2025年11月から2026年3月まで、2023年以降につくられた新作5本を5カ月連続で公開する「月刊ホン・サンス」。5作品目の『自然は君に何を語るのか』は突然、恋人の家族と1日を過ごすことになった詩人を自称する青年が酒の席でつい“やらかしてしまう”姿を哀愁とユーモアたっぷりに描く。主人公ドンファを演じるのは、『旅人の必需品』(24)でイザベル・ユペール演じる主人公のボーイフレンド役を務めたハ・ソングク。本作で満を持してホン・サンス映画初主演に大抜擢された。SCREEN ONLINEでは公開を前にインタビューを敢行。本作に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)
ホン・サンス監督にとって詩人は芸術家を象徴する存在
──本作がホン・サンス監督作品での初主演作ですが、ホン監督からはどのような形で出演を打診されましたか。また、この役を引き受けることに不安や覚悟はありましたか。
ホン監督のキャスティングの方法は、いつも本当に斬新です。2024年の『旅人の必需品』がベルリン国際映画祭に出品された後、韓国に戻って小さなパーティーが開かれました。そのとき、本作に登場する鶏の水炊きがメニューとして出されました。すると、カン・ソイさんが、自分の両親が田舎に住んでいて実際に鶏を飼っていること、水炊きを作ることもあると話したのです。ホン監督がその話に強く興味を持ち、カン・ソイさんに「ご両親の家に招待をしてほしい」と頼み、僕には「一緒にいってみよう」と声をかけてくださったんです。そこからすべてが始まりました。
映画に出てくる家や周囲の風景は、実際にホン監督が現地を見て回り、「ここで撮りたい」と決めました。その時点では、自分が主演になるとはまったく思っていませんでした。
ところが撮影開始の2週間前か10日前くらいに、関係者全員でミーティングをしたとき、ホン監督から「ハさんを中心に映画を作る」と言われたのです。それを聞いてとても驚き、緊張から大きな不安に襲われました。けれど、ホン監督は「いつも通りでいい。いいことを考えて、現場に来てくれればそれでいい」と励ましてくださったのです。その言葉を胸に、初日の撮影現場に向かいました。
──そんな自然体で演じられた、30代の詩人ドンファについてどう思われましたか。ご自身と重なるところはありましたか。
ホン監督の映画の特徴でもあると思うのですが、どんな役であっても、実在の人物や出来事がモチーフになることが多いんです。なので、最初は、とてもアプローチしやすい役だろうと思いましたし、きっと心地よく演じられるのではないかと感じていました。
けれど、撮影が進むにつれて、そう単純ではないことに気づきました。ドンファという人物が、少しずつ自分自身から乖離していくように感じたんです。むしろ、だんだん遠ざかっていく感覚がありました。
もちろん、特定の台詞や、ドンファが抱く感情に強く共感する瞬間はありました。しかし最終的には「ドンファはホン監督が新たに創り上げた人物なのだ」ということを、はっきりと実感したのです。年齢や設定、話し方などは自分にとって演じやすい要素ではありましたが、出来上がったドンファは、やはり自分とは別の人物でした。
── ドンファという役柄について、共感できるところと乖離して感じるところとは、具体的にどういうところなのでしょうか。
まず思い浮かぶのは、ドンファが詩人であるという点です。俳優としての自分の人生と重ね合わせて考えたとき、表現を生業にする人物として共感しやすい役柄でした。年齢も近いですし、恋人やその家族との関係性など、置かれている状況にもリアリティを感じることができました。
一方で、彼が自分の人生について抱いている考え方や、特に家族との摩擦については、あまり共感できませんでした。両親と衝突してまで自分の信念を貫こうとする姿勢は、普段の自分からは想像しづらい部分だったんです。その感情にたどり着くには、かなり努力が必要でした。

──ドンファと彼の父親の関係性というのは、完全に映画のために作られたものなのですね。
そうですね。私の父は弁護士ではありません(笑)。それと同じように、あの父子関係も映画のために作られた設定です。あくまで物語の中の役柄として受け取っていただければと思います。
──撮影前には具体的な役作りや演じ方についての指示は特になかったとのことでしたが、撮影中にホン・サンス監督から言われて印象に残っている言葉やアドバイスはありますか。
