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デビュー2作目でオスカー候補になりその後も世界中で名だたる賞を受賞
ポール・トーマス・アンダーソン監督は1970年6月26日、米ロサンゼルス生まれ。父親アーニーが深夜ホラー番組の司会者をしていた俳優で、育ったのはロサンゼルス近郊でありながら当時ハリウッドとは違う退廃的な部分もあったサンフェルナンド・バレー。父親がビデオデッキを購入し膨大な映画を見て、ビデオカメラを買ってもらい芸術的な環境で子供時代を送り、若いうちから映画製作の世界に踏み込んだアンダーソンは、かつて偉大なポルノスターだった人物を主人公にした短編モキュメンタリー『ダーク・ディグラー・ストーリー』を高校生の時に製作。ニューヨーク大学に入学するが2日間で中退し、返金してもらった授業料で92年に製作した短編『シガレッツ&コーヒー』がサンダンス映画祭で注目された。その後、数多くのCMやミュージックビデオのアシスタントとして働いていたところ、ハリウッドから声がかかり、長編デビュー作『ハードエイト』(96)を監督することに。脚本も担当した本作(彼は常に監督と脚本を兼任)は批評家から好評を得て、次回作を作れることになり、それが高校時代に作った『ダーク・ディグラー・ストーリー』をベースにしたポルノ映画業界に生きる人々の群像劇『ブギーナイツ』(97)だった。この作品でまだ20代だったアンダーソンはアカデミー賞脚本賞に初ノミネート。ハリウッド新世代監督の旗手となる。

『パンチドランク・ラブ』でカンヌ国際映画祭監督賞受賞の時
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続いての3作目『マグノリア』(99)はトム・クルーズも出演するオールスター共演の群像劇で、本作はベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。一躍世界のひのき舞台に上がることになった。またアンダーソンはここでもオスカー脚本賞候補となっている。4作目の『パンチドランク・ラブ』(02)は喜劇の印象が強いアダム・サンドラーを主演に迎えた風変わりなロマコメだったがカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。そして5作目の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)ではこれまで以上に風格を持った映画作りに成功し、主演のダニエル・デイ=ルイスの熱演もあって高評価を受け、ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞。オスカーでも初の監督賞候補となった。6作目『ザ・マスター』(12)もホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンの2大スターを激突させ、重厚な出来栄えでベネチア国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞し、これで3大国際映画祭の監督賞を制覇することに。まだ6作目の時点でこの稀有な記録を樹立したことで、アンダーソンが21世紀を代表する名匠のひとりに数えられることは必然となった。
新作『ワン・バトル・アフター・アナザー』ではアクションにも挑戦!
ここで肩の力を抜いたように7作目に選んだのは米文学者トマス・ピンチョンの「LAヴァイス」を映画化した『インヒアレント・ヴァイス』(14)。70年代ロサンゼルスを舞台にした探偵映画で、難解という声もあったがアンダーソンはアカデミー賞脚色賞候補になった。続いて『ファントム・スレッド』(17)は再びダニエル・デイ=ルイスを主演に50年代ロンドンのファッションの世界を舞台にしたドラマで、アンダーソンは2度目のオスカー監督賞候補に。9作目『リコリス・ピザ』(21)は青春ロマンスのジャンルに踏み込み、高校生と年上の女性の恋愛未満の関係を描きオスカーで作品・監督・脚本の3部門にノミネート。先も述べたように世界3大国際映画祭監督賞を制覇しているアンダーソンだが、アカデミー賞に関しては何度も候補になるものの、受賞はまだ。

長年のパートナー、マヤ・ルドルフとアカデミー賞授賞式で
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そして記念すべき10作目となる『ワン・バトル・アフター・アナザー』がいよいよ公開となるが、これも次期アカデミー賞の有力候補作となる確率大。主演には『ブギーナイツ』『リコリス・ピザ』でオファーしたものの、タイミング悪くキャンセルとなっていたレオナルド・ディカプリオを迎え、これまでのアンダーソン作品にあまり見られなかった激しいアクションが盛り込まれたクライム・ドラマ。作品ごとに新ジャンルを追求するようなアンダーソン・ワールドの新たな一手を楽しみたい。