英国映画人のインタビューやキャリアをこの連載では紹介してきたが、今回は<番外編>として英国映画『トレインスポッティング』の配給・宣伝にかかわった日本の関係者のインタビューをお届けしたい。この作品は1月から全国の映画館で<公開30周年記念上映>が始まり、現在も続映中だ。日本での初公開は1996年。当時、渋谷のミニシアターでは大ロングランとなり、社会現象的な大ヒット作となった。今も変わらぬ人気を誇る作品の愛される理由を探ってみた。

『トレインスポッティング』との運命的な出会い

 今回、インタビューが実現したのは30周年記念上映の配給や宣伝にかかわった2つの会社。まず日本で最初にこの映画を紹介したアスミック・エースの取締役、豊島雅郎さんに、30年前の『トレインスポッティング』(1996)との出会いをうかがった。

「話は95年までさかのぼります。最初は別の映画を買う予定で動いてたんです。でも、その映画がむずかしくなり、ミラノの見本市に出ていた『トレインスポッティング』(1996)が急浮上しました。映画は未完成でしたが、まず、フッテージがとんがっていて、おもしろかったんです。個人的に音楽好きでしたので、使われているUKロックにも興味がありました。ブラーやアンダーワールドなどですね。また、当時は新人監督だったダニー・ボイルはデビュー作『シャロウ・グレイブ』(1994)が英国で評価されていて、この映画を輸入盤ソフトをすでに見ていたスタッフが、未来の才能ある監督だからと勧めてくれました」

こうしたいくつかの条件が重なり、配給を決意。翌96年初頭にアメリカン・フィルム・マーケットで初めて完成した『トレインスポッティング』を見たそうだ。

「すごいと思いました。とにかく、新しい映画で、これはいけるな、と感じました」

画像: 『トレインスポッティング』の冒頭、主人公のレントン(ユアン・マクレガー)はストリートを疾走する。  (C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

『トレインスポッティング』の冒頭、主人公のレントン(ユアン・マクレガー)はストリートを疾走する。

(C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

主人公はスコットランドで暮らすロクデナシの若者たちで、特に目的もなく、ドラッグづけの日々を送る。時にはケチな盗みを働き、警察に追われることもある。

「閉塞感からの脱出を描いていたんですが、冒頭の走る場面などは、リチャード・レスターが60年代に監督したザ・ビートルズ映画を思わせました」

渋谷のシネマライズで33週間の大ロングラン、14万人の観客を動員

公開館として選んだのは、当時、絶好調だった渋谷のミニシアター、シネマライズ。この劇場はデイヴィッド・リンチ監督の『ブルーベルベット』(1986)、ガス・ヴァン・サント監督の『ドラッグストア・カウボーイ』(1989)、レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』(1991)など、エッジのある監督たちの映画をかけて成功を収めていた。

「実はレオナルド・ディカプリオ主演の『バスケットボール・ダイアリーズ』(1995)をこの劇場にかけたら、成功したんです。思えば、これも『トレインスポッティング』同様、ドラッグ中毒の青春を描いた作品でした。また、他にコーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)も上映が決まり、この映画と『トレインスポッティング』を同じ頃、この劇場にかけることになりました」

『トレインスポッティング』に火がついた最初のきっかけとして忘れられないのは、木村拓哉をめぐるTシャツの一件。当時の彼のスタイリストが海外で購入したこの映画のTシャツを彼に着てもらった。その服でテレビ番組に出たら、すごく反響があったという。

また、英国の有名ファッション・デザイナー、ポール・スミス、さらにBEAMS(ビームス)やタワーレコードなどからも、この映画とタイアップしたい、というオファーが次々にやってきた。

大人気のポスター

「また、宣伝に関しては、渋谷や新宿などターミナル駅に、主人公5人が映った横に広がる大判ポスターを張りました。これが連日のように盗まれてしまうんです。音楽だけではなく、ビジュアルのアートワークも強烈な映画でした」

