多くの監督たちからのリスペクトを未だ欲しいままにしている、フランス映画の礎となったアルベール・ラモリス監督。代表的な名作『赤い風船』(1956)と、そのほか4作品が、少年役で出演した監督の実の子息であるパスカル・ラモリスの手で、このたび4K修復版が完成。日本でも公開される。
4Kになってこそ新たに多くの気づきをもたらす、ラモリス監督の映画について、パスカル・ラモリスにうかがうことが出来た。

フランス映画の芸術性を魅せつけた『赤い風船』

第二次世界大戦後のフランス映画の礎となったアルベール・ラモリス監督の名作『赤い風船』は日本での公開当時、子供たちはもちろん、多くの観客にフランス映画の圧倒的な芸術性と素晴らしさで魅せつけた。

その影響力は計り知れず、国内外で映画製作に関わる者たちにとって、永遠のレジェンドな映画作品として記憶されて来た。

今回4K修復版として公開されるのは、『赤い風船』の前に製作された、『小さなロバ、ビム』(1949)、『白い馬』(1953)とその後の『素晴らしい風船旅行』(1960)、『フィフィ大空をゆく』(1965)の5作品。

1922 年に生まれ、1970 年にドキュメンタリー作品『Le vent des amoureux(恋人たちの風)』の撮影のため、イランのテヘラン郊外をヘリコプターで飛行中の事故で、惜しくも48 歳で死去したアルベール・ラモリス監督。彼の、いずれの作品にも共通する独創的で芸術性の高い作品が揃った。

それらは、カンヌやベネチアの国際映画祭で高い評価を得た作品ばかりで、デジタルやAIが使われて完成する映画作品では、真似の出来ない秀逸な出来栄えに眼を見張らせられる。

映画を作ることの原点を呼びさまされ、映画づくりの気高さを感じさせてくれることが胸を打つばかりだ。

大空や広い大地、自由への憧れをポエジーでファンタジックに描く

監督の映画で描かれる人物は、純粋な少年や青年、加えて馬やロバ、鹿、風船までも登場して、そんな邪気のない素朴な存在に目が向けられる。注がれる監督のまなざしが唯一無二なことに感動を抑えられない。

また、それらの空を飛ぶ風船、大地を駆け巡る動物たち、空を巡る気球や究極には空を飛べるようになった男の話など、いつも自由で大きな広がりへの憧れを、観る者に想い起こさせてくれる。
空で撮影をしながら、不運にも事故でこの世を去ってしまったことも何か大きな意味があったのだろうかと、ラモリス監督への想いは尽きない。

子供向け作品というジャンルにはとどまらない、ラモリス監督のポエジーでファンタジックな世界観は、今の時代にこそ響き教訓と癒しをもたらす。

『白い馬』『赤い風船』『素晴らしい風船旅行』にそれぞれ3歳、6歳、10歳の時に出演したパスカルは、1950年生まれ。現在75歳となって父の残した名作を4K修復するにあたり、モノクロ作品のコントラストや、カラー作品の空の色や風船の色などなどに留意するも、父が作品に残した多くのメッセージを新たに感じることが出来たと語る。

4Kに修復してみてわかった、新たな発見

——今回は『赤い風船』の、あの少年に会えるんだという気持ちでワクワクしております。『赤い風船』は、私は大人に連れられて劇場で観たのか、我が家のテレビで観たのか、はっきりとは思い出せないのですが、何度も観ております。当時の日本の子供たち大勢が観ていて、その後の人生に大きな影響を与えられたと思います。私もその一人です。そして、今回パスカルさんが4Kにされたラモリス監督の代表作『赤い風船』はもちろん、複数の作品を同時に観ることが出来ること、これが素晴らしいことだと思います。このことにより、新たに多くの発見をすることが出来ました。ありがとうございます。

画像: 『赤い風船』

『赤い風船』

そうですね。私自身もあなたと同じように、沢山のことが新たにわかったのです。特にディテールがね。『赤い風船』にしても、当時は子供でしたから、俯瞰して見ることは出来なかった。それが4Kにして改めて観てみると、自分の演技も悪くないぞと思えたし、パリの当時の街がこんな風だったかとかね。ポエジーで、ファンタジックな世界に誘われていくような作品であり、観る方々にとって、そういう世界を旅する、タイムスリップするような経験になればいいなと思っています。

