カバー写真:©Greg Williams
初の女性を主人公にして、自身の故郷ナポリを輝かす
パオロ・ソレンティーノ監督と言えば、2001年に長編映画監督デビュー以来、作品を世に出すたびに、ヴェネツィア国際映画祭(以降はヴェネツィア)をはじめ、カンヌ国際映画祭(以降はカンヌ)、アカデミー賞®でのノミネートや受賞を獲得し注目され続けて来た。イタリア国内はもとより、その圧倒的な国際的評価の高さを誇る映画監督だ。
中でも、『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(2013)は、カンヌでコンペティション部門ノミネート、アカデミー賞®外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞を受賞した快挙は忘れ難い。前作の『The Hand of God -神の手が触れた日-』(2021)は、ヴェネツィアで審査員大賞を受賞し、快進撃はとどまることがない。
そして、2024年の本作『パルテノペ ナポリの宝石』も、カンヌのコンペテイション部門にノミネートされ、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で、主演した女優のセレステ・ダッラ・ポルタに新人女優賞をもたらした。若い世代を熱狂させ、大ヒットとなったという。
美と愛と自由の神髄に迫る、痛いほどの映像美
イタリア・ナポリに生まれ、その美貌ゆえ女神のように生き、愛と自由を求める一人の女性の青春の光と影。そして迫りくる歳月を惜しみなく描いた『パルテノペ ナポリの宝石』。美しさがもたらすものとは何か、愛と自由とは?というような人生においての究極の命題に迫りつつ、ソレンティーノ監督の故郷であるナポリへの、剥き出しの愛を込めた作品だ。
全編美し過ぎて、痛い!痛いほどの美し過ぎる映像と、主人公パルテノペの肉体と精神。この魔法のような世界に、誰もが目をそらすことは出来ないだろう。

パルテノペとは、ギリシャ神話の人魚の名前で、また、ナポリの街をも意味するという。そう名付けられた美しく聡明な主人公の女性は、ナポリの象徴であり、監督自身のメタファーであるとも思えてならない。
新境地を得た監督は、かねてより監督作品への出演を熱望していというゲイリー・オールドマンの想いも、本作で叶えた。また、いくつものシーンが暗示的であり幻想的でもあり、時にフェデリコ・フェリーニ監督を想い起さずにはいられない。
加えて、70代を迎えたパルテノペ役を、ベルナルド・ベルトリッチ監督『暗殺の森』(1970)で注目を集めた女優のステファニア・サンドレッリを起用したり、大女優ソフィア・ローレンを髣髴とさせる役どころを登場させるなど、どこかイタリア映画の系譜へのリスペクトを感じさせ、観る者の琴線に触れてくれる。
才能あるクリエイターへの支援を惜しまないサンローランプロダクションも製作に関わり、全米ではA24が配給するというほどの魅力を放っている。
美貌と知性を兼ね備えて成長した女性の光と影
1950年、ナポリの裕福な家庭に生まれ、パルテノペと名づけられた女児は、家系に反して水夫を目指すという兄のライモンドと、使用人の息子でサンドリーノと共に成長していく。
サンドリーノのパルテノペへの想いは熱いが、パルテノペは兄との絆への想いも深い。18歳になり、たぐい稀な美貌を持ちながら、大学では人類学を学び成績優秀な彼女は、多くの羨望のまなざしを浴びて将来への希望に満ちた日々を送っていたのだが、人生の深淵に立ち会うことにもなる。
パルテノペを演じたセレステ・ダッラ・ポルタは1997年、イタリアのロンバルディア州モンツァ生まれ。オーディションの末、本作の主役に抜擢される幸運を得て、念願だった巨匠ソレンティーノ監督の本作で彗星のごとくデビューを果たした。そのうえダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で新人賞を受賞という栄誉も手にしたのだ。
ナポリのミューズを演じた経験は、大事な旅にも似ていた
ーセレステさんが初主演された本作は、2024年のカンヌ国際映画祭のコンペテイション部門に選ばれ、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で主演女優賞にノミネイト、新人女優賞をみごと獲得されました。高い評価を得て、快挙でしたね。日本でも公開となりましたが、今のお気持ちはいかがですか?
はい、この映画の仕事は、とても大事な長い旅のようであったと感じています。
ーなるほど。それって素敵な表現ですね。ナポリを旅したような、素晴らしい体験だったということですね。ナポリについては、この映画に関わる前は、どんな印象をお持ちだったのでしょう。
とても美しい街だというだけしか知らなくて、実際にはよくは知りませんでした。

