横浜フランス映画祭2025、ショートショート フィルムフェスティバル&アジア2025、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2025に、それぞれ3月、5月、7月とうかがったが、3つの映画祭でご活躍の3人の映画監督にインタビューが出来た。これらの映画祭でミシェル・アザナビシウス監督、岩井俊二監督、串田壮史監督から残されたメッセージはいずれも、映画とそれを生み出すことの大切さに響いた言葉ばかり。今年の10月27日から11月5日まで開催の、東京国際映画祭2025にも繋がるこれらの映画祭を、3回シリーズで想い起してみた。まず第1弾は、横浜フランス映画祭2025のミシェル・アザナビシウス監督のインタビューだ。

カバー写真:Headshot Michel Hazanavicius © François Berthier

初のアニメーション作品上映で、横浜フランス映画祭2025に来日した、ミシェル・アザナビシウス監督

今年の3月20日から23日まで横浜で開催された、横浜フランス映画祭2015。アザナビシウス監督のインタビューをお願いしたいと思っていたところ、光栄にも22日に行われた監督のトーク・セッションのお相手を務めることになった。

今回の映画祭では、監督の最新作として、初のアニメーション作品『神様の貨物』(2024)が上映された。上映の際には来日したアザナビシウス監督が登壇。観客の質問に応えた。

画像: 初のアニメーション作品上映で、横浜フランス映画祭2025に来日した、ミシェル・アザナビシウス監督

上映に先がけた前日にトーク・セッションがあり、第84回アカデミー賞最多5部門を獲得した初のフランス映画作品となった『アーティスト』(2011)や、『カメラを止めるな!』(2017)のリメイク、『キャメラを止めるな!』(2022)などなど、監督デビューから現在に至るまでの映画づくりについてうかがった。

私の質問はもちろんのこと、終盤には参加したファンからの質問にも、実にていねいに思いの丈を語り、ジェントルなお人柄を感じさせた。

今の時代にこそ、多くの観客が観るべき『神さまの貨物』

新作の『神さまの貨物』(2024)は、第77回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選ばれ上映されている。原作は、作家ジャン=クロード・グランベールの児童文学『神さまの貨物』で、日本ではすでに翻訳・出版されていて、アザナビシウス監督とグランベールの共同脚本で、映画は原作にほぼ忠実に描かれている。監督の手で作られた美しいアニメーションは、原作のための挿絵を作ったかのようだ。

画像1: 『神さまの貨物』

『神さまの貨物』

第二次世界大戦中に、ドイツのナチスが強行したユダヤ人排斥と絶滅計画の最中、強制収容所に送られるユダヤ人夫婦が乳飲み子の生存に賭け、究極の決断をする。列車から線路に我が子をおいて、誰かに拾って育ててもらうという願いを込める。(こういう行為は1981年のクロード・ルルーシュ監督『愛と哀しみのボレロ』でも描かれ、拾われた子供は後に世界的なバレリーナとなり、成功する)

森の中に暮らす、子供を欲しがっていた木こりの夫婦が、森を走る貨物列車から投げ出された赤ん坊を拾い、幼い命を守り育てようとする。しかし、ユダヤ人に加担するような行為は、周囲からの避難を浴びることにもなり、夫婦は追い詰められて行く。

画像2: 『神さまの貨物』

『神さまの貨物』

本作品は人類が招いた最悪の黒歴史を寓話的に描きながら、同時に人類の抱く愛や正義や希望は失われることはないということを信じる思いが込められている。秀逸でクラシカルなタッチの、美しいアニメーションがその願いを感じさせてならない。

ナレーションには2022年に亡くなったフランスの名優、ジャン゠ルイ・トランティニャン、声の出演もフランス映画でおなじみの男優、女優が演じている。今の時代にこそ観るべき映画であると、強く感じさせられた。日本での劇場公開を今も願い続けている。

