ジェレミー・アレン・ホワイトがブルース・スプリングスティーンを演じる『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』。ステージ映像を徹底研究し、ギターやハーモニカも自ら練習。1981~82年のブルースの姿をスクリーンに鮮やかに再現した、その挑戦に迫ります!(文・斉藤博昭/デジタル編集・スクリーン編集部)
ブルースのステージが感動させるのは、彼がエネルギーを全開にして、体力の限界で歌っているから

──もともとブルース・スプリングスティーンの音楽は身近に存在していたのですか?
「僕はNYブルックリン生まれで、ブルースの出身地であるニュージャージー州は目と鼻の先です。子供の頃から親近感があり、ラジオソング(ラジオをかければ流れてくる曲)のように耳にしていました。両親がちょうどブルースと同世代で音楽が好きだったこともあり、おそらくブルースが若い時代に聴いていたであろう、ローリング・ストーンズやビートルズ、アレサ・フランクリン、オーティス・レディングなども、僕自身の身近に存在していました」
──ちなみにプライベートで好きな音楽のジャンルは?
「90年代のブルックリンで育った自分としては、やはりヒップホップでしょうか。ナズ、ビッグ・L、ジェイ・Z、ウータン・クランなんかを好んで聴きますね。でも基本的にどんなジャンルも歓迎ですよ」
──今回、スプリングスティーンを演じるにあたり、どんな準備をしましたか?
「幸運なことにブルースの過去のステージ映像はたくさん残っています。特に1980年、アリゾナ州のテンピでの公演は、実際に僕も再現するので細かく研究しました。ブルースのステージが感動させるのは、彼がエネルギーを全開にして、体力の限界で歌っているから。僕もそこを表現しようと、撮影ではカメラが回る直前まで縄跳びや腕立て伏せをして、ヘトヘト状態になりました(笑)」
──ボーカルやギターなど、すべてあなた自身が挑戦しているそうですね。
「じつはギターもハーモニカも、これまでほとんど演奏したことがなかったので、準備期間もスケジューリングしてもらいました。およそ半年の間、週に8〜10時間くらい、ギターやボーカルのコーチと時間を過ごし、集中して練習したわけです。撮影の終盤まで、この練習時間は設けられていましたね」
──スプリングスティーン本人と会って、話す機会はあったのですか?
「もちろんです。最初に会ったのは2025年の夏、ロンドンのウェンブリー・スタジアムの公演で、サウンドチェックを見学させてもらった日です。ブルースは僕を見つけるとステージに上がるように誘ってくれ、そこで20分、その後も楽屋で話が続きました。
彼はとにかくオープンで、本作が描いた人生の辛い時期への質問にも誠実に答えてくれましたし、ツアーの後には自宅でのディナーにも誘ってもらいました。準備期間中はつねにメールでやり取りし、僕の歌声もチェックし、アドバイスしてくれたんです。あれだけのビッグスターなのに、まわりに寛大に接する姿を、僕は心から尊敬しました」
──撮影しながら「役になりきれた」と思った瞬間を教えてください。
「最初の頃は、ひたすら“見た目”を再現することに気を取られていました。でもいろいろ模索するうち、本作が中心として描く1981〜1982年のブルースの内面こそ演技のカギになると感じ、カリスマではなく一人の人間として彼を捉え始めたところ、演技の“足場”が固まったのです。
ブルースとの絆を最も感じた瞬間は、彼が実際に『ネブラスカ』のアルバムをレコーディングしたナッシュビルのスタジオを訪れた時。僕もそこで歌を録音したのですが、スタジオに一人きりになり、誰かの書いた詩を自分のものとして歌っていると、ブルースへの強い親近感をおぼえました。そこが演技の転機を迎えた瞬間だったかもしれません」
──本作の撮影監督は日本人のマサノブ・タカヤナギです。
「マサは手持ちカメラを多用していました。ですから僕とマサは一緒にダンスを踊っているかのように、無言でコミュニケーションをとる必要があったのです。その難しい挑戦を成功に導いてくれた彼は天才でしょう。またいつか仕事をしたい撮影監督です」

画像は『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』より
──ブルース・スプリングスティーンという大役を演じ切って、今どんな気分ですか?
「オファーを受けた時は喜びと同時に、責任感とプレッシャーもありました。こうして映画が完成し、大きな達成感に浸っています。苦しみのプロセスの反対側にいる気分ですね。最初は不安でも、そこに勇気をもって立ち向かうべき……。そんなことを実感しています」
──本作の演技がアカデミー賞にふさわしいと言う声が早くも出ています。どう感じますか?
「授賞式の会場に行くのは、たしかにいい気分です(笑)。尊敬するアーティストたちと同じ場所にいられるわけですし、受賞によってキャリアにおける選択肢が確実に増えるわけですから。でも同時に、俳優は賞を“追いかける”立場でないことも理解しています。
たとえば『一流シェフのファミリーレストラン』は、もちろん素晴らしい物語ですが、これほど評価されるとは思いもしませんでした。こうして俳優を長く続けられているだけでなく、今この段階で最高の脚本やキャラクターが自分に舞い降りてきていることを、素直に幸運だと感じています」
──では「いつかこんな演技をしてみたい」という理想の作品と俳優は?
「『哀しみの街かど』でアル・パチーノを初めて観た時のことが忘れられません。カリスマ性があって予測不能の演技をみせ、ある意味、ロックスターのようでした。その後、パチーノの出演作は全部観ています。『ミーン・ストリート』のロバート・デ・ニーロも理想ですね。若い時代の彼らの演技は、多くの俳優の憧れだと思います」
──今後もアンナ・サワイと共演する『Enemies』などの公開が控えています。
「『SHOGUN 将軍』は全部観て、彼女の演技に心から感銘を受けました。今回の共演シーンは少なめでしたが、アンナは突然現れた新しいタイプのスターという印象でした。サプライズ的な才能だと思います」
──キャリアが絶好調で、忙しい毎日だと思いますが、オンとオフの切り替えは?
「家に帰れば一瞬で切り替わります。仕事に関することは玄関ですべて脱ぎ捨てるんです。そうすると6歳と4歳の子供たちが僕を迎えてくれる。彼らと一緒の時間は心からリラックスできていますね。もちろん仕事も大好きで、つねに気分が上がっていますが、家に帰れば何もかも忘れてホッとしています」
──家でも「一流シェフのファミリーレストラン」のように料理するのですか?
「はい(笑)。ショートリヴを使ったサンデーロースト(英国の伝統的料理)をよく作ります。ダッチオーブンで玉ねぎや人参、じゃがいもなんかと一緒に弱火でじっくり煮込みます。ワンプレートでできるからラクですし、これから寒くなるのでオススメの一品ですよ」
ジェレミー・アレン・ホワイト プロフィール
1991年2月17日、米・ニューヨーク州生まれ。「シェイムレス 俺たちに恥はない」(11~21)でフィリップ・“リップ”・ギャラガー役を長年演じて注目を集め、主演ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」(22~)でゴールデングローブ賞やエミー賞を受賞し、世界的にブレイク。映画は『アイアンクロー』(23)『フォーチュンクッキー』(23)に出演。待機作『スター・ウォーズ/マンダロリアン&グローグー』では、ロッタ・ザ・ハットの声を演じる。
『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』
公開中
監督・脚本:スコット・クーパー
出演: ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、スティーヴン・グレアム
配給: ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 20th Century Studios