アーヴィン・ウェルシュの原作本は、新しい出版社として注目されていた青山出版社より刊行。本のビジュアルは映画版ポスターと同じものを使用した。

画像: スコットランドで最悪のトイレ。この映画の代名詞的な小道具になった。 (C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

スコットランドで最悪のトイレ。この映画の代名詞的な小道具になった。

(C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

音楽、ファッション、アート、小説など、多様な切り口がある作品で、当時は無名だった主演男優、ユアン・マグレガーのシャープな存在感も光る作品だ。

いざ封切ってみたら、10代から20代の若い層がどっと押し寄せ、劇場の横のスペイン坂の下まで列ができたという。

「とにかく、ティーンの観客が目立ちました。当時の渋谷にはチーマーと呼ばれる人がいて、恐喝事件も起きていたんですが、そういう当時の街の不穏な雰囲気や閉塞感と映画の内容もあっていたんでしょうね」

凝ったデザインのプログラム

結局、シネマライズでは、33週という異例のロングラン上映となり、当時のミニシアターの新たな記録を作る事件となった。この1館だけで14万人を動員した。

「この時、すごく凝ったデザインの劇場プログラムを作ったらすごく売れました。ただ、定価より原価の方が高くなり、売れるたびに赤字が出てしまったんです(笑)」

そんな当時の話も微笑ましい。銀色の特殊な紙にオレンジ色の文字を印刷したプログラムで、常識を覆すような仕上がりだった。

映画の初公開時に劇場(シネマライズ)で販売されたプログラム。つやを消したシルバーの紙にオレンジの文字を印刷。凝ったデザインが話題を呼んだ。

96年に『トレインスポッティング』が公開された時、一過性のブームで終わる軽い映画と揶揄する人もいたが、そうはならず、長く愛される作品となった。

今回、公開30周年記念上映が実現し、全国の映画館で上映されているが、こちらの興行も成功した。

「よく会社などは30年でひとまわりする、といわれますが、この映画にもそれがあてはまるのかもしれませんね」

情報量が多い映画

今回のリバイバル上映、個人的にはぜひ、渋谷で見たいと思った。かつて、この映画の発信地となったシネマライズは2016年に閉館となったが、今回は別のミニシアター、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で上映された。

1月末の土曜日の夜の上映に行ってみると、初代<トレスポ>ファンと思える中年層もいるものの、中心は若い観客層だ。この映画のファンの世代交代が進んでいることが実感できた。こうした層に関して映画製作も手掛けてきた豊島さんはこう語る。

「いま、日本の若い観客はアニメーションを好んでいますが、それはアニメの方が、普通の映画よりも刺激的で情報量が多いせいだと思うんです。ただ、『トレインスポッティング』は、昔、作られているのに、すごく情報量が多い。それにミュージック・ビデオを集めたような感覚で見ることができます。こうした点が今の若い観客にも受け入れられるんでしょうね」

英国映画の魅力

『トレインスポッティング』も含む、英国映画の魅力は?、という質問には、こんな答えが返ってきた。

「それは小市民に焦点をあてている点ではないでしょうか。『トレインスポッティング』の後、『フル・モンティ』(1997)などもあったし、『ノッティングヒルの恋人』(1999)なども個人的にはすごく好きでした」

こうした90年代の英国映画は今も根強い人気がある。変なきどりがなく、人間くさい描写が特徴で、等身大の主人公たちの生活がリアルに描かれている。『トレインスポッティング』のように、悲惨な人生が描かれても、そこに素朴な温かさが潜んでいる点も多くの人の共感を呼ぶのだろう。

「『トレインスポッティング』は今も定期的に配給権を更新し続けている作品でもあるんです」

かつてのヒット作を大事にする。そんな姿勢もこの映画の長きに渡る人気に貢献しているのだろう。

次世代に受けつがれる青春映画

今回の30周年記念上映はアスミック・エースとFilmarksの共同配給。アスミックがフィルムを提供し、映画サイト、Filmarksがプロモーションを行った。リバイバル上映のいきさつを、Filmarksのプロデューサー、渡辺順也さんはこう語ってくれた。

