「脚本を超えた瞬間」がいかにして生まれたのか――土屋像の深まりと現場で起きた奇跡
──森本晶一監督ご自身の長年におよぶ助監督経験が物語のベースになっているとのことですが、「監督を目指しながら助監督を続ける葛藤」をどのように物語へと昇華されたのでしょうか?
森本晶一監督(以下、森本): もちろん監督になるためにずっと助監督をやっていたわけですが、長年溜まっていた思いがワーッと吹き出した……というわけではありません。
僕自身の経験が土屋というキャラクターのベースになっていますが、助監督をしながら見てきた「人」を佐藤君と一緒に客観視しながら描いたという方が感覚としては近いですね。マンガづくりを舞台にしたかったので、作中では助監督をマンガのアシスタントという職業に置き換えました。
佐藤快磨監督(以下、佐藤): まだ企画が成立する前の段階から、この物語の「種」となるような話を森本監督から聞いていて、「すごく面白いですね」とお話ししていたんです。
森本: 元々はアシスタントと編集者の話としてスタートしていて、キャラクターで言うと土屋と潮田です。この企画をいただく少し前の段階ですが、最初は彼らを「夫婦」に設定していたんですよ。
同じマンガ業界に身を置きながらも、格差とまでは言わずともポジションの違う2人が夫婦だという設定が面白いのではないかと思っていました。そこから構想を膨らませていき、新人アシスタントの山田ぽてとというキャラクターを追加して、だんだんと物語が大きくなっていきました。
佐藤: そうでしたね。脚本を書き進めていく中で、3人目であるぽてとの年齢が20代から40代になり、キャラクター性もどんどん変化していき、それに伴って土屋や潮田も変化していきました。
森本: 一人ひとりのキャラクターを作っていく上で、「アシスタントには先輩や後輩がいるよね」「当然、アシスタントがいるならマンガ家本人がいるよね」「家族はいるのかな」と登場人物を置いていったことで、自然とストーリーが動き出していった感じですね。
──その段階でキャスティングも始まっていたのでしょうか。
森本:いえ、キャスティングよりも全然前の段階ですね。ただ、松本まりかさんや阿部寛さんは、すでに頭の中でイメージしながら書いていました。
特に松本さんに関しては、声優という設定においてあの説得力を出せる方が他に思い浮かばなかったので、「松本さんに出演していただけなければ、この作品は成り立たない」とずっと思っていたほどです。
──土屋輝一を森田剛さんにオファーされた理由は?
森本:ふとしたひらめきですね。打ち合わせの途中に少し休憩が入って、佐藤君がベランダへタバコを吸いに行ったんです。その時に「(主演は)どうしようかな」と考えていて……企画の江守(徹)さんもその場にいたので「森田(剛)さんはどうですか?」と話してみたら「いいですね!」となって。
ベランダから戻ってきた佐藤君にも話したら、「森田さんはこういった役をやっていないですよね」という話になり、「森田さんにオファーしてみよう!」と決まりました。
──これまでとは違う森田さんを見てみたかったということでしょうか。
森本:そうですね。監督や作品によっては、これまでの既存イメージをそのまま借りてくるようなキャスティングも多いかもしれませんが、僕たちはそういったアプローチはあまりやりたくないね、という話を元々していたんです。僕自身、観ていて「新しい発見」があるような映画が好きなんです。
それと、写真で検索した時に「年相応の渋みがあって、ちゃんと40代に見える」と感じたのも大きかったかもしれません。
佐藤:個人的には森田さんといえば狂気を孕んだような役のイメージが強かったんです。だからこそ、今回、森田さんが土屋を演じるというアイデアが出た時、まだ具体的なビジュアルまでは見えていませんでしたが、「森田さんが土屋を演じる」という意外性の点で一気に盛り上がり、キャラクターが固まっていきました。

──森田さんとはどのように土屋を作っていったのでしょうか。
森本:2025年6月の撮影に向けて1月からリハーサルを始め、5〜6回ほど行いました。ただ、深く話し合って作り上げたというよりは、実際に演じてもらいながら模索していった感覚ですね。
森田さんの舞台を観たり、出演された映画を研究したこともあり、リハーサル当初は「どこかで観たことがある森田さんだな」と感じることがありました。どうすればこの映画ならではのニュアンスが引き出せるか、それをずっと考えていました。
役柄についての直接的な議論というよりは、「声のトーン」や「表情の感じ」といった部分から探っていきましたね。リハーサル中に「あ、今のセリフの言い方はすごくいいな」と感じる部分があれば、そのトーンが出やすいセリフへとどんどん書き換えていきました。
土屋のキャラクターの軸自体は変わっていませんが、リハーサルを重ねながらセリフはほぼ全編にわたって変更しています。そういった意味では、森田さんに決まったことで脚本は少なからず変化しました。「後輩に対しては優しい方が、その他の人への敵意が強調されるんじゃないか」とか「この語尾はクセが強すぎるから別の言い回しにしよう」といった調整ですね。