撮影中にホン監督から言われたのは「あなたは詩人だということを忘れないでほしい」ということでした。ホン監督は、小さな手帳とペンを直接渡してくださって、「いつもシャツの胸ポケットの中にいれて持ち歩くんだ」と。「自分は詩人なのだという自負やプライドを忘れないでほしい」と何度も言われました。
先程、ドンファが自分の人生について抱いている考え方、特に家族との摩擦については共感できなかったとお話ししました。それもあって、恋人の父や母、姉といった家族とどう向き合うべきか、ドンファはどの立場でそこにいるのかという点については、ホン監督がとても丁寧に説明してくれました。それぞれの場面で、ドンファが「詩人として」、恋人の家族とどう関わっているのかということを、具体的に示してくれたように思います。
──日本で詩人を名乗る人はあまりいません。ハ・ソングクさんは『逃げた女』(20)、『旅人の必需品』(24)でも詩人役を演じていますが、韓国において、詩人とはどのような存在なのでしょうか。
韓国でも自分を詩人だと名乗る人に会うことは、そう簡単ではないと思います。ただ、個人的には、ホン監督が詩人という存在を、芸術家を象徴する存在として描いているのではないかと感じています。ホン監督の映画における詩人は、純粋さを守り、自分なりの哲学を持ち、世の中を見つめる独自の視線を持った人物として描かれることが多いですよね。
さまざまな登場人物がいる中で、詩人という存在はいつも重要な役割を担っているように思います。だからこそ、ホン監督の作品で詩人を演じられることは、特別なことだと感じています。韓国において詩人という職業は、高貴で素敵で、どこかかっこいいイメージがある一方、現実的には大変そう、厳しそうだと見られる面もあると思います。そうした両面を含めて、この映画でドンファが詩人であるという設定は、とても自然に受け止められました。
──ホン・サンス監督の作品はカメラをFIXした長回しのショットが多いのが特徴です。本作でもジュニの父と山の上で話し込むシークエンスやジュニの家族と夕食を共にするシークエンスでは10分を超える長回しがありました。キャストとしてはプレッシャーが大きいのではありませんか。
ホン監督の作品に初めて出演したときは、カットを割らずに、短いときでも2~3分、長いときは10分以上の長回しで撮影するスタイルに大きなプレッシャーを感じました。画面の中で、その人物が本当にそこで生きているように見せなければならず、ごまかしがきかないのです。
ただ、作品を重ねるうちに少しずつ慣れてきて、自分なりの向き合い方を模索するようになりました。今では、ホン監督の撮影方法や長回しという形式そのものが、とても面白い挑戦だと感じています。
長回しでは、役者にはカメラに耐える力が求められると思います。一瞬でも集中が途切れると、すぐに嘘っぽく見えてしまう。本物のように見せるためには、自分自身に対する信頼や信念がないといけません。常に挑戦をする必要がありますが、今はその方法にも慣れ、むしろ刺激的な環境だと楽しめている感じがします。

──本作はベルリン国際映画祭コンペティション部門に正式出品されましたが、主演作が国際映画祭で評価されることをどう受け止めていますか。今回の主演経験を経て、ご自身の中で「俳優として変わった」と感じる点はありますか。
ホン監督がこの映画を素晴らしい作品に仕上げてくださり、2025年にチーム全員でベルリン映画祭に参加しました。映画祭はとても華やかな場所ですが、それ以上に、世界で初めてこの作品を多くの観客と一緒に大きな劇場で観ることができた、その喜びが何よりも大きかったです。熱気に満ちたベルリンの雰囲気や、上映中の観客の反応、そしてその場で自分が感じた高揚感は、今でも忘れられません。この経験を通して自分が何か変わったかと聞かれると、正直なところ、はっきりとは分かりません。人は毎日少しずつ変わっていくものだと思いますし、この映画によって変わった部分もあるでしょうし、作品とは関係のない日々の生活の中で変化した部分もあると思います。その境界を明確に分けることはできません。
──ジュニの父親を演じたクォン・ヘヒョさん、母親を演じたチョ・ユニさんはホン・サンスホン監督作品の常連のベテラン俳優です。日本では、一部の観客の中でハ・ソングクさんが今後ポストクォン・ヘヒョさん的な役割を担っていくのではという声も聞きます。現場などでお二人から学んだことはありましたか。
