短くも、激しく燃え尽きた女性、金子文子
金子文子(1903-1926)という、大正時代に日本の国家権力に対し、自らの信念を貫いて罪を負い散った、一人の女性がいた。日本の国家権力に反逆する活動家の女性としては、伊藤野枝などが良く知られているが、文子のことは知る人ぞ知る存在でもある。その文子の獄中手記の復刊版『金子文子 誰が私をこうさせたか』(春秋社)を愛読して、彼女の生き方に注目し続け、同名の映画化を成し遂げたのが、浜野佐知監督だ。

金子文子は、父親の都合で無籍者となり、親元から離され、朝鮮で暮らす祖母の元に預けられるが、奴隷同様の虐待を受けて暮らした不遇の子供時代を送る。その後、日本に戻り東京で苦学する。その時にキリスト教、社会主義、無政府主義、虚無主義的思想などに共鳴、朝鮮人独立運動家で詩人でもあった朴烈(パク・ヨル)に影響を受けていく。同志であり恋人となった二人は、1923年の関東大震災勃発時に高まった、朝鮮人排斥・虐殺などに物申すための行動を起こす。時の皇太子をターゲットとして爆弾狙撃を計画するも、実行に移すことが出来ないまま逮捕され、大逆罪として死刑判決を受けて収監される。
その後、恩赦で終身刑に減刑され、行動を深く自戒することを求められる。しかし、文子はそのことに徹頭徹尾、抗い、その強い意志の証しであるかのように獄中で自死の道を選んだ。
短歌を活かした、文子の心境が美しく滲む映像
女子監房での歳月の中、自伝を残すために文筆に勤しむが、彼女が残した短歌の数々は、『獄窓に想ふ』(黒色戦線社)という歌集としてまとめられたが、彼女の心情や体現したリアルな状況を偲ばせる。本作では、彼女についての記録が極めて少ない中、複数の彼女の短歌が活かされた演出が功を奏して、観る者の心を揺さぶる。

恋人と別々の獄中生活を送るうちに、文子は恋人からも自立した一人の女性としての目覚めを得ていく。その心境の変化が主演の菜葉菜の表情や、映像の光と影、多くの短歌からうかがえてならないのは、本作の力だろう。短く限られた歳月の中、一人の女性のいじらしくも強く、凛とした成長を感じさせて興味深い。本作は、90歳で惜しまれながら逝去した女優、吉行和子が文子をいじめ抜く祖母の役を演じていることでも貴重な作品だ。
女性の生き方を、映画で世に問い続ける浜野佐知監督
文子の短い生涯を映画化し、今の時代の日本に問うという気持ちも込め、完成させた浜野佐知監督は、1971年に監督デビュー、昨年逝去した大女優、吉行和子との作品も多く、『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』(1998)『百合祭』(2001)『こほろぎ嬢』(2006)『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011)『雪子さんの足音』(2019)など、様々な女性の生き方を、繊細かつ骨太な映画作品にして世に打ち出してきた。
吉行和子は本作でも亡くなる前に、文子を預かる鬼のような祖母を演じて名演ぶりを発揮している。
今回の『金子文子 何が私をこうさせたか」は、まさに満を持して完成を果たした監督の妥協のない作品となった。

高間賢治撮影監督の美しい光の使い方と相まって、みごとな映像美の中での、社会的には凶悪犯とされた女性の成長に伴う、唯一無二の表情や一挙手一投足が生き生きと映し出され、菜葉菜演じる金子文子が放つ美しさに息をのむシーンから、誰もが最後まで目を逸らすことは出来ないだろう。
女優としての実力を重ねた菜葉菜の記念すべき映画
そんな浜野監督の作品で、これまで『百合子、ダスヴィダーニヤ』『雪子さんの足音』に出演、主演してきたのが、女優の菜葉菜だ。