佐藤:リハーサルで少しずつ形を作っていったというよりは、違和感のある選択肢を「ひとつずつ潰していった」ようなプロセスでしたよね。
森本:また、森田さんが普段、普通にお話しされている時の雰囲気がとても素敵だったので、その魅力をどうやって作中で引き出すか、それについても模索していました。最初はなかなかそのニュアンスを落とし込むのが難しかったのですが、話し合いを重ねていきました。
もちろん役者さんなので「お芝居」をされるわけですが、その絶妙なトーンや塩梅を森田さんご自身が非常に繊細にチューニングしてくださったのだと思います。実際に現場に入った時には、もうこちらから言うことが何もないくらい完璧に仕上がっていましたね。
──森田さんが黒縁眼鏡をかけ、ヘアバンドをつけたところで、「あ、土屋だ」と思ったとのことですが、衣装も役作りに大きな影響を与えたのでしょうか。
佐藤:衣装合わせの段階では、まだ土屋のキャラクターを探っている最中でした。そんな中で、衣装合わせで「眼鏡にヘアバンド」という土屋のビジュアルが出来上がった時、森田さんと僕たちの描くイメージがもう一段階ぐっと噛み合ったような気がします。
森本:衣装の打ち合わせをしていた当初、僕自身は「マンガだけを読んで生きてきた、視野の狭いオタクっぽい人物」というイメージを抱いていました。
ですが、打ち合わせが進んでいく中で、「おしゃれの心得はあっていいよね」という話になって。マンガだけでなく音楽やファッションなどにも幅広く興味を持っていそうな、フィクションのキャラクターっぽさを超えた「実際にいそうなリアリティ」のある土屋像が見えてきたんです。きっと若い頃はサブカルに傾倒していたんだろうな。
──土屋は一見さえない印象ですが、決してだらしのない男ではなく、娘を育てながら地に足のついた生活を送っています。これも「実際にいそうなリアリティ」のある土屋像として、森田さんと作り上げたのでしょうか?
森本:それはどちらかというと脚本上の設定の要素が大きいですね。
元々の背景として、子どもが生まれた当時、妻の莉花は俳優を目指していましたが、一度それを諦め、夫婦二人で子育てをしていました。それはきっと、すごく楽しく充実した時期だったと思うんです。その後、子育てが一段落したタイミングで莉花が「仕事を再開したい」と言い出し、そこでチャンスを掴んで声優として急に売れ始めたんです。
それに対して、土屋はやはり拗ねた部分があったのだと思います。家事を独占することで己の存在価値を保っていたようなイメージですね。
妻が別の形で自分の夢を叶えようとする姿を見て、土屋は遠慮というよりも、自分の本心から逃げてしまった。その結果として「俺が家事をやっているんだ」と、より意固地になってしまったんじゃないか……という裏設定をイメージしていました。自分自身の経験そのままというよりは、「こうなっていたら面白いな」という発想で、ちょっと自分を皮肉ったような部分もあります。
佐藤:最初から娘っている設定でしたっけ?
森本:いなかったね。
佐藤:ですよね。娘というキャラクターが出来た時、僕は最初「父と娘の関係があまり上手くいっていなくて、父親がよりこじらせて居場所をなくしていく」という方向性を想像していたんです。
ですが、森本監督はずっと「娘と父の仲は良くていいんだ」とおっしゃっていて。自分が仕事に出ている間に、娘が鹿野君という男友達を家に連れてくるのも、土屋はちゃんと許容している。最初はなかなかイメージしきれなかったのですが、仕上がりを見るとこれまでにない新しい関係性が見えて、今はあのシーンがすごく好きなんです。
──佐藤監督がもし父親の立場だったら、娘が男友達を家に連れてきたら、激怒されますか?
佐藤:いやー、僕が父親だったら……ちょっと想像が追いつかないですね(笑)。ただ、やっぱり嫌がりそうな気はします。
森本:「あいつ男だろ?」とか気になっちゃうよね(笑)。
佐藤:対応を間違えて娘に嫌われちゃいそうです(笑)。
森本:でも周囲の話を聞いていると、イマドキのお父さんと子どもってすごく仲が良いんですよね。映画ではドラマを作るために対立させることが多いですけれど(笑)。
──娘の高校入学式の帰り道、土屋がある決断とともに莉花や娘と向き合うシーンで思わぬ“事件”が起き、お二人とも感極まって涙ぐまれたとのこと。佐藤監督が「あれは脚本を超えたシーンでした」とおっしゃっていますが、本番では一体何が起きたのでしょうか?
佐藤:今作では、全体的にあまり熱く感情的なシーンになりすぎないよう意識的に抑えていました。あのシーンは娘に対する土屋の感情のピークの場面ではあるものの、「そこまで感情的にはならないのではないか」と予想していたんです。
ですが、本番で森田さんが娘をチラッと見た瞬間の表情に、すごくグッときてしまって。しかも、森田さんの感情の動きに合わせて、カメラマンの月永(雄太)さんのカメラも娘の方へじわっと動くんです。
カメラワークも含めて、現場にいた全員の気持ちがその心情へと自然に引き寄せられていきました。森田さんの込み上げる思いがそのまま映し出されているカットになっていて、まさに「脚本を超えた瞬間」だったなと思います。
