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『アニー・ホール』でダイアン自身が考案したアニー・ルックはセンセーションを呼んだ
「服が人物を作る」と信じていた
例えばアワードショーのレッドカーペットで、長い裾を引きずるストラップドレスの類は一度もチョイスせず、喜劇王チャップリンが愛した山高帽を深く被り、ハイカラーのシャツを第一ボタンまで留めて、幅広の皮ベルトをスーツやコートの上から半ば強引にウエストに食い込ませるのが好みだったダイアン・キートン。人々は彼女のことをファッショニスタと呼ぶけれど、多くの同業者がそうであるようにハイブランドのレクチャーを受けることなく、本人のセンスで服を自分の物に消化していたという意味で、キートンこそ根っからの服好き。装うことに哲学があった人だったと思う。
彼女が残した最大の功績は、メンズファッションをそのまま着て単にマニッシュなコーディネイトを完成させるのではなく、そこに女性独特のボディラインを意識したルーズフィット(ちょっぴりダボダボ)を流行らせたこと。その代表作が“アニー・ルック”であることは言うまでもない。キートン演じるヒロインのためにメンズのチノやシャツ、タイやジャケットを提供したラルフ・ローレンは、『アニーの衣装を担当したのは私ではなくダイアンだったのです』と正直に告白している。
生前、親友だったエレン・デジェネレスのトークショーに出演した際、敬愛するケイリー・グラントが遺した「服が人物を作る」という名言に触れ、自分もそれを信じていると語っていたキートン。L.A.はブレントウッドの自宅近くを散歩する時も、つまり普段でも、山高帽とメガネを愛用していたキートン。ハリウッドの歴史を振り返っても、選ぶファッションと人物像がこれほど緊密にリンクした例は、そう多くないのではないだろうか。
Diane Keton’s Fashion

第76回アカデミー賞授賞式にて
2004年2月、第76回アカデミー賞授賞式に出席したキートンは、チャップリンが時を飛び越えて現れたかのようだった。山高帽に黒い燕尾服、その胸元に白いカーネーションをあしらい、ピンストライプのズボンの足元からは女性物の白黒コンビのシューズが覗く。ベースはメンズの焼き直しだが細部に施された女性的な演出に注目。

チェックのジャケットと黒いレザースカートの長さ調整が完璧。これ以上短くても長くてもダサくなるギリギリのラインを狙って、成功しているのだ。シューズにソックスはキートンが敬愛するフレッド・アステアの足元を彷彿とさせる。いつも、彼女の服はどこかでハリウッド・ゴールデンエイジと繋がっていた。

『恋とスフレと娘とわたし』プレミアにて
『恋とスフレと娘とわたし』(‘07年)のプレミアでは、白いシャツの胸元ははだけてはいるが、首には何重にも黒のジュエリーを巻いて、肌はなるべく隠すという徹底的なこだわりを見せたキートン。ローライズジーンズにベルトという組み合わせは彼女にしては珍しいが、ここではプロポーションの良さがテーマなのだった。

考えたらボブヘアにメガネもキートンのトレードマークだった。黒いスーツは胸が深く開いていて意外にボディコンシャスだが、これも好んで取り入れていた何連ものパールジュエリーに周囲の目が行って、その場にダイアン・キートンが現れたことが分かるというクレバーな設え。装飾品のセンスがこれまた抜群だった。

時代は2000年代初頭、いくつかのセレモニーにはフェミニンに装ったキートンの姿があった。多分、本人もお気に入りだった花柄のバルーンスカートは、かつての恋人、ウォーレン・ビーティが2008年のAFI生涯功労賞を授与された時に穿いていたのと同じ物。花柄のスカートなんて珍しいからここに入れておいて正解。

2003年の10月のL.A.でのイベントにて
2003年の10月。L.A.で開催されたイベントに出席した時のキートンは、真っ赤なレザーコートのウエストを幅広のベルトではなく、細いベルトで締めている。レザー・オン・レザーだとくどくなることを見越したおしゃれ精通者ならではの組み合わせ。手にはめたグラブも当時からの彼女らしい愛用品だった。

場所はビバリーヒルズのどこか。ソフトな山高帽に首元のバタフライ、そして、恐らくチャレンジし始めて間もないジャケット・オン・ベルトがシグネチャーになりかけの貴重なショット。この後、ブルオーパー・オン・ベルト、さらに、コート・オン・ベルトと、その個性的なコーディネートは一気にヒートアップしていく。

2000年代初頭のオスカーランチョンだろうか。場所は室内だからスーツの首元はジュエリーというアイディアもあっただろうが、あえてここはチェックのスカーフにして、赤いグラブとカラーコーデしてみた感じ。演じる役がキャリアガールが多かったからか、キートンはスーツの着こなしも上級だったと思う。

シアサッカーのスーツには同じ生地のタイとベルトを組み合わせて、麦わら帽子と厚底のオックスフォード・シューズに、手元にはなんと、籐でできた犬型のバッグを持って微笑むキートン。彼女が晩年に遺した貴重な一枚には、年齢や時代、そして、性別を超越したファッション・アイコンの心意気が漲っている。

『ブッククラブ/ネクストチャプター』のプレミアにて
『ブッククラブ/ネクストチャプター』(‘23年)のプレミアで。もはやコートドレスに幅広ベルトは当たり前になっていた。ユーモア溢れるファッションは読書を通じて友情を深めあうベテラン女子たちの弾け方を描いた映画の中身にもマッチ。劇中でキートンが演じるヒロインもハットにメガネをトレードマークにしていた。

2022年8月、ハリウッドのTCLチャイニーズ・シアターに手形と足形を提供した時のキートンは、お馴染みのハットにタキシード・ジャケット、流行りの幅広パンツを組み合わせて、カメラマンの注目が下半身に集まることを予知したコーデでやってきた。ハリウッドで歴史がある映画館の前で行われたセレモニーに相応しい装い。
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