・ウィリアムズ)

『28年後…』本土で危険な任務につくジェイミー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と息子のスパイク(アルフィー・ウィリアムズ)

かつては『トレインスポッティング』でスコットランドのジャンキーたちの疾走感をポップな映像で見せた監督だけに勢い不足が気になった。

また、『イエスタデイ』にしても、ほのぼのしていて、愛すべきコメディではあったが、ボイル本来のエッジのきいた作風とは異なり、職人芸に徹した作品(脚本家リチャード・カーティスの個性が強く出ていた)。

かつてのドキドキするボイル・ワールドには、もう出会えないのだろうか……。そんな不安もあったが、『28年後…』では、シャープなボイル・ワールドが展開する(待ってました!)。

人気ホラー『28日後…』の新シリーズで、前回のデジタルビデオにかわり、今回は20台のiphone撮影などもまじえ、感染者VS人間の死闘が描かれる。

『28年後…』。人間と感染者との闘いが再び登場。

ただ、『28日後…』のようなホラー調の展開をずうっと期待すると、裏切られるだろう。特に後半は意外に落ちついた語り口で、派手な展開ではない。

人間の生と死の深い部分を見つめたヒューマン・ドラマの味わいがあり、見終わった後も、そのインパクトが尾を引く。

少年の通過儀礼というテーマ

今回の映画の主人公は、孤島に住む12歳の少年、スパイク。ある任務のため、彼は父親ジェイミー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と共に孤島を出て、本土に渡る。引き潮の時だけ、孤島と本土をつなぐ道ができるからだ。まず、この設定に映画的なスリルがある。

本土には感謝者があふれ、ふたりを襲う。父は慣れた手つきで、弓を放つが、スパイクは怖くて、手が震えることもある。少年の通過儀礼の旅は無事に終わるが、本土に戻ったスパイクは、父の不誠実さに気づく。

『28年後…』。スパイクの母親、アイラ(ジョディ・カマー)は重い病をわずらっている。

そして、今度は難病でふせっている母親、アイラ(ジョディ・カマー)を連れ、本土にいる医者に会うため、新たな旅に出る。

こうした旅に出ることで、少年は少しずつ大人に近づく。後半、ケルソン医師(レイフ・ファインズ)が出てくるが、一見、狂気をまとっていたかに思えた彼は、「メメント・モリ(死を思え!)」の思想をスパイクに教える。そうすることで、生も、また、意味を持つからだ。

彼の深い哲学にふれ、スパイクの内面も変わっていく。

予告編にも出てくるスカル(骸骨)の山は、いかにも残酷で、最初はおそろしく思えるが、その意味が分かると、美しいものに思えてくる。

画像: 『28年後…』。新たなスカルをケルソン医師(レイフ・ファインズ)に渡されるスパイク。ファインズは味わい深い名演を見せる。

『28年後…』。新たなスカルをケルソン医師(レイフ・ファインズ)に渡されるスパイク。ファインズは味わい深い名演を見せる。

ボイルが描くサバイバルのテーマ

ダニー・ボイルは<サバイバル>のテーマにこだわる監督。シリーズ1作目の『28日後…』は無人となったロンドンを主人公(キリアン・マーフィー)が「ハロー!」と叫びながら、さまよい歩く。少し頼りない青年が、大人の男になっていく設定で、過酷な日常を彼は生き抜く。

オスカー受賞作『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)は猥雑なインドのストリートをサバイブしようとする少年(後に青年)の物語。

峡谷に落ちた青年が主人公の『127時間』(2010)も自分が生き残るため、大胆な決断を下す(実話の映画化)。

サバイバルのテーマは、繰り返し、彼の映画に登場。その過程を通じて、主人公は自身の内面を見つめ直し、新しい気づきを得ていく。

デビュー作『シャロウ・グレイブ』の変わらぬ新鮮さ

そんな彼の記念すべき映画デビュー作は『シャロウ・グレイブ』(1994)。記者、会計士、医師の3人が、エディンバラのしゃれたフラットで暮らしているが、思わぬ形で、大金がころがりこむ。

画像: 『シャロウ・グレイブ』クリストファー・エクルストン、ケリー・フォックス、ユアン・マクレガー主演の新鮮なサスペンス映画。ボイルのデビュー作で、本国では高い評価を得た。 ©1995 MCMXCIV CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION AND GLASGOW FILM FUND. ALL RIGHTS RESERVED

『シャロウ・グレイブ』クリストファー・エクルストン、ケリー・フォックス、ユアン・マクレガー主演の新鮮なサスペンス映画。ボイルのデビュー作で、本国では高い評価を得た。