小さき者、弱者を邪険にしないまなざしが厚い

——はい。私が今回改めて感じたのは、これら5作品を観ていくと、どの作品にも父上の共通している想いが込められている。一貫したこだわり、主張・主義やメッセージが感じられます。決して子供向きの作品ではないのだということも。単に子供と動物の交流の話ではなく、 動物が可愛いとか、かわいそうとかいう目線ではない、小さき者への眼差しが鋭くて強いです。弱者でもあり、喋れない存在としての動物を登場させているのも、ラモリス監督は、そういう者たちといつも対等にあったのだなと。

そして動物たちは馬にしてもロバにしても、いつも群れを成していて、一つの社会を持っている。風船でさえもです。それらを人間は、自分たちが大きい存在なんだと思っていて追い詰めていく。これは本当に、今の時代の人間同士の強者と弱者の関係性にも通じるものを覚醒させます。パスカルさんは、これらの作品で子供の時に演じられて、今に至っていらっしゃるわけですが、そのへんのことについては、どう感じていらっしゃいますか。

確かに私の父は戦争を経験していますからね。 で、辛い体験もしています。沢山の家族を失った体験をしているんです。だからこそ戦後、彼は平和を望んだわけです。平和な社会を。ところが、今の現状を見ていると、あの戦争で全く人は学ばなかったことがわかります。本当に過酷なことが今も行われています。

画像: 『白い馬』

『白い馬』

画像: 『小さなロバ、ビム』

『小さなロバ、ビム』

それでも父は、そういう社会に対しての敬意というものを持っていました。 小さき者に対する価値というものを大変に意識していたと思います。だからこそ、子供であっても、あるいは動物であっても、虐待するようなことはない。ないがしろにはしない。そういうふうな姿勢を持っていました。

——作品から、よくわかります。

そして父は、すごくカリスマ性も持っている人でした。だからこそ、そういう小さなディテールというものに美を見出して尊重しようということを大変意識していたのだと思います。小さき者を邪険に扱ってはいけない、リスペクトが必要だというふうに思っていたのでしょう。

時代に関わらず、権力を持つ者というのは、人間に対しても、動物に対しても邪険に扱うようなこともあると思います。そういう点では父は、子供に対するメッセージとしてではなく、ニュートラルな大人に捧げるメッセージとして、(17世紀フランスの詩人)ラ・フォンテーヌの寓話のような、ポエジーな世界観を作り出して提示したかったんだと思います。父の作品は、観る方に癒しをもたらすというふうに私は思っています。

アクション的な要素も映画には必要

——素晴らしいご意見です。だからこそ、今まさにラモリス監督の作品の存在が重要になってきます。時代が進んでも、本当にちっとも人間は変わってない。ですから今回父上の作品が4Kでリマスターされて、多くの方々に観ていただけることは貴重なことだと感じます。多くの気づきがあると思います。

そして、その気づきなんですが、『赤い風船』を始め、『白い馬』『素晴らしい風船旅行』『フィフィ大空をゆく』にもお約束のように描かれるのが、強者が弱者を追いつめるシーン。映画ではその大迫力のチェイスが、見どころの一つとして必ず登場します。近年までのアクション映画にも繋がるような。

ラモリス監督はアクション映画がお好きだったのではと想像が膨らむばかりです。ご自身の作品以外には、そういったジャンルの映画がお好きだったのでしょうか?フィルム・ノワールとか、ハリウッド映画とか。

画像: 『フィフィ大空をゆく』

『フィフィ大空をゆく』

そうですね。父がアクション映画が好きだったかどうかは、出演していた頃の私はあまりに幼かったし、20歳になったら父は亡くなってしまい、じっくり聞いたことがなかったんです。ルネ・クレール監督や、多くの監督を尊敬していたことは確かです。そして、あなたのご指摘は正しいと思います。アクション映画的なところは、映画づくりにおいてドラマとしての緊張感、テンションとして必要だと心がけていたと思います。

トリフォー監督との友情や、家族が最初の観客だというセンス

——なるほど。

自分以外の監督のことでのエピソードとして、父から聞いたことがあったのはフランソワ・トリュフォー監督のことです。『白い馬』の評価が高かった中で、彼だけは酷評していました。たまたま、彼と父が来日するという機会があったそうで、飛行機での席が隣り合わせになった。父が彼に酷評の理由をたずねたところ、自分はまだ若手の映画批評家なので、ああ言って目立つしかなかったと告白したとのこと。それ以来二人は親友になり信頼関係の絆を持ち続けたということでした。

——それは素晴らしいエピソードです。お二人の「大人な関係」はなかなか、真似できるものではないですね。やはり映画への愛がお二人を信頼関係に結びつけたのでしょう。

結局、父は自分の作品にいつも夢中でした。まずは、家族が最初の観客でした。家族が面白くないと言うと上映もやめようとか。アーチザンといいますか、職人気質なんですね。スタッフも少数精鋭にして、シナリオのアドリブもオーケーで、何かアクシデントがあれば、それも取り込んでしまう。