2005年に女優デビュー以来、数々の作品に恵まれ、その演技力は『どんずまり便器』(2012)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭最優秀主演女優賞を、『赤い雪 Red Snow』(2019)で、L.A.Japan Film Festivalでは最優秀俳優賞を獲得。多くの監督作品で実力派女優の評価を高めてきた。
本作では、浜野監督が長年温めてきた人物を演じるという大役を得た。それまでとは違う実在の、しかも国家に歯向かったテロリストで、死刑判決を下された後、恩赦によって終身刑に減刑されるも、自身の思想を曲げることなく自死した女性を演じることには、当初は大いに迷ったと言う。
しかし、監督に報いたいと思う気持ちは捨てがたく、政治犯として罪深くも、金子文子の若く短い生涯について、同じ女性として演じてみたいという意欲も拭えない。これまでの監督と培ってきた絆を信じて、精いっぱい金子文子になり切るという覚悟が芽生え、本作を監督の思う映画として完成させるための、言わば「共犯者」になる決意を固めたと言う。
菜葉菜にとっての本作は、浜野監督の渾身の作品であることはもちろんだが、同時に、本作に殉じるかのように身を委ねて演じた、彼女にとっても渾身の作品になったことも事実だ。言うなら、女優をめざしてまっすぐに進んできた、彼女の人生に報いる映画となったことも間違いないのだ。
女優になることを決意した頃の彼女を想い出すにつけ、彼女のこれまでの姿勢や歩みが感じとれる本作は、何度観ても胸を熱くさせられる。
監督の想いとブレのない完成度で、今の時代に投げかけたい
——菜葉菜さん、素晴らしい映画の主演をやり遂げて、おめでとうございます。そして、ついに上映となりますね。何しろ浜野監督は、この映画は単に金子文子という一人の女性の激しい生き方を描くというだけではなく、今の日本に問うという勢いで作って公開を目指したとおっしゃっています。しかも、菜葉菜さんがいなかったら、この映画は出来なかったとも言っています。そうなると、菜葉菜さんは、言うならもう、「共犯者」といってもよろしいかと思うわけです。出来上がって改めて本作を観てみて、監督と同じような気持ちになっていらっしゃいますか?
そうですね、脚本の段階では、まず金子文子がどういう女性で、浜野監督が描きたい文子はどういう女性なのかということに焦点を当てて、自分が演じるには、どうするか、そこを一番大事に考えていたんです。
で、出来上がって観てみると、私だって彼女のことを知らなかったんですから、多くの人たちに、100年前にこういう女性がいたことを知ってもらうことが、まず一番大切かなと痛感しています。
そして、金子文子がいた時代から、今の時代、日本という国で、いったい何が変わったのか、何が変わっていないのかを、彼女の生き方を通して考える、そういう映画として受けとめてもらえたらと思っています。

監督と女優の共犯関係で、金子文子は生き続ける
——おっしゃるとおりかと思いますね。そういう意味でも貴重な作品の登場ですね。
観た方の一人が言って下さったんですが、この映画は、例え私がいなくなっても歴史的に残る作品だと。確かに、監督と私を通して金子文子は生き続けるんですよね、この作品で。私自身、最初は正直、そこまで考えなかったのですが、完成した作品を観て、作品の重さに気づき、これに関われたことが一人の日本人として、役者として大きな意味のあることなんだなと感じられました。
——なるほど。それは女優さんという立ち位置からして、完成して初めて気づいたり、感じたりということは沢山あるでしょうね。
はい。浜野監督も今まで、仕事を続けていらして悔しい思いや苦い思いを沢山経験して来たと思うんですよね。そういったものが原動力になって、この映画を作ろうという気持ちにさせたとも思うんです。そういう監督の想いを背負って、演じられたという気持ちにも気づきました。
——背負えたんですね。
監督からも、そういっていただけました。そして、作品が問いかけていることや、監督が本当に描きたかったことも見えてきました。
——それが、女優さんというお仕事の素晴らしい面でしょうね。
やりがいというか、やり応えがあったというような気持になれる。
——主演した女優さんが、それだけ感じることが出来る、素晴らしい作品だからこそでしょう。監督もお気に召していらっしゃるんですし。
完全な「共犯者」になれた!(笑)
自分らしい発言、生き方について考えるヒントになれたら
——今回の作品は、誰に一番先に観てもらいたいですか?
やはり女性には見て欲しいです。今の時代、未だに男女平等ではないと思うし。映画の中に登場する、女子監房の監視員の女性たちが、文子と接しているうちに、彼女に少しづつ心を動かされていきます。
自分で、自分らしく発言して、強い心を持ってもいいんだ、というような影響を与えていくんです。観る方にもそういう想いを持っていただけたらなと。
——この作品を観た後に、自分に問いかける、観る方たちにとって、そんな作品になったら素敵ですね。映画ってそもそも、そういう力がなくてはならないですが。
金子文子は、韓国映画『金子文子と朴烈』(2017)で描かれてもいるんですが、朴烈に恋した可愛い女性として描かれていて、それを観た浜野監督が、本作を作らなくてはと背中を押されたそうです。
——そうなんですね。
私も、その映画も観ましたし、参考資料として使用された書籍は、とてもぶ厚い彼女の獄中手記ですが、読んでみて監督と同じ気持ちになりました。それでも彼女に関する資料はずいぶんと破棄されてしまっていて、まだ謎の部分もあります。だからこそ、カッコいい金子文子像を作り上げたいという気持ちも高まりました。

