100%リアルに、実際の水の中で撮影
──本作は監督がリチャード・ダ・コスタと共同で手掛けた海洋ドキュメンタリー『Last Breath』(2019)の劇映画化です。監督にとってドキュメンタリー作品と本作は補完し合う作品なのでしょうか。2作品の関係性、位置づけを教えてください。
ドキュメンタリー版と今回の映画『ラスト・ブレス』は“コンパニオン・ピース”、つまり二つでセットだと考えています。ドキュメンタリーの方は感情的にならず、あの事故とその裏で起きていた出来事を理解してもらうためのアプローチをとっていて、関係者にインタビューをしていく、いわゆる“トーキング・ヘッズ”形式を採用しています。そういうドキュメンタリー手法を用いているので、観客とストーリーとの間に距離感が出てしまいます。
一方、映画『ラスト・ブレス』は、観客がよりエモーショナルなレベルで物語を体感できるようにしています。つまり、ひと言で言うと、ドキュメンタリーはこの物語を理解するためのもので、映画の方はこの物語を体験するためのものといった位置づけです。

──経験豊富な最年長の潜水士ダンカンをウディ・ハレルソンが演じています。ウディ・ハレルソンとは初めてかと思いますが、彼と仕事をしてみて、いかがでしたか。現場での彼とのエピソードがありましたらお聞かせください。
そもそもウディはアメリカ人ですが、彼が演じたダンカンはイギリス北部出身です。なので、アクセントなどは全然違うのですが、2人の性格やユーモアはすごく共通するものがありました。キャスティングでは本人たちが持っている資質を自然に持っている俳優を選ぶということを重要視したんです。ウディはダンカンと同じく、みんなの父親代わりみたいな立場になってくれました。それが自然とシムやフィンに対しても出ていたのが、すごく良かったですね。撮影中に3人ともすごく仲良くなれて、まるで1つのユニットみたいな関係性で撮影できたことは本当に素敵な体験でしたね。

──デイヴ・ユアサ役のシム・リウ、クリス・レモンズ役のフィン・コールは実際に潜水します。フィン・コールが「ダイバーとはどういうものか、この空間にいるとはどういうことか、という監督の知識にずいぶん助けられた。彼のリサーチは徹底している。素晴らしい監督ぶりだった」と語っています。監督は2人にどのようなサポートをされたのでしょうか。また水中での撮影における2人の様子で印象に残っていることがあったら教えてください。
英語では「Dry for wet」と言うのですが、技術的には全く水を使わないで濡れているようなシーンを撮ることができます。ただ、今回は100%リアルに、実際の水の中で撮影しました。やっぱり、役者自らが実際に水の中で演技していると、そのリアリティが観ている方にも伝わると思うんですよ。なので、シムとフィンにはトレーニング期間を経て、ほとんどスタント無しで演じてもらいました。
しかも、今回、水中シーンは全て夜間撮影だったんです。マルタの野外にある、直径100メートル、水深11メートルの貯水タンクで撮影したのですが、野外にあって光の調整ができないから、ずっとナイターで撮影しました。そんな環境で撮影したので、スタッフやキャストにとって、とても過酷な状況だったのですが、シムもフィンも逆に水中シーンをめちゃくちゃ楽しんで撮影していました。2人とも水中にいるのが居心地いいと感じていたようです。自然と水の中にいられるような2人だったので、本当に見事な演技だったと思います。
2人には事前に水中撮影について説明していたのですが、フィンは父親がスキューバダイビングを日常的にしている人だったんですよね。彼はそういった環境で育ってきているから、潜ること自体はすごく慣れていた。一方、シムも休暇中に遊びでダイビングをした経験があったので、水の中で演技をすることに対してすごく前向きでした。

──水中での撮影は危険を伴うことが多いかと思います。今回の撮影でヒヤッとした場面はありましたか。また、それをどう乗り切りましたか。
水中シーンでの演出は遠隔で行うことになるので、綿密なプランニングをして望みました。撮影中、私は水面に浮いた場所で演出していたのですが、指示自体はダイブ・スーパーバイザーの女性と話し合って、演出を伝えるというやり方を採用しました。
先程も言ったように毎日ナイター撮影なので、事前にスタッフとキャストに細かくプランニングをシェアしてから撮影に臨んだんですが、劇映画の場合、水中シーンはそんなに長く連続して撮影することができません。ちょっとずつシーンを撮影していくので、その都度シムやフィンも地上に上がってくるんですよね。そのときに、直接会話しながら、さらに演出を付け加えていきました。
それとナイターなので陽が上がってきたら、撮影ができなくなる。撮影はそういった時間との勝負でもありましたね。ただ、すごく万全を期していましたし、セーフティー用のダイバーさんたちも腕利きばかりだったので、事故は一切無かったです。先程も言ったように、水深11メートルで撮影するということは並大抵のことではありません。ちょっとしたことで、何か事故が起こる可能性があります。なので、みんなで万全を期して撮影に臨んでいました。