ホン監督の映画に出演されてきた先輩俳優はみなさん、そうですが、クォン・ヘヒョさんからも、チョ・ユニさんからも本当に多くのことを学びました。ご一緒するたびに、自分はまだまだだと痛感します。
特に今回の映画ではクォンさんとチョさんが彼女の両親として、常に物語の中心にいて、多くの場面で私を支えてくださいました。演じる中で迷ったとき、どう表現すべきか分からなくなったときにはプレッシャーを与えるのではなく、冗談を交えながら「こうしてみたらどう?」と自然にアドバイスされるのです。演じているときは信頼の籠ったまなざしで見守られているのを感じました。その存在自体が大きな支えでしたし、お二人のエネルギーや助言には計り知れないものがありました。言葉にしきれないほど多くのことを学び、ご一緒できたことを感謝しています。

──建国大学在学中にホン・サンス監督の指導を受けたことをきっかけに、ホン・サンス監督の『逃げた女』(19)で俳優デビューされました。建国大学で映画を学び、ホン・サンス監督の指導を受けた経験は、今の俳優観にどのような影響を与えていますか。
大学時代をホン監督のそばで過ごすことができたのは幸運なことでした。自分の映画観や演技観、そしてそれらを含めた芸術に対する考え方を形作るうえで、ホン監督から受けた影響はとても大きいと思います。もちろん、演技や映画について直接学んだことも多いのですが、それ以上に強く残っているのは、芸術に向き合う姿勢です。肩越しにそれを見せていただきました。
私は演出家や監督を目指していたわけではなく、あくまでも演技を学ぶ学生でした。授業を通して教わったのは、まず自分自身をよく知ること、自分の内面を修行するような気持ちで見つめ続けることの大切さでした。「自分を誇張せず、本音と真心を持って黙々と何かを続ける人には敵わない」というホン監督の言葉が強く印象に残っています。そうした意味で、演技の面で大きな影響を受けた以上に、人生や創作に向き合う姿勢を学んだ時間だったと思います。

<PROFILE>
ハ・ソングク
1989年、韓国生まれ。建国大学で映画を学ぶ。大学在学中にホン・サンス監督の指導を受けたことをきっかけに、同監督作『逃げた女』(19)で俳優デビュー。その後も『イントロダクション』(21)、『小説家の映画』(22)、『水の中で』(23)、『私たちの一日』(23)、『旅人の必需品』(24)、『小川のほとりで』(24)と立て続けにホン・サンス作品に出演。『旅人の必需品』ではイザベル・ユペール演じる主人公イリスの年下のボーイフレンド役を、『小川のほとりで』では女子学生たちとの恋愛トラブルの発端となる若手演出家を演じるなど、ひと癖ある役柄で存在感を強めてきた。2025年ベルリン国際映画祭コンペティション部門に正式出品された本作で、初の主演を務める。ホン・サンス作品以外では、第24回東京フィルメックス・コンペティションに出品された『ミマン』(23/キム・テヤン監督)にも出演。同作の映画祭での上映にあわせて来日し、日本でも注目を集めた。
『自然は君に何を語るのか』2026年3月21日(土)より、ユーロスペースほかにて全国順次公開
【3月21日(土)公開】ホン・サンス流ミート・ザ・ペアレンツ『自然は君に何を語るのか』|月刊ホン・サンスvol.5・最終章
youtu.be<STORY>
詩人のドンファは、恋人ジュニを家まで送り届けた際、玄関先で彼女の父と鉢合わせ、思いがけずジュニの家族と一日を過ごすことになる。初めはぎくしゃくしていたが、ジュニの家族に家や近所を案内され会話を重ねるうちに少しずつ距離を縮めていく。やがて一家が揃う夕食の席で、勧められるまま酒を口にするうち、緊張から酔いが回り、次第に気まずい雰囲気が漂いはじめる。
<STAFF&CAST>
脚本・監督・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:ハ・ソングク、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、カン・ソイ、パク・ミソ
2025年|韓国|韓国語|108分|カラー|16:9|ステレオ|原題:그 자연이 네게 뭐라고 하니|英題:WHAT DOES THAT NATURE SAY TO YOU|字幕:大塚毅彦
配給:ミモザフィルムズ
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