カバー画像:『男たちの挽歌』より © 2010 Fortune Star Media Limited.All Rights Reserved.
『男たちの挽歌』の大ヒットで一気に開花した
パワフルな香港映画の新世界
昨年の第37回東京国際映画祭で上映され、この1月には一般公開された『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』が予想以上にヒットを記録。おかげで往年の香港映画、とりわけ香港ノワールに対する注目度が一気に高まった。
振り返れば、香港映画は1980年代から中国本土に返還されるまでの期間が黄金時代だった。才能ある監督が次々と輩出し、アクション・スタント技術は世界を凌駕する水準。アジアを中心にエンターテインメントのメッカとして隆盛を極めていた。
アクションからコメディ、時代劇まで、さまざまなジャンルの作品が量産されるなかで、話題を集めたのが“香港ノワール”だった。1986年に製作された『男たちの挽歌』を契機として、このジャンルが一気に花開いたのだ。
『男たちの挽歌』
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当時、香港映画の旗手として注目されていたツイ・ハークのプロデュースのもと、ジョン・ウーが監督。日本の日活のアクション映画、東映のヤクザ映画とフランスのフィルムノワールに多大な影響を受けつつ、香港ならではの派手なアクション全開。すべてを織り込んだクライムアクションだった。それまでの香港映画にはないスタイリッシュさと、義理としがらみの古典的なヤクザ世界のセオリーを内包したストーリーが本国のみならず世界的に受けて、大きな話題となった。
裏社会組織の男と警察に勤める弟、裏社会で男と友情を育む弟分。3人の生き様がメリハリの利いた語り口から浮かび上がる。当然、出演した俳優たちもさらなる脚光を浴びることになる。主役3人のなかでとりわけ人気上昇中だったチョウ・ユンファ、歌手として人気のあったレスリー・チャンは一躍スターダムにのし上がった。さらに武術の達人でありながら、当時落ち目だったティ・ロンも人気復活。
大ヒットの帰結として作品は無理やりシリーズ化され、1987年に『男たちの挽歌Ⅱ』、1989年には『アゲイン/明日への誓い』が製作された。第2作では前作で死んだチョウ・ユンファを出演させるために、双子の弟を設定しての登板。監督のジョン・ウー、3人のキャストそのままで、ニューヨークに舞台を広げて派手なアクションを繰り広げる。
第3作ではベトナムを舞台にした第1作の前日譚のストーリーとなっている。監督がツイ・ハークに代わり、チョウ・ユンファの主演、共演のアニタ・ムイの魅力が際立つ仕上がりとなっていた。
このシリーズの成功がきっかけとなって香港ノワールは次々と製作されるようになった。最初にその中心的な役割を果たしたのはチョウ・ユンファだった。全盛時は年間15本を超える出演作があったというが、香港ノワールが一翼を担ったことは間違いない。とりわけジョン・ウーとのコラボレーションの『狼/男たちの挽歌・最終章』(1989)でスタイリッシュな殺し屋を演じたのをはじめ、『狼たちの絆』(1991)や『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』(1992)と、ウーとの名コンビぶりを証明して見せた。
ジョン・ウーとチョウ・ユンファ・コンビの『狼/男たちの挽歌・最終章』
『狼/男たちの挽歌・最終章』
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『狼たちの絆』にはレスリー・チャンも出演
『狼たちの絆』
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『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』はユンファ&トニー・レオンが競演
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さらにカナダの映画学校で学んだリンゴ・ラムとも『友は風の彼方に』(1986)、『プリズン・オン・ファイアー』(1987)、『いつの日かこの愛を』(1989)、『プリズン・オン・ファイアー2』(1991)、『フル・コンタクト』(1992)で名コンビぶりを発揮した。ハードボイルドなタッチを好むラムの演出のもと、香港ノワールのイメージをいっそう焼き付けた。実際、“亜州影帝”(アジア映画の帝王)と呼ばれたチョウ・ユンファが、ハリウッドに招かれた時の最初の作品が『リプレイスメント・キラー』(1998)だったのも香港ノワールのイメージの延長線ともいえる。付け加えれば、ティ・ロンも『野獣たちの掟』(1988)という『狼たちの午後』香港版に出演して気を吐いた。