今回4kにするにあたって、『白い馬』のシナリオを読み直しましたが、制作日記みたいなものも残していまして、それを見ていくと何度もシナリオは変わっていったことがわかりました。そういう作り方が、父の映画づくりそのものだったんです。

遊んでいるような気持で、いつも楽しかった映画出演

——ラモリス監督のこだわりはよくわかります。そういう手作り感覚のようなこだわりがあってこそ、今も観る者に響く映画作品を残されたと思うのですが、それにしても、『赤い風船』では風船が絡まった街灯に、我が子と言えどもよじ登らせて、風船を取って降りてこさせるとか、『白い馬』では主演の少年、アラン・エムリーに裸馬にまたがらせて疾走させるなど、危険極まりない演技を、父上は監督としてさせたわけです(笑)。そんなときのパスカルさんは、怖かったとか、もう嫌だなとか、いや、楽しかったとか、どんな思いで演じたのでしょう?

『白い馬』の時は、私自身も映っていますが、亀で遊んでいたところ、次はお前の番だよ、さあ、演技してねって言われて嫌だって言った覚えがあります。そうしたら、その日の撮影は翌日に持ち越されたということがありました。

——そうだったんですね。

それがもう最初で最後、唯一の私の反抗で、それ以外は嫌だと思ったことはなかったですね。いつも自然な感じで撮るんですよ父は。『赤い風船』の時などは、私は学校があまり好きではなかったので、学校に行かなくていいものですから、もうニコニコだった。しかも、父親と一緒にあのパリで遊んでるみたいな感じで、家族の遊びの延長の様でした。

その頃は本当にまだ幼かったので、映画を作っているなんていう意識もなくて、何をしているのかっていうことへの概念がまったくなかったんです。そんな感じだったからこそ、自分自身はすごくナチュラルに、等身大でいられたし、あれは演技とは言えないものでしょうね。自分自身がそのまま家族の記録のように、あの映画に映っているという感じですね。ですから私自身は楽しい印象しかなかったです。

『白い馬』主演のアラン・エムリーへの想い

——それにしても、今の時代って映画制作にAIも使い出して、何でも出来てしまいますが、あの時代に風船や馬やロバを思うように動かしての撮影には手がかかったと思います。風船の動きやそれに合わせたパスカルさんの動き、裸馬に少年が乗って走ったりすることへの演技指導などはどうされたのでしょう?

トリック撮影ももちろん、ありますよ。ですが、本当に全部手作業のトリックです。赤い風船に目に見えないような釣り糸を使って、風船を引っ張るとか初歩的なトリック撮影です。それがまた楽しいことだったでしょう。

『素晴らしい風船旅行』の時はヘリコプターに乗らなければならなかったので、注意をしていたことはありました。しかし、『白い馬』の主演のアラン・エムリーのことをちょっと申し上げると、あの野生馬の彼の乗馬は、全くトリック撮影でありません。彼は特訓を父の元で、コーチについて一ヶ月半から二ヶ月くらい受けました。これは父が望んだことです。少年と野生の馬が本当に一体となる必要があったからです。 そこに、あのエレガンスが生まれることになりました。少年でありながら、エムリーは良く努力をしたと思います。私はといえば、その時に何か出来るわけでもなかったですが。

画像: 『素晴らしい風船旅行』

『素晴らしい風船旅行』

——そのエムリーさんには、父上が亡くなってからお会いになったりしたのですか?

彼は昨年亡くなられたのですが、父が亡くなってしまってから、私は彼に伝えたいことがあったので、お会いしたことがありました。実は、『白い馬』が上映された時に、彼の演技を批判する向きもあったのです。彼はそのことを、心に棘が刺さったかのように気にしていたようでした。そこで私は、撮影の時も父が何度もテイクを撮り直していたが、あくまでより良いものを得ようとしてのことで、あなたの演技は自然体だったから素晴らしかったのだ、それで良かったのだとお伝えすることが出来たのです。

——とても、良いお話です。父上ももっと長く生きていらしたら、エムリーさんには、きっとそう声をかけたかったと思います。貴重なお話をいろいろと、ありがとうございました。

(インタビューを終えて)
愛子息としての使命感を受けとめられたインタビュー

フランスの映画界に貴重な足跡を残した、名監督アルベール・ラモリスの子息パスカル・ラモリスの話は、単に愛すべき父親の想い出を語るものであってはならない、そういう使命を持っての特別なものであったことを感じて、今回のインタビューには大きな感謝を捧げたい。