監督との信頼関係が生み出す演技力とは
——その共犯関係は、これまでも『百合子、ダスヴィダーニヤ』の主演から始まり、『雪子さんの足音』で信頼関係を重ねることが出来ていたんですね。とは言え、今回はとても難しい役柄ではないかと誰もが思いますよね?監督は今回は、どのような演技指導をされたんでしょうか?
そうですね。凄いプレッシャーでしたね、最初は。どう演じたら良いのかということで。で、監督に尋ねたら、ご自分を指でさしながら、「私よ、私」と言うんです。あーそういうことか、とストンと腑に落ちまして。
——え、それで、見えてきたんですか?
そうなんですよ。金子文子は、浜野監督自身なんだというようなサイン。
浜野監督の作品にはキャラクターは違えど、自分を貫く強い女性たちが描かれていて、私が演じた『百合子、ダスヴィダーニヤ』の湯浅芳子も『雪子さんの足音』の小野田さんもそうでした。今回も浜野監督に金子文子を私に託してくださったということで、自分に自信を持って演じれば良いのだと思わせてくださいました。
そして、そう任されても、あなたは一人じゃないの、私がついているからね、というような安心感も与えて下さって。もちろん、今回が監督とご一緒する一回目の作品でしたら、そうはいかなかったでしょうね。やはり、今までの信頼関係があってこそ、本当の共犯者になれたんだと思います。
嘘のない仕事ぶりの監督には、嘘のない演技で応える
——おっしゃるとおりでしょうね。カッコイイですね、監督。
めちゃくちゃ、カッコイイですよ。一人の女性としても。嘘がないんです。だから、私の好きに演技させていただけるとしても、私も自分に嘘をつかない演技を心がけているつもりです。わかったふりしたりしないで、わからない時は、ちゃんと聞きます。今の演技で大丈夫でしょうか、とか。仕事をする時に嘘がないことで、二人は共通しているので信頼関係も生まれるのだと思います。
——女性同士だからというだけではないですよね?
そうですね、やはり浜野監督だからです。私は男性が嫌いというわけではないですが、浜野監督の映画監督として歩まれてきた中での思いや怒りが、私が女優をやって来た中で感じてきたことにも共通しているし、共感できたし、だからこそ浜野監督の生き方を尊敬していて。

——そうなんですね。わかる気がします。やはり、それもお二人の映画に対する愛があるからですね。映画への愛の熱量が同じくらいなのかも。
監督は、素直で誠実で、映画への愛も物凄いです。何年たっても、作ろうとしたものは諦めずに作る。
——菜葉菜さんだって、映画女優になりたいと言って、もう20年ほども続けている。これぞ、映画への愛でしょう。辞めたいと思ったことはなかったですか?
ありましたよ。でも、この道に導いてもらったことを考えたら、やはりその恩にも報いたいということを、いつも忘れないで、来ました。そして、自分一人ではないんだと思いながら続けて来ました。
——偉いです。やっぱり途中は苦しくても、映画は出来上がったら楽しくなりますよね。山登りみたいに。
そうです、やっぱり苦しいだけじゃなくて、女優の仕事は楽しいと思っているんですよね。次の仕事が来るのも、いつも楽しみですし。
文子になり切り、心の変化を表情で演じる美しさに挑む
——そのうえで伺いますが、女優って映画監督に殉じるというか、献身するというか、そういうお仕事かと思うんです。監督の想いを、主人公になり切って体現するという仕事ですよね。そこに自分らしさってどう表現しますか?しかも、今回なんて実在の人物ですから、そのキャラクターもイメージしなくてはならないでしょう。フラストレーションはなかったですか?
そうなんですよね。監督のイメージする女性像、実際の文子の朴烈への憧れや恋心もあるし。

