(文・米崎明宏/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 ©2025 20th Century Studios
イントロダクション
前作アルバムが初の全米1位になる大ヒットを記録し、まさに波に乗る勢いだった頃のシンガーソング・ライター、ブルース・スプリングスティーンはその時、大スターになるか崩壊してしまうか、運命的なキャリアの岐路に立っていた。ウォーレン・ゼインズ著「Deliver Me from Nowhere」を原作に、80年代前半のニュージャージーで、名曲の数々を生み出していたスプリングスティーンが過去の記憶に苛まれ、深い孤独と葛藤に揺れる様を捉えたスコット・クーパー(『クレイジー・ハート』)監督・脚本作品。
主演はドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」で実力を認められたジェレミー・アレン・ホワイト。彼を囲んで『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』のジェレミー・ストロング、『クルエラ』のポール・ウォルター・ハウザー、『ロケットマン』のスティーヴン・グレアム、『帰らない日曜日』のオデッサ・ヤング、『カモン カモン』のギャビー・ホフマンらが共演。撮影を『スポットライト 世紀のスクープ』のマサノブ・タカヤナギが担当している。

あらすじ
1981年、上昇気流のブルース・スプリングスティーン(ホワイト)は大ヒット・アルバム「ザ・リバー」のツアーを終え、疲労困憊だったが、レコード会社はそんな彼に誰よりも信頼するマネージャーのジョン・ランダウ(ストロング)を通して、早くもスタジオに戻って新曲を作る要請をしてくる。だがスタジオでの曲製作は彼にとって安らぎとはほど遠い作業。静けさを欲する彼はニュージャージーの小さな村コルツネックの家に身を潜めて休息を取った。
その間にフェイ(ヤング)という新しい恋人もできたが、この時期、スプリングスティーンは子供の頃に経験した父親ダグ(グレアム)との確執が心を支配し、自室に一人こもっての独特な創作が始まる。82年となり、世界の頂点に立つ前のキャリアの岐路にいたスプリングスティーンは伝説のアルバム「ネブラスカ」の製作に勤しむものの、重圧に押しつぶされそうになり、親しい人たちとも疎遠になっていく。やがて彼は創作拠点を西海岸に移すのだが…。



抑えておくべきキーワード
ブルース・スプリングスティーン
“ボーン・イン・ザ・USA”などのヒット曲で知られる、20世紀が生んだロック・アイコンにして、アメリカを代表するシンガーソング・ライター。“ザ・ボス”の愛称で親しまれ、社会性の高い歌詞と力強いライブパフォーマンスで世界的な評価を獲得している。アルバムの全世界の売り上げ枚数は約1億4000万枚、グラミー賞を20回受賞。映画『フィラデルフィア』 (93)の主題歌でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞を受賞。1999年にロックの殿堂入りするなど記録にも記憶にも残るアーティスト。76歳を迎えた今も世界ツアーを継続的に敢行。そのライブは「Heaven(天国)」とも呼ばれる。
異色な製作過程の名盤「ネブラスカ」
前作「ザ・リバー」が全米No.1を記録し、好調の波に乗ってると思われたスプリングスティーンが続いて発表した6番目のアルバムは出色の出来栄えで、今では彼の最高傑作とも言われる。あえて自身の労働者階級のルーツに戻り、社会派的な内容と同時に、当時葛藤していた子供時代のトラウマや、圧倒的な成功に対する心理状態も反映されているという。また「ネブラスカ」は自宅の寝室で4トラックのカセットに録音したデモカセットテープをそのままアルバムにしたという異色作でもあり、こうした困難な製作経緯は映画にも描かれている。収録されているのは「ネブラスカ」はじめ「アトランティック・シティ」「ハイウェイ・パトロールマン」「僕の父の家」など重要な曲が多数。
重要な意味を持つ2つの映画
『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』にはスプリングスティーン自身に大きな影響を与えたと思われる2本の映画が印象的に登場する。一つはテレンス・マリック監督のデビュー作『バッドランズ』(73)。これは本作で中心となる名曲「ネブラスカ」の発想の元になったことでも有名な作品。主人公である実在の殺人犯チャールズ・スタークウェザーの視点で歌詞が書かれたという。もう一つは名優チャールズ・ロートンが監督したカルト的名作『狩人の夜』(55)。スプリングスティーンが子供の頃、父親と2人で映画館に見に行った作品として劇中に登場。幼い子供が見る類の作品ではないように見えるが、彼の内面を構成する悪夢のようなモノクロ映像が印象的。

スコット・クーパー監督のコメント
「私は長年ブルース(スプリングスティーン)のファンであり、特にアルバム『ネブラスカ』を愛聴してきました。10代の頃、父が教えてくれたんです。その父が本作の撮影開始前日に他界し、これは私にとって個人的に特別な作品となりました。『ネブラスカ』は史上最も深遠で圧倒的なアルバムの一つです。だからこそ自分が語らなければならない物語だと感じたんです。
ブルースとジョン(ランダウ)は脚本の段階から惜しみなく意見を提供してくれました。撮影中も2人にはできるだけ現場にいてもらい、真実味を作品に吹き込みたかった。脚本では答えられない疑問が生じた時、ブルース本人がそこにいる以上の解決法はないでしょう?
本作はスーパースターへの転換期を迎えた若きミュージシャンが成功へのプレッシャーと幼少期のトラウマに悩む姿を描いています。『ネブラスカ』の製作時期はブルースの人生で極めて重要な期間で、もっとも個人的で不朽の名作が生まれたと言われています。この時期に焦点を当てた作品ということが私を惹きつけたんです。
もし映画を見た人が劇場から家に帰って静かに座り、『ネブラスカ』を本当に聴きたいと思ってくれたら、私はは自分の役目を果たせたのではと感じます」

左からスティーヴン・グレアム、スコット・クーパー監督、ジェレミー・アレン・ホワイト
ⒸJamie McCarthy
2025年11月14日(金)公開『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』
アメリカ/2025年/2時間/ウォルト・ディズニー・ジャパン配給
監督:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、ポール・ウォルター・ハウザー、スティーヴン・グレアム、オデッサ・ヤング
©2025 20th Century Studios