大切な父であり、公人としての偉大な監督への愛とリスペクト溢れる、小さいけれど、大きな意味をもたらすエピソードの数々が、全て珠玉なものとしてキラキラと煌めいて語られた。

ファミリー・ヒストリーの断片が、監督が残した作品の一つ、一つに込められていて、その一方で、広い世界への平和の願いも埋め込まれていることがわかる、とてつもないラモリス監督の広くて大きな世界観。そこに触れることが出来る好機が今、もたらされたことは幸運と捉えたい。

近年、名画とされている映画作品が次々と4K修復され、それを観ることが可能となった至福の喜びは例えようも無い。そこにラモリス監督の作品が蘇えることを成し遂げたのが、少年時代に作品で演じていたパスカルという、ラモリス監督の愛息子であることを讃えたいと思うばかりだ。

終始一貫してフランクな面持ちで、まさに自然体で人生を楽しんでいらっしゃるという印象のパスカル・ラモリス。映画、作曲、作詞も手がけ、音楽出版社も運営、父上の制作会社を継承しするプロデューサーでもある。写真を撮ることも好きで、クリエイターたちとのコラボもしているマルチ・クリエイター。彼に言わせれば、沢山の肩書は、「帽子」を沢山持っているのと同じことなのだそう。

俳句にも凝っていて、ご自分の俳句集もインタビュー中に見せて下さった。俳句を、「まさに自由な解釈が出来、真っ白なキャンバスのようなものだ」とコメント。俳人としても自然体で活動していらっしゃるようで、俳句はすべてのインスピレーションの源であるとのこと。肩書は「自由人」がピッタリの、魅力もマルチな方であった。

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11月14(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

『赤い風船 4K』4K版日本初公開

第29回アカデミー賞®脚本賞受賞、第9回カンヌ国際映画祭短編パルム・ドール賞(最高賞)受賞、1956年度ルイ・デリュック賞受賞
監督・脚本/アルベール・ラモリス 
撮影/エドモン・セシャン
音楽/モーリス・ルルー
出演/パスカル・ラモリス、サビーヌ・ラモリス、ジョルジュ・セリエ、ヴラディミール・ポポフほか
原題/『Le Ballon Rouge』
1956年/フランス/フランス語/35分/カラー/スタンダード
© Copyright Films Montsouris 1956

『白い馬 4K』4K版日本初公開
第6回カンヌ国際映画祭短編グランプリ(最高賞)受賞、1953年度ジャン・ヴィゴ賞受賞
監督・脚本/アルベール・ラモリス 
撮影/エドモン・セシャン 
音楽/モーリス・ルルー
出演/アラン・エムリー、パスカル・ラモリス、ローラン・ロッシュ、フランソワ・プリエほか
原題/『Crin Blanc』
1953年/フランス/フランス語/40分/白黒/スタンダード
© Copyright Films Montsouris 1953

『小さなロバ、ビム4K』4K版 日本初公開
監督・脚本/アルベール・ラモリス 
共同脚本&語り/ジャック・プレヴェール
原題/『Bim le petit âne』
1951年/フランス/フランス語/55分/白黒/スタンダード
© Copyright Films Montsouris 1951 

『素晴らしい風船旅行4K』4K版日本初公開
第21回ヴェネツィア国際映画祭 国際カトリック映画事務局賞受賞
監督・空中撮影/アルベール・ラモリス 
撮影/モーリス・フェルー、ギイ・タパリー 
音楽/ジャン・プロドロミデス
出演/パスカル・ラモリス、アンドレ・ジル、モーリス・パケほか
原題/『Le Voyage en Ballon』
1960年/フランス/仏語/84分/カラー/スコープ 
© Copyright Films Montsouris 1960 

『フィフィ大空をゆく4K』 4K版日本初公開
第18回 カンヌ国際映画祭 フランス映画高等技術委員会賞受賞
監督・脚本/アルベール・ラモリス 
撮影/ピエール・プチ、モーリス・フェルー
音楽/ジャン=ミシェル・ドフェイ
出演/フィリップ・アブロン、ミレイユ・ネーグル、アンリ・ランベール、ラウール・ドルフォスほか
原題/『Fifi la Plume』
1965年/フランス/仏語/78分/白黒/スタンダード
© Copyright Films Montsouris 1965

日本語字幕/『赤い風船 4K』『白い馬 4K』『小さなロバ、ビム4K』星加久実、
『フィフィ大空をゆく4K』横井和子

配給/セテラ・インターナショナル

映画公式サイト/www. akaifuusen4K.com
公式SNS/X @Akaifuusen4K

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