——二重のイメージを膨らませていく時に、菜葉菜さんらしさはどう醸し出すのか?
自分で考えて、率直に監督にこういうふうでいいですかと提案してみたりもしました。
——浜野監督は、とにかく菜葉菜さんが金子文子になってしまい、そこに文子がいるって感じになって、言うことがなかったとおっしゃっていますものね。お見事です。あと、個人的に迫力を感じたのは、獄中での生活が別れ別れですから、次第に文子が朴烈から精神的にも思想的にも自立して、彼から逸脱して行く様子は説明は一切ないのですが、作品を観ていると、菜葉菜さんの表情から汲み取れてグッと来ましたね。そういうところも演じどころでしょうね。
それを感じていただけたら、凄く嬉しいです。そういう機微を演じられるというのは役者としてもやりがいがあります。
——そういう場面が一番美しく、金子文子、いえ、菜葉菜さんが最も輝いていたところですね。それで、最後に文子が残した短歌が、沢山映画の場面に使用されていましたが、どれが一番好きですか?
そうですね、この短歌が好きです。
女看守が火を吹きつつ
焼くめざしの臭い鼻にしむなり
獄のヒル時
——いいですね、これ。
文子の人柄が感じられますね。女看守も普通の人間なんだと、彼女らに寄り添うような。めざし食べたかったのかもしれませんが(笑)。
——いろいろお聞かせいただき、ありがとうございました。
(インタビューを終えて)
肩肘を張らない、嘘のない言葉で語ったインタビュー
20年前に、映画女優をめざした菜葉菜。着実に実績を重ねて来た。
彼女の記念すべき映画となったのが、今回の金子文子という実在の女性の生き方を、美しい映像で完成させた本作だ。彼女にしか出来ない役柄だと痛感させられ、演じる彼女の美しさは半端ではない。
監督の浜野佐知との強い信頼関係で演じ切った彼女のインタビューは、肩肘を張らないリラックした、彼女の人柄がそのまま伝わる、まさに彼女が演じる時に大切にしているという、嘘のない飾らないものだった。
海外からの評価も得て、女優とは何者なのかという想いを抱いてスタートした彼女の道のりは、ここからまたさらに、グレード・アップをめざして続いていくのだろうと、期待は募るばかりだ。
どんなことがあっても、女優という仕事を楽しめるという心根が頼もしい。
映画『金子文子 何が私をこうさせたか』予告編
www.youtube.com『金子文子 何が私をこうさせたか』
2月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
監督/浜野佐知
出演/菜葉菜、小林且弥、三浦誠己、洞口依子、白川和子、結城貴史、和田光沙、鳥居しのぶ、咲耶、佐藤五郎、足立智充、贈人、浅野寛介、森了蔵、関根大学、巣山優菜、草野康太、伊藤雄太、紫木風太、小水たいが、藤本タケ、宝井誠明、荒木太郎、柳東史、大方斐紗子、菅田 俊、吉行和子
企画/鈴木佐知子
脚本/山﨑邦紀
撮影監督/髙間賢治(JSC)
音楽監督/吉岡しげ美
照明/上保正道
録音/山口勉
美術/佐々木記貴
セットデザイン/中嶋義明
制作/森満康巳
助監督/永関勇
衣裳/青木茂
ヘアメイク/小堺なな
編集/目見田健
製作・配給/旦々舎
2025年/日本/2時間1分/カラー・モノクロ
© 旦々舎
映倫レイティング/PG12
ニューヨーク国際映画賞(New York International Film Awards)
長編映画部門最優秀監督賞(浜野佐知監督) /最優秀主演女優賞(菜葉菜) /Best Biographical FiIm/Best Historical Film /Best Indie Feature
Indo Dubai International Film Festival
最優秀外国長編映画賞(浜野佐知監督) / 最優秀女性映画賞(浜野佐知監督)
あいち国際女性映画祭
山形国際ムービーフェスティバル(YMF)
Baturu women’s international film festival and forum(FCCT)/ タイ・バンコク
公式サイト/KanekoFumiko-movie.com
公式X/@tzzO2QuHIq10850