リンゴ・ラム監督の『プリズン・オン・ファイヤー』
『プリズン・オン・ファイアー』
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世界の様々なノワール映画の影響を受けつつ
香港独自の社会情勢を背景にしたアクション
もちろん、香港ノワールは『男たちの挽歌』関係者に留まらないが、ここで香港ノワールの定義を確認しておきたい。
そもそも、この造語に厳密な条件などない。たとえば日本の日活映画や東映のヤクザ映画、フランスやアメリカのフィルムノワールなどに多大な影響を受けつつ、香港ならではの社会情勢、人間関係を題材に、犯罪や裏社会を舞台にした作品といえばいいか。
英国に治められていた社会情勢のなか、中国本土からの移民が入り込み、経済優先の風潮が形成されていった。さまざまな矛盾を抱え込んだ社会に住む庶民たちの素直な心情はモラルよりも金銭第一。犯罪で一攫千金を否定しない機運があったと思われる。映画というエンターテインメントのなかでヒロイズムを謳うときに、そうした意識が反映されていた。犯罪に対するハードルの低さもここに起因する。得意のけれんみたっぷり、派手なアクションは全開。友情、愛、裏切り、葛藤、矜持など、すべての要素を織り込んだ、あえていえばギャング・アクションの通称である。社会情勢をリアルに紡いだ作品として、中国からの不法移民の犯罪を描いた『省港旗兵・九龍の獅子 クーロンズ・ソルジャー』を挙げておきたい。製作されたのが1984年。香港ノワール・ブームが起きる前のことだ。製作にサモ・ハン・キンポーが入っていたことでも香港映画ファンの注目を浴びた。
社会情勢をリアルに取り込んだ『省港旗兵・九龍の獅子 クーロンズ・ソルジャー』
『省港旗兵:九龍の獅子 クーロンズ・ソルジャー』
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現在も絶大な人気を誇るアンディ・ラウ、トニー・レオンも、もちろん香港ノワールの洗礼を受けている。ラウは1987年にチョウ・ユンファ主演の『愛と復讐の挽歌・野望編』などで顔を出し、1988年のウォン・カーウァイ作品『いますぐ抱きしめたい』でその個性を際立たせた。1990年の『天若有情(てんにゃくうじょう)』で暴走族上がりのギャング団のドライバーに扮して、香港ノワールの洗礼を受けている。
一方、レオンもティ・ロンの『野獣たちの掟』に顔を出している。その後ホウ・シャオシェンの『悲情城市』やウォン・カーウァイの一連の作品で世界に認知される存在となるわけだが、香港ノワールを継承した作品『インファナル・アフェア』を落とすことはできない。
3部作となった『インファナル・アフェア』
『インファナル・アフェア3部作』
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レオンとアンディ・ラウの競演というだけで、2002年公開時から話題になったが、アラン・マックとフィリックス・チョンの脚本が秀抜だった。警察と裏組織のそれぞれがスパイを送り込むという設定のもと、レオンとラウがスパイとなって丁々発止の争いを繰り広げる。このストーリーはハリウッドでリメイクされ『ディパーテッド』となったのは有名な話だ。アンドリュー・ラウとアラン・マックの演出は雰囲気たっぷり。スタイリッシュな語り口が香港ノワールの継承作品と呼ぶにふさわしかった。2003年には『インファナル・アフェア 無間序曲』が公開された。第1作の主役ふたりの前日譚で1991年から中国本土返還に至る期間の軌跡がじっくり描かれる。ふたりの若き日をエディソン・チャンとショーン・ユーが演じたが、ここではエリック・ツァンの存在感が際立つ。ラウとマックの演出もこの作品がベストといいたくなった。同年、『インファナル・アフェアⅢ 終極無間』が発表されたが、最初のような興奮はなかった。
最後に香港ノワールを語る上で、忘れてはいけないのはジョニー・トーである。1988年の『城市特警』を皮切りに、1998年の『ヒーロー・ネバー・ダイ』、アンディ・ラウを起用した1999年の『暗戦 デッドエンド』、裏社会の男たちの矜持をスタイリッシュに浮かび上がらせた1999年の『ザ・ミッション 非情の掟』、2003年の『PTU』 、2006年の『エクザイル/絆』などなど、枚挙に暇がない。香港ノワールのクォリティを高め、ハードボイルドな映像世界を生み出した功績は計り知れない。トーの新作が生まれないのが何より残念。香港ノワールの最大の継承者にエールを送りたい。
ジョニー・トー監督の『エグザイル/絆』
『エグザイル/絆』Blu-ray:4400円(税込)
発売・販売元:アメイジングD.C.
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