「うちの会社では邦洋、両方のリバイバル上映を定期的に行っているんですが、『トレインポッティング』に関しては、上映するなら30周年記念の今年ではないかと思っていました」

90年代の映画で知った世界

渡辺さんの話によると、90年代の洋画のリバイバル上映に特に力をいれていて、過去に『パルプ・フィクション』(1994)や『レオン』(1994)も成功させた。英国映画では『ノッティングヒルの恋人』(1999)、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013)といったリチャード・カーティスが参加している作品も好調だったという。

「Filmarksは作品のコメントを投稿できるサイトなんですが、利用している中心層は、主に20代から30代です。そこで、かつての洋画ファンも意識しつつ、若い層にもアピールできる作品といえば90年代の洋画なんです。今年は『ファーゴ』や『ユージュアル・サスペクツ』(1995)も上映ですが、『トレインスポッティング』はその最初の1本となりました」

90年代の洋画の魅力について渡辺さんはこう話してくれた。

画像: 主人公のレントンたちはクスリづけの日々を送る。そんな描写が話題を呼んだ。 (C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

主人公のレントンたちはクスリづけの日々を送る。そんな描写が話題を呼んだ。
(C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

「こうした90年代の映画を通じて世界を知ることができるんです。当時はヨーロッパやアジアの映画も次々に公開されていたからです。いまは洋画はかつてほど人気がなく、90年代の興行は洋画7,邦画3の比重だったのが、いまは逆転しています。だから、かつての洋画をリバイバル上映することで、イギリスやフランスなどのかっこいいものも広めていければ、と思っています」

大行列の中で見た作品

渡辺さんが初めて『トレインスポッティング』を見たのは、96年の封切の時。前述の渋谷のシネマライズで初めて遭遇した。

「この時代にはチケットをネット予約することもできずに、劇場の横のスペイン坂まで大行列ができていました。当時、この映画のTシャツが作られていたんですが、みんながそれを着ていました」

映画を見た時の印象はー。

「ただただ、かっこいい、と思いました。その頃はきちんと内容を理解できていなかったと思いますが、とにかく、当時の10代の若者たちは大熱狂していました。UKロックも分かっていなかったはずですが、あの映画を見て、アンダーワールドを聞き出す、みたいな動きがありました。公開された90年代にはオアシスが人気でしたが、それ以外のUKロックの魅力がこの映画に凝縮されていましたね」

UKロックの魅力

一方、Filmarksでディレクターを務める米津琢磨さんは渡辺さんよりは下の世代。

「最初に見たのはツタヤのレンタルDVDだと思います。高校生の頃ですね。当時の英国の音楽界ではアークティック・モンキーズなどが注目されていました。UKロックが個人的には好きで、レディオヘッドなどを10代の頃、聴いていました。そんな流れで90年代のロックには出会いました。だから『トレインスポッティング』にも、すごくはまりやすかったです」

初めてスクリーンで見たのは、今回の上映より少し前に劇場で上映された時だった。

「DVDとは印象が違って見えました。アンダーワールドの”ダーク&ロング”が流れる悪夢的な場面など、劇場の大音響で見ると迫ってくるものがありました。こんなにサイケなドラッグ感覚があったのか、と思ったものです」

30周年記念上映の劇場(Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下)で販売されていたアーウィン・ウェルシュの原作本。

この話でも分かるように劇場で見るのと家庭のスクリーンで見るのでは、やはり違いがあるようだ。Filmarksが劇場でリバイバル上映を続ける理由も、まさにそこにあるのだろう。渡辺さんは語る。

「確かに今の時代、配信などで親指ひとつで映画を見ることはできますが、劇場で見ることをいい体験として届けたい、という思いがあります。コロナ後、しめつけられた影響もあり、観客のイベントへの欲求も強くなっています。電車に乗って、わざわざ映画館に行くのは、見る側からしたら確かにハードルも高いです。でも、見るだけではなく、体験することにこわだっていきたいんです。だから、入場者特典なども用意しています。今回はSNSなどにあげやすいようにミニポスターなども配布しました」

