あまりにも鮮烈だった『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』での怪演
バリー・コーガンという男優の顔には、一度、見たら忘れられないインパクトがある。いわゆるイケメンではなく、個性的な顔だが、なんだか不思議な吸引力があって、妙に気になる。
そんな彼は最新作『バード ここから羽ばたく』(2024)でも好演を見せているが、この映画を紹介する前にこれまでの出演作を少しおさらいしておこう。
最初に俳優として底知れぬ力を印象づけたのは、ヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)だろうか。
彼が演じるのは、謎の少年、マーティン役。彼の父親は手術で亡くなり、その主治医だった心臓外科医(コリン・ファース)と、時々、会っている。最初は好感の持てる少年に見えたのに、時間の経過と共に、とんでもない別の顔が見え、やがて外科医の一家は、彼のせいで恐怖のどん底に突き落とされてしまう。

バリー・コーガンの新作『バード これから羽ばたく』。主人公の少女のパンクな父親役を好演。
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父を失ったかわいそうな少年と思っていたら、そんなかわいいもん(?)じゃなかった…。特に劇中でスパゲッティを食べる場面が強烈。ただ、黙々と彼が食べているだけなのに、やばそうな雰囲気がいっぱい。
「『聖なる鹿殺し』といえば、やっぱり、あのスパゲッティの場面ですね」という映画ファンもいるほど、怪しさいっぱいの場面。その時のコーガンのふてぶてしい眼差しが、あまりにも強烈に焼きついてしまう。
どこか怪しいヒト、のキャラは、『アメリカン・アニマルズ』(2018)にも引きつがれている。退屈しのぎに大学の図書館から高価なヴィンテージ本を盗もうとする若者たちの物語で、コーガンはアーティスト気質の青年役。一見、おとなしそうに見えるが、結局は犯罪に手をそめてしまう。
『イニシェリン島の精霊』で初めてのアカデミー賞候補
初のアカデミー賞(助演男優賞)候補になったのが、マーティン・マクドナー監督の哲学的な力作『イニシェリン島の精霊』(2022)。この作品ではベテランのブレダン・グリーソンを押さえて、英国アカデミー賞の助演男優賞にも輝いた。

『バードこれから羽ばたく』では父親役で新境地を見せるバリー・コーガン。
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小さなアイルランドの島で暮らす変わり者の青年で、主人公(コリン・ファース)の妹にひそかに恋をしているが、思いは報われることがなく、悲劇的な最後を迎える。その佇まいが独特で、やっかい者のキャラクターながら、最後は哀れな雰囲気も漂っていた。このあたりになると、もう、すっかり演技派の自信も見えてきた。
ハリウッド映画でも活躍中
ハリウッド映画界でも活躍していて、ロバート・パティンソンが主演の『THE BATMAN』(2022)では見えざる囚人役。オスカー監督のクロエ・ジャオがマーベル・コミックを映画化した『エターナルズ』(2021)では、人の心をあやつる能力を持つエターナルズ(宇宙種族)のひとりを演じる。
新人時代にはハリウッドきっての才人、クリストファー・ノーランの戦争映画の大作『ダンケルク』(2017)にも出ていて、負傷兵を救助する役。また、デイヴィッド・ロウリー監督の『グリーン・ナイト』(2021)では盗賊役。いい監督と組むことで着実にキャリアを積み上げている。
アマゾン・プライム・ビデオの初主演作『Saltburn』でも圧巻の演技
そんな彼が初主役となり、圧巻の存在感を見せつけたのが、アマゾン・プライム・ビデオの配信ドラマ『Saltburn』(2023)。『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)のエメラルド・フェネル監督とのコンビ作で、これが、また、見てびっくりの役。
奨学金でエリートが集まる大学に入った彼は、誰もが憧れる裕福な青年(ジェイコブ・エルロディ)と親しくなり、彼の屋敷に招かれる。一見、かわいそうで、素朴な青年かと思ったら、実は……、という展開は、出世作『聖なる鹿殺し』にも通じる設定。
やがては主人公の裕福な青年への異常な執着が暴かれ、彼のせいでその貴族の一家は破滅的な運命をたどる。ラストで主人公は一糸まとわぬ姿で歓喜のダンスも披露。あまりにもブラックすぎる展開にただただ驚くしかない。彼が次に何をしでかすのか分からず、その演技に釘づけ。
多くの監督にとって、どんな化け方をするのか、一度、試したくなる。それがコーガンという男優ではないだろうか。
新作『バード ここから羽ばたく』では意外性のある父親役
新作『バード』でも、さすがの存在感を発揮する。これまで少年っぽいイメージを引きずっていたが、ここではパパ役。思えば30代前半なので、確かにそんな設定もありかもしれない。
演じる役は、やはり、というか、さすが、というか、コーガン節が炸裂。全身に入れ墨があるパンク風の父親、バグの役で、あやしげな商売で、ひともうけを考える。長男は彼が10代の時に生まれている。
