美しいハーモニーの裏で、何がおきていたのか――
カンティチェラ少女合唱団――「名門」と呼ばれ、入団希望が絶えないこの合唱団で、カロリーナはBチームに所属し、選抜チームの姉ルチエの背中を追っている。ある日、指揮者のヴィテクはBチームの練習に現れ、カロリーナを指名し、ひとりで歌い終えた彼女に「ありがとう、それでいい」とだけ伝え去っていく。
やがて海外ツアーを前に、選抜メンバーを決める雪山合宿が始まる。欠員の代役として呼ばれたカロリーナに、ヴィテクは楽譜を手渡し、「覚えなさい」と告げる。厳しい練習、張りつめた空気。音程、発音、姿勢。乱れればすぐにポジションは入れ替えられる。宿舎では、競争と嫉妬が渦巻き、ささやかな悪意が日常に紛れ込む。それでも彼女は歌い続ける―― 選ばれるために。
一方で指揮者のヴィテクは時に優しく、時に距離を縮める。笑い合い、遊び、称賛する。そのすべてが自然に見える。やがてカロリーナだけは少しずつ“特別”に扱われるようになり、ついに正式な団員に。喜びを隠せないカロリーナだったが、姉のルチエは言う。「才能で選ばれたとでも?」
夢の海外公演のため、ニューヨークへ渡るカロリーナ、ルチエをはじめとする合唱団。開演前のヴィテクの激しい叱責を浴び、疲れと時差を引きずったまま臨んだ演奏で、カロリーナは集中を欠き歌声は乱れる。ヴィテクは彼女を呼び止め、帰国便に乗るようにと告げた。失意のなか、ホテルの部屋にも戻れずにいるカロリーナは、エレベーターに乗り合わせたヴィテクの部屋へ。目を覚ました彼女にヴィテクは静かに言う「君はキレイだ」…。選ばれた旅は、早くも別の顔を見せはじめる。
チェコ少年少女合唱団に所属する主演女優がチェコアカデミー賞主演女優賞を受賞
共産主義体制が終わり、チェコ共和国が少しずつ西側諸国へと開かれていった90年代初頭。社会全体に自由の空気が満ち、希望と同時に無防備な欲望も膨らんでいた時代を背景に、『ブロークン・ヴォイス』はひとりの少女のまなざしを通して、「才能」「成功」そして「沈黙」がどのように結びつき、歪められていくのかを静かに、しかし深い痛みを伴って描き出す。
監督・脚本を手がけたのは、チェコ映画界の新鋭オンドジェイ・プロヴァズニーク。本作は彼にとって長編第二作目にあたる。物語の着想となったのは、日本でも公演を行い広く知られていたプラハの名門少年少女合唱団「バンビーニ・ディ・プラーガ」をめぐる実際の事件だ。同合唱団の指導者ボフミル・コリーンスキーは2004年、少女たちへの性的虐待容疑で逮捕され、1984年から2004年にかけて少なくとも49人が被害を受けていたことが明らかになった。
監督は、この物語を最初から「告発」や「断罪」として描くことをあえて選ばない。カメラは一貫して、13歳のカロリーナの視点に寄り添い、彼女が“選ばれる”ことに感じる喜びや誇らしさを丁寧にすくい取っていく。指揮者ヴィテクに目をかけられ、特別扱いされることは、カロリーナにとって自分の価値が認められた証であり、大人の世界へ近づくための通過点のように映る。しかし、その親密さが何を意味するのかを、彼女自身はまだ理解できていない。観客は、少女の無自覚な感情と、周囲に漂い始める不穏な気配とのあいだに生じる微妙なズレを追体験することになる。そのズレを通して浮かび上がるのは、権力の濫用が特別な事件としてではなく、ごく日常的な関係の中に紛れ込み、見えなくなっていく過程だ。本作は、そのじわじわと蝕む過程を観る者自身に気づかせるかたちで描いていく。
演出においても本作は、説明過多や刺激的な表現に頼らず、終始抑えた語り口を保っている。16ミリフィルムで撮影された映像は、ざらついた粒子とやわらかな色合いによって、90年代という時代の空気や記憶を自然に呼び起こすと同時に、少女の内面に寄り添う感覚的な映像世界を形づくる。合唱の場面の多くが、音源をかぶせるのではなく、生の歌声で撮影されている点も重要だ。息づかいや緊張がそのまま画面に刻まれることで、音楽は美しさだけでなく、身体的な重みを伴って響いてくる。澄んだハーモニーが重なるほど、観客はその背後に潜む違和感や不協和音を、より強く意識することになる。