©1995 MCMXCIV CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION AND GLASGOW FILM FUND. ALL RIGHTS RESERVED

しかし、やがては大金をめぐって、関係がぎくしゃくし、タイトルに示されるシャロウ・グレイブ(浅すぎた墓)をめぐって、おそろしい状況に追い込まれる。

日本では『トレインスポッティング』と同じ年に封切られ、一部の映画マニアには支持されていたが、あまりにも『トレスポ』の影響力が強すぎて、少し埋もれた印象もあった。

うれしいことに、2025年に『28年後…』の公開にあわせて、都心のミニシアターではリバイバル上映されている。

『シャロウ・グレイブ』。3人の思惑がからまりあい、思わぬ結末が訪れる。舞台はスコットランドのエディンバラ。

©1995 MCMXCIV CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION AND GLASGOW FILM FUND. ALL RIGHTS RESERVED

ジョン・ホッジの脚本がさえていて、ありそうで、なさそうなサスペンス映画になっている。いま、見直しても新鮮な感覚があるし、ひねったユーモアも英国味。映像はスタイリッシュで、フラットの雰囲気作りも洗練されている。

この映画も「最後に笑うのは誰か?」というテーマ、つまり、サバイバルの物語。その設定は、同じ脚本家と主演男優(ユアン・マクレガー)の『トレスポ』にも引きつがれている。

現代のテーマを盛り込んだ黙示録

再び、『28年後…』の話に戻ると、ボイルはBBCラジオに、出演した時、「1作目から時間が経過することで、いろいろな問題を投影して、この映画を作ることになった」と語っていた。

舞台となる孤島は、コロナ中にロックダウンされていた英国本土を思わせる。また、ブレグジットでヨーロッパ全体から独立した英国の立ち位置も思わせる。

ボイルらしいサウンド

少年が父親と本土に行くとき、ノーベル賞作家、ラヤード・キプリングの詩「ブーツ」が、ひときわ印象的に耳に飛び込んでくる。詩が発表されたのは第二次ボーア戦争(1902年終結)の翌年、1903年。

南アフリカでの英国兵の行進の様子が描写されるが、映画で使われるのはアメリカの男優、テイラー・ホームズが1915年に朗読した音源。ボイル映画で流れると、まるで現代のラップであるかのように聞こえる。

音楽は『トレインスポッティング2』のサントラにも参加していた現代の英国のバンド、ヤング・ファーザーズで、ボイルらしいエッジがある。

アフター・コロナの時代

『28日後…』には、9・11後の不穏な世界観やSARSなどの不安が重なってみえたが、『28年後…』の現代はアフター・コロナの時代に入り、世界では複数の戦争が進行中。そんな今の不安感を映し出した鏡のような作品でもある。

途中でローレンス・オリヴィエ監督・主演の名作『ヘンリー五世』(1944)の矢が飛ぶ戦場の映像も挿入される。これは第二次大戦中のプロパガンダも目的として、英国政府も出資して作られた作品だった。

また、『ヘンリー五世』は、放蕩息子だったハル王子が、戦争を通じて、大人(=王)となっていく物語。そこには、今回の映画の主人公、スパイクの姿も重なる。

画像: 感染者がいる本土へと父親と旅に出るスパイク。初の大役を演じるスパイク役のアルフィー・ウィリアムズの今後にも期待。

感染者がいる本土へと父親と旅に出るスパイク。初の大役を演じるスパイク役のアルフィー・ウィリアムズの今後にも期待。

シリーズ1作目の『28日後…』を見た時、個人的には英国の作家、ジョセフ・コンラッドの文化が荒廃した世界観も思い浮かべた。この映画が公開された時、脚本家アレックス・ガーランドに取材したが、当時、インタビューで語った話によれば、ボイルはコンラッドの原作にインスパイアされたフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』がすごく気に入っているという。

『地獄の黙示録』には、父性との闘い(父親殺し)というテーマが入っており、この映画のロング・バージョンには母性との和解といったテーマも入っていた(父性と母性のテーマがある点は、今回の映画との共通点)。そして、狂気の人物(カーツ)を探す旅という『地獄の黙示録』の設定は、今回の映画では、狂気の医師を探す旅としてアレンジされているようにも思えた。

過去のいくつかの名作映画や文学のスピリットと現代における社会問題を盛り込むことで、『28年後…』には、見えている物語を超え、多くの深いニュアンスが読みとれる。

ボイルは12歳の純粋な少年の旅のゆくえに、今後の未来を託しているようにも思えた。この1作目から始まる『28年後…』の3部作での旅を見守りたい。

『28年後…』
全国公開中
監督・製作:ダニー・ボイル 
脚本・製作:アレックス・ガーランド
エグゼクティブ・プロデューサー キリアン・マーフィー
出演:ジョディ・カマー、アーロン・テイラー=ジョンソン、ジャック・オコンネル、アルフィー・ウィリアムズ、レイフ・ファインズ
2025年/イギリス・アメリカ映画/英語/1時間55分/原題:28 Years Later/
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
公式HP:https://www.28years-later.jp/
公式X:https://x.com/SonyPicsEiga

『シャロウ・グレイブ』
劇場公開中
監督:ダニー・ボイル
脚本:ジョン・ホッジ
出演:ユアン・マクレガー、クリストファー・エクルストン、ケリー・フォックス
1994年/イギリス映画/英語/92分/原題:Shallow Grave
配給:ポニーキャニオン
©1995 MCMXCIV CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION AND GLASGOW FILM FUND. ALL RIGHTS RESERVED
公式情報:https://news.ponycanyon.co.jp/2025/05/111384

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