子供たちへの思いを見せるコーガン
映画の主人公は生きづらさをかかえたティーンの娘。彼女の母とコーガン扮する父は、いまは別れていて、父はちゃっかり他の女性と結婚予定。娘はそんな父や再婚相手の若い女性にも反発している。
『バード ここから羽ばたく』で娘と一緒に街を走る父(バリー・コーガン)
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ただ、物語の展開とともに、父親のいい部分が見え始める。意外性がある人物設定はこれまでと同じだが、これまでは「いい人風から悪魔のような顔が見える」パターンで演技力を発揮。でも、今回は「ヤバそうなのに、実は温かいハートがある」人物像。娘と電動キックボードに乗って、街を疾走するシーンには爽快さもあり、クライマックスの結婚式でもほっこりさせられる(花嫁にブラーの歌を捧げる)。
特にティーンの息子に対する思いを明かす時の演技がいい。息子の若い恋人が妊娠し、彼女の親はふたりの子供が生まれることを望んでいない。子供がほしい息子は落ち込むが、父は息子を励まし、「オレは10代でお前の父親になったことを後悔していない」と彼に告げる。若き父親になったことを肯定的にとらえ、子供たちに温かい愛情を見せる(実はいいお父ちゃん!)。
映画の中心は多感な少女で、鳥の化身のような男と彼女の不思議な関係が描かれる。そんな娘のことも父はじっと見守っている。
映画の中心にいるのはティーンの俳優たちだが、コーガンが映画の輪郭をがっちり作り、大人の演技者として確かな自信を持っていることが伝わる。
バリー・コーガンがほれ込んだ英国の才人監督、アンドレア・アーノルド
この映画のプレスに載ったコーガンのインタビューによると、彼は英国出身のアンドレア・アーノルド監督がとても気にいっているという。以前から一緒に仕事をしたいと考えていて、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024)の出演オファーも断って、この映画を選んだそうだ。
アンドレア・アーノルドは、英国インディペンデント映画界で特に高い評価を受けている女性監督のひとり。『バード』でも、その独特の才能が伝わる。リアルながらも、どこか幻想的な要素もあり、見終わった後に尾をひく深い余韻が残る。
注目の監督、アンドレア・アーノルドの映画祭も開催
そんなコーガンとアーノルド監督は『バード』が初顔合わせになったが、実はこの監督の旧作の映画祭もミニシアターで開催中。名作『嵐が丘』のヒースクリフを黒人男優に演じさせる実験的な解釈の『ワザリング・ハイツ~嵐が丘~』(2011)、アメリカを舞台にした少女のロードムービー『アメリカン・ハニー』(2016)、酪農場の牝牛を追ったドキュメンタリー『cow/牛』(2021)が公開。
コーガンがほれ込んだ監督、アンドレア・アーノルド。彼女が独自の解釈で見せる2011年の『ワザリング・ハイツ~嵐が丘』。原作エミリー・ブロンテ。主演ジェームズ・ハウソン、カヤ・スコデラーリオ
アンドレア・アーノルドや『Saltburn』のエメラルド・フェネルのように、今後の活躍が期待される英国映画の女性監督たちと手を組むことで、コーガンはさらなる新境地を切り開いた。
今後はオスカー監督、サム・メンデスが、ザ・ビートルズのメンバー4人を4本の映画で構成する大型企画で、リンゴ・スター役。ここでもコーガンの新しい顔を見ることができそうだ。
また、キリアン・マーフィのBBCの人気配信ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』の映画版にも出演予定。
一度見たら、忘れることのできない独特のマスクを持つクセモノ男優として、これから、ますます、ユニークな存在感を発揮しそうだ。
『バード ここから羽ばたく』
全国公開中
監督・脚本 アンドレア・アーノルド
主演 ニキヤ・アダムズ、バリー・コーガン、フランク・ロゴフスキ
製作 テッサ・ロス 音楽 ブリエル
製作年 2024年/イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ/英語/119分/ヨーロピアン・ビスタ/5.1ch
原題:BIRD
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
©2024 House Bird Limited, Ad Vitam Production, Arte France Cinema,
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https://www.bird-film.jp
『アンドレア・アーノルド監督セレクション』
シアター・イメージフォーラムにて開催中、今後、全国公開予定
『ワザリング・ハイツ~嵐が丘~』(2011)、『COW/牛』(2021)
『アメリカン・ハニー』(2016)上映
提供:ニューセレクト、配給:アルバトロス・フィルム
https://arnold-film.com