主人公カロリーナを演じたカテジナ・ファルブロヴァーは、これが初出演とは思えないほど繊細で思春期の少女が抱える不安や高揚、力強い演技を見せチェコアカデミー賞主演女優賞を受賞。その表情豊かな瞳は、喜びと不安、誇らしさと違和感を同時に映し出し、観る者にさまざまな解釈を促す。撮影当時、彼女自身も役と同じ13歳であり、劇中で歌われる楽曲はすべて本人による歌唱だ。ファルブロヴァーは、キーン少年少女合唱団(Kühnův dětský sbor/日本では「チェコ少年少女合唱団」としても知られる)のメンバーでもあり、その確かな歌唱力が演技に強い説得力を与えている。さらに、映画内の合唱シーンはすべて撮影現場でライブ録音されており、少女たちの息づかいや緊張感が、そのまま音として刻み込まれている。一方、指揮者ヴィテクを演じるユライ・ロイは、魅力と恐怖が同時に立ち上がる存在感で、単純な「悪役」には回収できない権力者像を形づくる。彼が時に優しく、時に冷酷であるがゆえに、少女たちとの関係性はより複雑で、逃れがたいものとなっていく。 監督は、衣装や美術、撮影など各部門と緊密に連携し、バーガンディ、ブラウン、アンバーといったアースカラーを基調とした色彩設計を徹底している。それは80年代の色あせた家族写真を思わせるような、懐かしくも閉ざされた雰囲気を映画全体にまとわせている。歯列矯正器具をつけ、厚手のウールセーターに身を包んだカロリーナの佇まいは、あどけなさと大人びた印象が同居する危うさを強調し、意図的に『ロリータ』を想起させる早熟なイメージを立ち上げている。
本作は、#MeToo以後の価値観をもって過去を断罪するための映画ではない。そうではなく、なぜ声を上げることができなかったのか、なぜ沈黙が長く続いてしまったのかを、ひとりの少女の経験の内側から静かに問い直す作品である。
歌うこと──声を揃えること──を求められた少女たちは、気づかぬうちに自分自身の声を失っていく。その喪失の痛みは、決して過去に閉じ込められたものではない。監督が焦点を当てるのは、トラウマのその後や告発の行方ではなく、虐待が起こる「手前」の時間だ。現実世界に存在する暴力を、過剰な演出に頼ることなく、きわめて繊細かつ控えめに描き出すことで、本作はかえって鋭い印象を残す。少女にとって本来は守られるべき安全な空間が、いかにして少しずつ毒されていくのか。その過程を見つめる本作は、あらゆる「安全なはずの場所」に潜む危うさを、いまを生きる私たちに静かに突きつけている。美しいハーモニーの裏で、何が起きていたのか…これは告発の映画ではない。沈黙が生まれる瞬間を描いた映画だ。
映画『ブロークン・ヴォイス』特報 9.19(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開・。。・゚・。・゚・
www.youtube.com『ブローク・ヴォイス』
9月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督・脚本:オンドジェイ・プロヴァズニーク
撮影:ルカーシュ・ミロタ
デザイン:イレナ・フラデツカー
編集:アンナ・ジョンソン・リンドヴァー
音響:ユライ・ムラヴェツ、ペトル・チェハーク
音楽:ピョニ、エイド・キッド
出演:カテジナ・ファルブロヴァー、ユライ・ロイ、マヤ・キンテラ、ズザナ・シュラヨヴァー、マレク・チソフスキー、イヴァナ・ヴォイティロヴァー、アンナ・ミハルツォヴァー、アネシュカ・ノヴォトナー
2025年/チェコ/チェコ語/カラー/106分/DCP/2:1/5.1ch/原題:Sbormistr/英語題:Broken Voices/日本語字幕:上條葉月 /字幕監修:ペトル・ホリー
配給:クレプスキュール フィルム
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