──監督はドキュメンタリー作品において、人間の極限状況や自然との関わりをテーマにしたリアルで緊張感あふれる映像表現で高く評価されてきました。今回、映画を撮ってみて、ドキュメンタリー作品と映画では演出において、どのような違いがありましたか。
ずっとドキュメンタリーを撮っていたので、今回が初めての劇映画でした。映画の撮影現場に足を踏み入れると言うこと自体、今回初めての体験だったんです。撮影初日はウディ・ハレルソンをはじめ、シム・リウ、フィン・コールの3人全員がいる日だったのですが、率直に胸が熱くなりましたね。この映画を何年も準備してきて、ファーストシーンはどうしようとか色々と考える期間が長かったので、実際にモニターの前に座って、この3人の役者の演技を見た瞬間、彼らは本当に世界一流の役者なんだなと実感しました。ちょっと臭い言い方かもしれませんが、ああこれが映画のマジックなんだなって思ったんです。この3人の役者がキャラクターに息を吹き込む姿を目の前で見ることができるのは、監督としての特権だなと思いました。3人とも本当に素晴らしかったんです。
また、ドキュメンタリーはリアリティの延長線にあると思っているのですが、ドキュメンタリーでは描けないこともあります。一方で、フィクションはそういった物語の領域に入っていくことができます。繰り返しになりますが、今回の映画『ラスト・ブレス』は観客の皆さんに主人公たちのマインドに入ってもらうための映画です。なので、ドキュメンタリー版から削ったシーンもあれば、追加したシーンもあります。例えば、ROV(遠隔操作無人探査機)のシーンは、付け加えたシーンです。クリスをROVで救おうとするシーンは実際にはなかったのですが、デッキにいる船員たちがいかに彼を助けるために必死だったか、彼らの何が何でもクリスを助けるんだという気持ちを表現するために付け加えました。
あとは、実際に飽和潜水士たちは加圧の影響で、ヘリウムガスのように声が高くなるのですが、そこまでは再現しなかったですね。彼らがドナルドダックのような声で話していたら、ドラマが台無しになってしまいますからね。

──監督としての今後の方向性について、どのようにお考えになっていますか。これからもドキュメンタリー作品をメインにされていくのでしょうか。それとも本作を機に、劇映画に舵を切っていかれますか。
今、2本の脚本を書いています。どちらも実話に基づいた映画の脚本です。ドキュメンタリーも作りたいのですが、今後は映画を作っていきたいと思っています。まだ完成前なのですが、1本は水中ものではないスリラー映画で、もう1本はコメディ映画です。今回『ラスト・ブレス』の脚本を書いたことで、フィクションを作ることの面白さに目覚めちゃったんですよね。

<PROFILE>
監督・脚本・製作:アレックス・パーキンソン
イギリスを拠点に活動する映画監督・脚本家・ドキュメンタリー作家。BBCやナショナルジオグラフィック、HBOなど国際的なメディアと多数の作品を手がけ、人間の極限状況や自然との関わりをテーマにしたリアルで緊張感あふれる映像表現で高く評価されている。
代表作には、実話に基づく海洋ドキュメンタリー『Last Breath』(2019)、人間のように育てられたチンパンジーの物語『Lucy the Human Chimp』(2021)、そして野生動物と人間の共存を描いた『Living with Leopards』(2024)などがある。『Last Breath』は特に高い評価を受け、自身が監督を務めて劇映画化することとなった。
『ラスト・ブレス』9月26日(金)、新宿バルト9他全国ロードショー
- YouTube
youtu.be<STORY>
潜水支援船のタロス号が北海でガス・パイプラインの補修を行うため、スコットランドのアバディーン港から出航した。ところがベテランのダンカン、プロ意識の強いデイヴ、若手のクリスという3人の飽和潜水士が、水深91メートルの海底で作業を行っている最中、タロス号のコンピュータ・システムが異常をきたす非常事態が発生。制御不能となったタロス号が荒波に流されたことで、命綱が切れたクリスは深海に投げ出されてしまう。クリスの潜水服に装備された緊急ボンベの酸素は、わずか10分しかもたない。海底の潜水ベルにとどまったダンカンとデイヴ、タロス号の乗組員はあらゆる手を尽くしてクリスの救助を試みるが、それはあまりにも絶望的な時間との闘いだった……。
<STAFF&CAST>
出演:ウディ・ハレルソン シム・リウ フィン・コール クリフ・カーティス
監督:アレックス・パーキンソン
原作:ドキュメンタリー『ラスト・ブレス』(メットフィルム)
脚本:ミッチェル・ラフォーチュン アレックス・パーキンソン&デヴィッド・ブルックス
2025年/米・英/英語/93分/カラー/5.1ch/シネマスコープ/原題:Last Breath/字幕翻訳:大西公子/G 配給:キノフィルムズ
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