スコットランド出身の伝説のバンドMogwai の楽曲に由来するタイトル、
ジム・ジャームッシュからインスピレーションを得た、カフカ的な旅の記録
- YouTube
youtu.be少女アルマは、オランダ生まれのボスニア人。両親は戦火に揺れた祖国を離れ、オランダで彼女を育ててきた。やがて父はひとり祖国へ戻り、消息は遠ざかっていた。そんな父が入院したという知らせが届き、母に言われるまま、アルマはたったひとりでボスニアへと向かうのだった。


出迎えたのは、終始ぶっきらぼうで何の手助けもしてくれない従兄のエミル。部屋に置き去りにされ、キャリーケースは壊れ、荷物も取り出せず、居場所のない空間に身を持て余す。そんな時、アパートの扉の前で眠り込んでいた彼女に声をかけたのは、エミルの“インターン”を名乗るデニスだった。彼だけが、彼女の話に耳を傾けてくれるのだが…。
ようやく父のいる町を目指し、小さなキャリーケースを引いてバスに乗り込むが、休憩の間にバスは彼女を置き去りにし、荷物だけを乗せたまま走り去ってしまうのだった——。


“どこにあるかもわからない素敵な場所”を探し求める
主人公アルマの、ひと夏の感情の地図。
タイトルである『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』は、監督が愛するスコットランド出身のポストロックバンド、モグワイの楽曲名に由来している。監督自身のルーツが色濃く投影されたアルマは「自分はどこに属しているのか」「本当の居場所はどこなのか」を問い続ける女の子。監督曰く、アルマというキャラクターを「カフカ的な旅に出る現代の『不思議の国のアリス』」と表現し、その複雑で曲がりくねった旅路を、撮影、美術、衣装などの映像的なディテールにこだわり抜いて描いた。


美しくもどこか荒涼とした風景を独自の構図で切り取るのは、撮影監督エモ・ウィームホフ。そして、ローファイで夢のような空気感を醸し出す音楽は、作曲家/シンガーソングライター/映画音楽家のエラ・ファン・デル・ワウデによるもの。ソニック・ユースによる疾走感あふれる挿入曲「Kool Thing」の使い方も絶妙だ。


世間知らずで気まぐれ、ふてぶてしくも繊細なアルマ役を演じるのはサラ・ルナ・ゾリッチ。旅の道連れとなるエミル役のエルナド・プルニャヴォラツとデニス役のラザ・ドラゴイェヴィッチは、それぞれ孤独や閉塞感を抱えた若者像を見事に体現している。
“どこにあるかもわからない素敵な場所”を探し求めるアルマは、決して「可哀想な迷子の女の子」ではない。監督が「静かな反抗と祝福の映画」とも定義するこのロードトリップ・ムービーは、若さの可能性を描きながら、主人公自身が気づかないうちに驚くべき変化と成長を遂げる物語でもある。
海外では、ソフィア・コッポラの初期作品や、
イギリスの画家デイヴィッド・ホックニーの世界観にも例えられた
監督は、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身でオランダ育ちのエナ・センディヤレヴィッチ。長編デビュー作となる本作は、監督自身のルーツを主人公に色濃く投影した半自伝的な作品で、監督が心酔するジム・ジャームッシュの代表作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』から多大なインスピレーションを受けている。「大人」とも「少女」とも言いきれないひとりの若い女性が経験する、このひと夏の物語は、青春ロードムービーであり、陽光きらめくバカンス映画の趣も湛える。アイデンティティが不確かな主人公の”自分探し”という普遍的なテーマを追求し、世界中から優れたインディペンデント映画が集うロッテルダム国際映画祭コンペティション部門でタイガーアワード特別賞を受賞し国際的にも高く評価された一本だ。
アルマと一緒に旅をしているような旅情感あふれるスタンダードサイズの映像について、エナ監督はインスタの表現形式が大きく影響していると語る。「このアスペクト比の選択には、インスタグラムでの表現形式が大きく影響しています。インスタグラム世代(TikTokが登場する前の若者文化)を背景に持つ現代社会を反映する手段として、4:3の画面比率を採用したという意図です。単なる美的選択ではなく、時代性や世代の感覚を映画の演出として取り込むための重要な演出の一部として、そして本作が持つ世界観と合致すると判断したのです」また本作のビジュアル表現についても「“現実をそのまま映すのではなく、意図的に構築された世界”を作りたかった」と語る。「わたしが大きな影響を受けた映画作家のひとりに、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーがいます。彼の作品は、社会的弱者やマイノリティを美化するのではなく、社会が彼らにどのような影響を与えるかを描いており、そのリアルな描写に強く共感しています。映像的には、アキ・カウリスマキ、アニエス・ヴァルダ、ジェーン・カンピオンの初期作品、さらにはカルロス・レイガダスやツァイ・ミンリャンといった現代の作家からもインスピレーションを受けています。」

エナ・センディヤレヴィッチ監督
『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』
9月13日( 土) よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督・脚本:エナ・センディヤレヴィッチ
出演:サラ・ルナ・ゾリッチ、エルナド・プルニャヴォラツ、ラザ・ドラゴイェヴィッチ
配給:クレプスキュール フィルム
© 2019(PUPKIN)