「人が“女性向けの映画”と言うとき、それは既に軽蔑的なのだ」
ヌーヴェルヴァーグの周縁で見落とされていたシネアスト、ネリー・カプラン
1931 年、アルゼンチンに生を受けたネリー・カプランは、フィルムアーキビストの国際会議のアルゼンチン代表としてフランスを訪れる。まもなく彼女は、フランス映画の名匠アベル・ガンスの知己を得、その映画制作に協力。やがてガンスと袂を分かったカプランは、シュルレアリスム小説家、批評家、ドキュメンタリー作家などのキャリアを経て、長編劇映画作家の道を歩みはじめる。デビュー作『海賊のフィアンセ』(69)はヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、パブロ・ピカソをして「芸術の域まで高められた尊大さ……ルイス・ブニュエルの最高傑作並みの作風だ」と言わしめた。

『海賊のフィアンセ』 ©1969 Cythère films – Paris
このデビュー作以来、カプランは保守的な価値観に「抵抗」「反抗」する女性たちを描きつづけた。当時、彼女が監督したフィルムが正当な評価を受けていたとは言いがたい。原題や内容とは無縁の「情欲的」な公開題が付され、商業的には「ポルノ映画」として消費されることもしばしばだった。カプランが描く女性に認められる、家父長制社会の権力勾配を大胆に転覆せしめる奔放さ。それは、今、男性観客の視覚的快楽を充足させる志向性ではなく、現代的な文脈で再評価する時が来ている。2019 年にはニューヨークでカプランのレトロスペクティヴが展開され、「『海賊のフィアンセ』は 50 年を経たいまでも、驚くほど新鮮」(ニューヨーク・タイムズ)などと称賛の声があがった。日本では、昨年東京日仏学院で開催された「フランス映画と女たちPART2」内で『海賊のフィアンセ』が特別上映され、観客たちを熱狂させたことが記憶に新しい。
カプラン作品の魅力は、フィルムを遊び心で満たそうとする快活な演出にもある。せわしなく動きつづける人々、燃えあがる小屋、滑稽きわまりない乱闘、マヌケで官僚的な男たち……。カプランが描く奇抜で、愉快で、残酷な万華鏡的世界は、作品とその主題を教条主義の檻に閉じ込めず、観る者を興奮させ勇気づける挑発性とエンターテインメント性に満ちている。彼女が映画において破壊し、撹乱し、ひっくり返してみせたもの。それは、わたしたちが生きる現実世界にほかならない。

『パパ・プティ・バトー』 ©1971 Cythère films – Paris
ヌーヴェルヴァーグを支えた俳優の一人、ベルナデット・ラフォンが主演し、カプランが「現代の魔女の物語」と語る長編監督デビュー作『海賊のフィアンセ』。ギャング一味に誘拐された令嬢クッキーが千変万化の“顔芸”で躍動する『パパ・プティ・バトー』。エリック・ロメールに先駆けて“アレ”を画面に捉えたスラップスティック・ロードムービー『シャルルとリュシー』。とある南国の孤島を舞台に、裕福な三世代の女たちが文学者の男を手玉に取って翻弄する『愛の喜びは』。決して見逃せないラディカルな才能が、半世紀の時を超え<発見>される!

『シャルルとリュシー』 ©1979 Cythère films – Paris
この度解禁されたポスタービジュアルで、大きく据えられたのは『海賊のフィアンセ』マリー役のベルナデット・ラフォンの顔。不敵な表情でこちらを眼差している。各作品から切り取られたキャラクターが配置される中、左下には犬を伴ったカプラン本人の姿も見られる。
併せて解禁された特報は各作品からキャラクターたちの表情の豊かさを感じられるカットで構成。背景に流れるモールス信号の音は『愛の喜びは』に登場するもの。作品の大胆不敵さ、遊び心満載の特報が完成した。また各作品のメイン画像も1点ずつ解禁された。

『愛の喜びは』 ©1991 Cythère films - Les studios de Boulogne - Pathé cinema
さらに、東京日仏学院で開催中の「フランス映画と女たちPART3」の特別連携企画【ヌーヴェルヴァーグの周縁で/ネリー・カプラン&メーサーロシュ・マールタ】で、9月14日(日)に『ナミビアの砂漠』『あみこ』の山中瑤子監督をアフタートークのゲストに迎えて『海賊のフィアンセ』が先行上映される。(前売券は完売。当日券を若干数販売予定です)
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youtu.beネリー・カプラン(1931-2020)
1931年4月11日、ブエノスアイレスに生まれる。ブエノスアイレス大学で経済学を学ぶも、映画への関心からパリへ飛び立つ。1954年、映画監督のアベル・ガンスと出会い、『マジラマ/戦争と平和』(57 ※2025年のカンヌ国際映画祭「カンヌ・クラシックス」で上映)を共同監督する他、『ナポレオン/アウステルリッツの戦い』(60)の脚本・助監督としての参加など協力関係を深めた。以後、いくつかの短編映画作品を監督。1969年に長編劇映画第1作となる『海賊のフィアンセ』が公開。以降、『パパ・プティ・バトー』(71)、『シビルの部屋』(76、日本公開は77年)、『シャルルとリュシー』(79)を発表。1983年にはドキュメンタリー『アベル・ガンスと彼のナポレオン』を監督し、翌年のカンヌ映画祭・ある視点部門で上映。1991年に長編劇映画第5作であり、最後の監督作となった『愛の喜びは』が公開。1994年、ボストン美術館、シカゴ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが、カプランのレトロスペクティヴを開催。2019年、ニューヨークのQuad Cinemaがカプランのレトロスペクティヴを開催し、『海賊のフィアンセ』レストア版ほか7作品が上映され、その同時代性が<再発見>された。ペンネーム「ベレン(Belen)」でのシュルレアリスム小説の執筆など、著作多数。2020年11月12日、新型コロナウイルスに罹患し、死去。

「ネリーに気をつけろ!ネリー・カプラン レトロスペクティヴ」
12月26日(金)、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
提供:東映ビデオ 配給:グッチーズ・フリースクール 宣伝:プンクテ
後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