『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』で、東京国際映画祭の最高賞に輝く

アザナビシウス監督は12、3歳の頃から映画の仕事をしたいと考えていたが、両親が映画業界にいたというような繋がりはなかったので、まずは、国立の美術大学に学び、その後TVの世界に進んだと話した。TVで映像を作る時も、既存の映像をもとにして新たなものを作ったりして、その後26歳くらいになり、短編映画を作りだしたと語った。このあたりからトーク・セッションの質問を始めることにした。

『OSS 117私を愛したカフェオーレ』(2006)(映画祭上映邦題・『OSS 117 カイロ、スパイの巣窟』)で一躍注目され、2006年に開催された、第19回東京国際映画祭でコンペティション部門に選ばれ、最高賞のサクラグランプリを獲得したことで、日本でも知られるところとなった。

以下は、トーク・セッションの場を含め、私が監督にうかがって得た内容から抜粋・再構成した。

——映画を手がける前から、オマージュとか、パロディ的な物づくりに興味がおありのようでしたが。

そうですね、美術大学の時も既存のポスターに手を加えて、新しい作品を作ったり、人気のTV番組を違ったものに作り上げたりということに取り組んでいました。

——まさに007を彷彿とさせるパロディ的長編作品、『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』が、東京国際映画祭で最高賞に輝きました。あの時は、『アメリ』(2001)の監督のジャン゠ピエール・ジュネさんが審査委員長でした。映画祭では、それまではパロディっぽい作品より、社会的なテーマや、心の内の重苦しい思いなどを描いた作品が受賞することも少なくないですから、ちょっと驚いたのですが、監督ご自身はどんなお気持ちでしたか?

いや、自分も本当に驚きましたよ(笑)。コメディで国際的映画祭の大きな賞を獲るのは初めてですから、幸せでしたが。その成果で、日本では私の作品を続けて配給していただくようになりましたし。

——私事ですが、あの作品の準主役を演じた女優のオーレ・アッティカさんは、私が共同製作者として日本とフランスで合作した『サム・サフィ』(1992)がデビュー作品だったんです。あの東京国際映画祭に来日していて、久々の再会と受賞を共に喜べたのも、『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』のおかげでした。

オーレは良い女優ですね。私がキャステイングしたんです。

愛妻と映画を作る幸せが成功を導く

——『アーティスト』のアカデミー賞受賞大快挙の時も驚いたんですか?

あの時は、当たり前じゃないかって!(笑)

——そうでしょうね。

いやいや、やっぱり本当はびっくりしました。少しずついろいろな国で観てもらって、良さを分かってもらえたらなんてくらいにしか、最初は思っていませんでしたからね。

——『アーティスト』はサイレント映画へのオマージュ、やはり一つのパロディとも言える、その発想が素晴らしかったです。そして、ずっとほぼ一貫して、監督の夫人である、女優のべレニス・ベジョさんが作品のミューズとして出演していますね。そのカップリングこそが、監督の作品を輝かせていると思えてなりません。監督の映画は、羨ましいくらい奥様のために作られていると言っても良いのでしょうね。でも、『アーティスト』で、ベジョさんが主演女優賞を獲れなかったのは残念過ぎます。

そのことを、あまり残念とは思っていません。この作品は極めて小規模なクルーで、ロサンゼルスに妻とも一緒に出かけて完成させた映画ですから、その点では恵まれていると思っているんですよ。
妻は、カンヌ国際映画祭やセザール賞などで賞をもらっていますからね。

——確かに、そのとおりなんでしょうね。『キャメラを止めるな!』では、奥様とお嬢様も出演して家族の映画にもなっていましたね。

はい。コロナが終わった時期で、長回しでじっくり撮ったりして、楽しい撮影現場になりましたね。

名優トランティニャンのナレーションと、監督が描いた人物の美しさ

——ところで、今回の新作のアニメーション作品『神様の貨物』には(声の出演で)、ベジョさんは登場していないですね。俳優のジャン=ルイ・トランティニャンさんが、ナレーションをしていらっしゃる。ご存命の頃に映画を作られたことは、ラッキーでしたね。