渋谷の劇場に行った時、そのポスターを私も入口で受け取った。ユアン・マクレガーが映ったおなじみの写真が印刷されているが、確かにこういう形があるものを劇場で受け取ると特別感はある。

画像: スパッド(ユアン・ブレムナー)はレントン(右)の友人で、いつも、仲間たちとつるんでいる。 (C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

スパッド(ユアン・ブレムナー)はレントン(右)の友人で、いつも、仲間たちとつるんでいる。
(C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

また、かつての魅力ある洋画を現代とつなげることには文化的な意義があり、大切な仕事だと思う。

「今回の『トレインスポッティング』の上映に関しては、ようやくスクリーンで見られた、という感想もいただきました。この映画が長く愛されたのは、まずは音楽、ファッション、英国のカルチャーなど、要素がいっぱい入っているせいでしょうね。今の時代にもあっていると思います。いまはあれほどノーフューチャーではないですが、今の時代に合うテイストが入っています。1番やばいキャラクターのベグビーが、ドラッグをやらない、という点も、おもしろいですね。流されない意思を持っている人物が1番やばい、みたいなところも印象的です」

映画にある疾走感

米津さんも、この映画が今の時代に合っていると考えているようだ。

「あの映画のような疾走感を若い層も求めているではないかと思います。非常に文化的な映画でもあり、1回は見ておかないといけない映画になっている。英国のマーク・フィッシャー(文化批評家)の現代思想にも通じるものがあると思います」

Filmarksは今回の映画と連動したイベント「CCC Presents 1996 : Trainspotting 30th Anniversary」を渋谷のクラブ、Spotify O-EASTで行ったが、米津さんによると、その時も映画への共感の声が聞こえてきたという。米津さんは続ける。

「最初のモノローグの部分とか、普通の生活の描写にも、今の日本の雰囲気にぴったりはまっているものがあると思います。イベントで参加者の声を聞いてみると、いまの若い世代の中にたまったフラストレーションをこの映画で発散できるという声もけっこうありました。今の時代、個人のおサイフもきびしくなっているので共感しやすいようです。また、英国の音楽は少し暗いところに個性がありますが、その音楽シーンには、アイロニーとパワーの両方がある点が魅力ではないかと思っています」

この映画の主人公のレントンには仲間がいる。「007」オタクのシックボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、ケンカ好きのベグビー(ロバート・カーライル)、少しぬけた感じのスパッド(ユエン・ブレムナー)、そして、利発な高校生のガールフレンド、ダイアン(ケリー・マクドナルド)。そんなレントンのドラッグづけの青春の日々をアイロニーと悲哀もまじえながら見つめつつも、最後は彼の意外な決断を描く。

先が見通せない閉塞感を抱えつつも、「未来を選べ!(Choose Life!)」と語りかけるレントン。最後のナレーションは、見るたびにこちらに突き刺さる不思議なパワーがある。

レントンのセリフに重なるこの映画の記念碑的なテーマ曲「ボーン・スリッピー」。今年の1月、来日公演も実現したアンダーワールドの疾走感のあるサウンド。暗い未来を溶かすような音は現在進行形の曲として、いまもスクリーンで響き続ける。

画像: 映画にある疾走感

『トレインスポッティング』

監督:ダニー・ボイル  脚本:ジョン・ホッジ 原作:アーヴィン・ウェルシュ
出演:ユアン・マクレガー、ロバート・カーライル、ユエン・ブレムナー、ジョニー・リー・ミラー、ケリー・マクドナルド、ピーター・ミュラン、シャーリー・ヘンダーソン、ケヴィン・マクキッド  
1996年/イギリス/94分/英語/配給:アスミック・エース、Filmarks
原題:Trainspotting
(C)Channel Four Television Corporation MCMXCV

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