1960 年代アメリカ、⼤都市郊外の隣同⼠の家に住む親友のセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)。お互い裕福な家庭で同い年の⼀⼈息⼦を持つふたりは、完璧で幸せな⽣活を送っていた。しかしある⽇、セリーヌの息⼦が不幸な事故に遭ったことで関係性は⼀変。喪失感に苦しむセリーヌは、次第にアリスの息⼦・テオに⼼を通わせるようになっていく。その様⼦に疑念を持ち始めるアリス。彼⼥は私の家族を奪おうとしているのか︖それともただの思い違いか…。徐々にアリスの⾏動はエスカレートしていき、やがてふたりは狂気と妄想の渦に飲み込まれていく——。
“僕⾃⾝もカメラマンとしての経験がありますが、それを⾒せつけるようなことはしたくありませんでした”
ベルギーの映画史に名を刻む『母親たち』(18)のリメイクとなる本作で監督デビューを果たしたブノワ・ドゥローム。これまでに『⻘いパパイヤの⾹り』『博⼠と彼⼥のセオリー』『永遠の⾨ ゴッホの⾒た未来』など、40本以上の作品で撮影監督を務めてきた。
陰影の美しさも印象的な本作だが、ドゥローム監督は「ヒッチコック作品全体が頭の中にありました」と明かす。『めまい』『マーニー』『サイコ』『裏窓』を思わせるショットはあるかもしれないとしながらも、本当に影響を受けたのは個々の場⾯ではなく、ヒッチコックのストーリーテリングとカメラの論理だったという。
「ヒッチコックの素晴らしさは、すべてのショットに意味があり、無駄が⼀切ないことです。サスペンスは撮影された⼀つのカットから⽣まれるだけではなく、どのショットとどのショットをつなぐかという編集からも⽣まれる。そのロジックこそが、今回最も参考にした部分でした」
⻑年、撮影監督として第⼀線で活躍してきたドゥローム監督だが、監督として本作に向き合う際には、あえて技巧を前⾯に押し出さないことを意識したという。
「ヒッチコックの演出は実はとてもシンプルなんです。強いアイデアや衝撃的な展開があっても、撮り⽅そのものは驚くほど抑制されている。僕⾃⾝もカメラマンとしての経験がありますが、それを⾒せつけるようなことはしたくありませんでした。むしろシンプルに徹し、何度もブレーキをかけながらサスペンスを積み上げていくことを⽬指しました」と述べた。
そうした演出姿勢は、撮影監督から監督へと⽴場を変えた経験とも深く結びついている。これまで多くの作品で数々の監督を⽀えてきたが、実際に監督になって初めて、その重責を実感したという。
「撮影監督の頃は、監督たちがすべてをコントロールしているように⾒えていました。でも実際にやってみると、次々に質問が⾶んできて集中⼒を保つのが難しい。俳優の役作りの相談から撮影現場の判断まで、常に答えを求められるんです」
本作で主演を務めたジェシカ・チャステインとアン・ハサウェイとは、それぞれ『サロメ』、『ワン・デイ 23年のラブストーリー』で共に仕事をしたことのある、撮影監督時代からの旧知の仲。しかし監督として再会した現場では、新たな関係性が⽣まれたという。撮影期間がわずか25⽇間だったため、ドゥローム監督は「1シーンにつき2テイクまで」というルールを設けた。
「アンとジェシカにとってはかなりフラストレーションのたまるルールだったと思います。でも脚本全体を撮り切るためには必要でした。その結果、映画全体に抑制されたトーンが⽣まれたと感じています」
⼀⽅で、演技⾯については俳優たちを全⾯的に信頼したという。
「彼⼥たちは役柄を誰よりも理解していました。私は空間の使い⽅やカメラの位置には強い考えを持っていましたが、演技については⼤きな⾃由を与えていました」
また、ドゥローム監督の映像美の背景には、⽇本⽂化やアジア映画からの影響もある。キャリアの出発点となった『⻘いパパイヤの⾹り』では、トラン・アン・ユン監督から⾕崎潤⼀郎の『陰翳礼讃』を読むよう勧められたという。
「それは啓⽰のような体験でした。フランスの映画学校では教わらない、影の質感や光の捉え⽅を学んだんです」
さらに学⽣時代には、⼩津安⼆郎、⿊澤明、溝⼝健⼆ら⽇本映画の巨匠たちに親しみ、⼈物と空間の関係性を重視するその美学に強く惹かれたと語る。その感覚は村上春樹作品に通じる“美しさと孤独”への共感にもつながっており、近年ではヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』にも深く⼼を動かされたそう。
「いつか⽇本を舞台に、あのようなシンプルな物語を撮ってみたい」
映画作家であると同時に、30年以上にわたり創作を続けてきた画家でもある、ドゥローム監督。絵を描き始めたのは『⻘いパパイヤの⾹り』の撮影後、映画制作が終わることへの喪失感がきっかけだったという。以来、撮影現場で⽣まれたアイデアや感情を消化するために、アトリエへ向かうことが習慣になった。
「映画制作では膨⼤なイメージが⽣まれますが、すべてが作品の中で使われるわけではありません。絵を描くことは、そうしたアイデアを個⼈的な表現へと昇華させる⽅法なんです」
『隣⼈たち』の編集期間中にも、本作から着想を得た数多くのドローイングを描いていたという。さらに、画家であり映画監督でもあるジュリアン・シュナーベルと『永遠の⾨ ゴッホの⾒た未来』を⼿がけた経験は、⾃⾝の映像作りを⼤きく変えたと振り返る。
「画家としての経験があるおかげで、必ずしもコントロールできない美しい瞬間に気づき、それを捉えることができるんです」
撮影監督として培った確かな視線、画家として磨いてきた構図と⾊彩への感覚、そしてヒッチコックから学んだ映画⽂法。そのすべてが結実した『隣⼈たち』は、ドゥローム監督という新たな映画作家の誕⽣を印象づける⼀本となっている。
『隣人たち』
7月24日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
配給︓ギャガ
提供︓カルチュア・エンタテインメント
© 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.