そうですね。彼は「生きていてくれた」んです。

——『キャメラを止めるな!』は製作資金はすぐ集まったが、『神様の貨物』は集まりにくくてその間、製作が留まってしまったとおっしゃっていましたね。トランティニャンさんに完成を観ていただきたかったですよね。でも、この作品に彼の肉声が残されていて尊いです。本当にそのことにも感動を呼び覚まされました。それにしても、雪の日の描写や森の様子、人々の所作や駅の雑踏の動きなど、アニメーションが映し出される画面は、実に繊細な動きを見せています。過酷な内容なのに、寓話や童話の世界へと誘い、恐ろしさと優しさの感情が交差して盛り上げます。このアニメーション制作は誰が手がけたのでしょう。

人物については、私が自分で描いたんです。

——えー、本当ですか。さすが美術大学ご出身ですね。素晴らしい筆致です。では、そのうえでうかがいたいのですが、かつてウオルト・ディズニーが世界で初めての長編カラー・アニメーション作品として『白雪姫』(1937)を作り世に出しました。その時彼は、リアリティと躍動感を出すために、実写で人物などの動きを撮影して参考にしてから、アニメーション制作を完成させたと言われています。今回の作品も、もしかしたら、そのような技法を使われましたか?そういう効果を感じられてならないのですが、いかがでしょうか。

そうですね。そのとおりなんですよ。

画像: 名優トランティニャンのナレーションと、監督が描いた人物の美しさ

(インタビューを終えて)既存の映画作品へのオマージュ溢れる、独自のパロディ化の才能

そうでしたかと、監督の答えを受けとめながら、腑に落ちて幸せな気分にさせられた。それでは、ドミニク・ブランたちは声の出演だけではなく、実際に演じたのだろうか?それとも、最初は実写で撮ったけれど、過酷な内容をおとぎ話的にするためにも、アニメ―ションの力を借りることにしたのか……?

そのへんについては、惜しくもうかがえていないのだが、世界で初めての長編アニメーション映画の制作を、自分でも実際に辿ってみたかったのだろうかとか、研究者のような監督のまなざしが、ますますの想像を掻き立てるばかりだ。

改めて、尊敬するアザナビシウス監督の、映画づくりの流儀の一端を知ることが出来た想いで胸が一杯になった。

『OSS 117私を愛したカフェ・オーレ』は007に代表されるスパイもの、『アーティスト』は無声映画、『キャメラを止めるな!』は低予算から始まった大ヒット映画、『神さまの貨物』はアニメーションという世界。

それら、既存の映画への愛の変容とオマージュが、彼の作品作りの源なのだ。自らが改めてそれらを検証・研究して、映画の歴史に記憶を残しながらも、新しい映画を生み出す。アザナビシウス監督は映画の研究者でもある。そして、偉大な「パロディ」的才能の持ち主なのだ。

こまめで、かつ大胆な、彼の映画的生き方に実際に触れた貴重な体験をいただいた。

『神様の貨物』(映画祭上映時邦題)
監督/ミシェル・アザナビシウス
脚本/ジャン=クロード・グランベール
音楽/ アレクサンドル・デスプラ
声の出演/ジャン=ルイ・トランティニャン、ドミニク・ブラン、グレゴリー・ガドゥボワ、ドゥニ・ポダリデス
原題/La plus precieuse des marchandises
原作/ジャン=クロード・グランベール著『神さまの貨物』(ポプラ社)
2024年/フランス・ベルギー合作/81分/カラー
©2020 EX NIHILO - LES COMPAGNONS DU C INEMA -
STUDIOCANAL - FRANCE 3 CINEMA - LES FILMS DU FLEUVE

横浜フランス映画祭2025
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