ーでは、この作品を撮り終えてからのナポリの印象は変わりましたか?
とても変わりました。ナポリのことをよく知ることが出来ました。面白い街です。このうえもなく美しい街。でも矛盾に満ちた街でもあるとも言えます。そのコントラストが際立っている街でもあるのです。
―そこが魅力的なんでしょうね。パオロ・ソレンティーノ監督の故郷とのことで、本作は監督の想いが作品から満ち溢れていますが、ナポリ人にはどんな特徴があるのでしょう。
まず、個性が強い人々です。そのうえエネルギーがあって、活力があって、人を惹きつける魅力があるんです。そして自由であると思いますね。
エキストラを演じた後に、一挙に主演に選ばれたという幸運
ーパルテノペの生き方は、自由を感じさせますね。ところで今回は、映画の出演は初めてということですが、これまではテレビに出演していたりというようなご経験はありますか。
いいえ、ありません。
―そうでしたか。では、演技はどこで学んだりされたのですか?
高校を出てから、ローマにあるイタリア国立映画実験センターで学びました。
ー映画を学んでいらしたとのことですので、話しは少しそれますが、カプリ島を舞台にした映画があります。ご覧になっていらっしゃいますか?ジャン゠リュック・ゴダール監督作品『軽蔑』(1963 )で、カプリ島にあるイタリアの伝説的作家、クルツィオ・マラパルテの館の階段を主演のブリジット・バルドーが下りるシーンが圧巻で、映画ファンに記憶されています。
あ、それは観ていないです。観ますね。
―カッコいいんで、ぜひ、観てみてください。話を戻しますと、ソレンティーノ監督の作品に出演したいという想いを持たれていたということですが、どの作品を観て、そう思うようになったのですか?
全部観ているんです。そして、前作の『The Hand of God -神の手が触れた日-』にエキストラで出演したんです。
そうでしたか。探してみますね。
いいえ、その作品では、私が出ているシーンはカットされてしまい……。
ーそれなのに、次の本作のオーディションで、一挙に主演に!それは凄いことですね。
そうなんです。そんなことは、めったにないことだと感謝しています。

肉体と精神で演技するためのお手本の女優とは
―ソレンティーノ監督は、パルテノペ役は、ただ美しいだけではなくて、セレステさんがどこか痛々しいようなまなざしをしていたから、また、好奇心旺盛な面も受けとめて、選んだと言っていらっしゃるそうです。ご自身では、ご自分のことをそう感じていますか?きっと、痛々しいほど美しかったんでしょうね。
私に、監督の必要なものを見出したのだと思います。そうであったら、本当に嬉しいですが。
―私はこの作品は、セレステさんも映画そのものも美し過ぎて、「痛かった」です。「痛いほどの美しさ」が満ち溢れています。しかも、暗示的なシーンも少なくないですし、シュールな場面もあり、美しさを際立たせるためにか、台詞を抑えて、セレステさんの表情や所作で魅せていく。こういう作品のシナリオって、どのように書かれているのか興味津々ですが、はじめての試みとしては、ご苦労が多かったのではないですか?
はい、大変に苦労が多かったですね。

―そういう時にお手本としてイメージした女優さんは、具体的にいらっしゃいましたか?
はい。監督からも奨められましたが、70代になったパルテノペを演じたステファニア・サンドレッリさんです。彼女の存在には、とても励まされました。
女性こそヒーロだという監督の想いに寄り添えば
ーそうでしたか。現在もあんなに美しく品格がある女優さんでいらっしゃるのですものね。そして、監督は女性こそ、人生においてのヒーローであると、おっしゃっていまして、パルテノぺこそ、その象徴だと私は受けとめました。演じてみて、セレステさんはその監督の想いをどう思われますか?
いろいろな考え方や、見方があると思います。ただ、女性は(自分らしい人生の)権利を獲得しないといけない立場だからこそ闘わなくてはならない。そういう意味ではヒーローと言えるかもしれませんね。
―この作品はファッション・ブランドのサンローランが製作に関わっていますね。サンローランのクリエイティブ・ディレクター、アンソニー・ヴァカレロ氏がアートディレクションを手掛けた衣装は、映画での輝きを一層際立たせていました。そういう衣装は、撮影の時もセレステさんの「強い味方」となったのではないですか?
そうですね。衣装もそうですし、メイクやすべての力のおかげで、パルテノペというヒロインを作り上げることが出来た思っています。
ーありがとうございました。

(インタビューを終えて)短くても無駄のない言葉に強さを感じさせた
限られた時間の中で、短いけれど無駄なく、偽りのない言葉をいただけたインタビューだった。
映画の中でのパルテノペも饒舌ではなかったが、そこが美しさに支えられた自信をリアルに感じさせるのだが、セレステさんご自身もきっと、そういう女性なのだと感じさせられた。
来日が叶わず、オンライン・インタビューとなってお顔を見ることも叶わなかったが、そもそも女優さんは素顔など見せなくたっていいのだ。
昔の女優たちもみなそうしていてこそ、神秘的であったように。次もまた、ソレンティーノ監督のミューズとして新作に登場して欲しい。ステファニア・サンドレッリのように、歳を重ねても美しく輝く女優になっていくに違いない。
- YouTube
youtu.be『パルテノペ ナポリの宝石』
8月22日(金)より、新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下他全国順次ロードショー公開中
監督/パオロ・ソレンティーノ
出演/セレステ・ダッラ・ポルタ、ステファニア・サンドレッリ、ゲイリー・オールドマン、シルヴィオ・オルランド、ルイーザ・ラニエリ、ペッペ・ランツェッタ、イザベラ・フェラーリほか
原題/PARTHENOPE
2024年/イタリア、フランス/137分/カラー/ドルビーデジタル/シネスコ/R15+
字幕翻訳/岡本太郎
後援/イタリア文化会館
配給/ギャガ
©2024 The Apartment Srl - Numero 10 Srl - Pathé Films - Piperfilm Srl
@Glanni Fiorito