70年代後期ロンドン、世界中を熱狂させたパンクムーブメント。音楽、ファッション、アート、全ての価値観を根底から覆した“反逆の革命”セックス・ピストルズの誕生は偶然なのか必然なのか。その狂乱に翻弄された男が、全てをさらけ出す、衝撃のアナザーストーリー『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』が10月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国にて公開。本作で描かれるセックス・ピストルズ誕生の背景をひも解くうえで欠かせない、パンクカルチャーの聖地「SEX」に改めて注目したい。
画像1: この店がなければパンクは生まれなかったかもしれない——『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』にも登場する聖地「SEX」とは?
画像2: この店がなければパンクは生まれなかったかもしれない——『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』にも登場する聖地「SEX」とは?

1970年代後半のロンドン、停滞したロックシーンを真っ向から否定し、鬱屈した社会の空気を爆発させるように登場したパンク・ロックバンド、“セックス・ピストルズ“。デビューアルバム『勝手にしやがれ!!』は、パンクの原型を決定づける歴史的ヒットとなったが、成功の裏側でバンドは急速に崩壊。最後のライブでジョニー・ロットンが「だまされた気分になったことはないか?」と吐き捨てて脱退し、バンドは解散。シド・ヴィシャスは恋人殺害容疑の渦中、薬物の過剰摂取で21歳の若さで死去し、その刹那的な生涯は神話化されていく。しかし、この物語には、“策士”マルコム・マクラレンと、後に世界的デザイナーとなるヴィヴィアン・ウエストウッドによる“台本”が存在したことをご存じだろうか。そして、アルバム収録12曲中10曲を手掛けたにもかかわらず、この“台本”から消された男、初代ベーシスト、グレン・マトロックの存在を。本作は、当時のライブ映像や関係者インタビューとともに、創設メンバー、マトロックが全てを語りつくした、衝撃のアナザーストーリー。

セックス・ピストルズを語るうえで欠かせないのが、マルコム・マクラレンとヴィヴィアン・ウエストウッドの店「SEX」の存在だ。のちに“パンクの聖地”として知られるようになるこの店が誕生したのは1974年。もとはテディボーイ向けの「レット・イット・ロック」だったが、流行の終息とともに「SEX」へと姿を変え、当時のロンドンでは異質な空気を放つ場所となった。

フェティッシュな服、挑発的なデザイン、社会規範を嘲笑するような陳列──その店内には、既存の価値観を破壊しようとする若者たちが自然と集まっていった。ジョーンズやクックら初期メンバーも常連であり、店の空気がバンドの美学を形作ったことは疑いようがない。グレン・マトロックは店でアルバイトとして働き、毎週土曜日に出勤していたという。金曜日に新作が入荷すると、翌朝には店の前に行列ができていたと語り、当時の熱気を生々しく伝えている。

本作では、ヴィヴィアン本人の証言や当時の写真が登場し、ファッションと音楽がどのように交差し、互いを刺激し合ったのかが描かれる。ピストルズの衣装は単なる“奇抜な服”ではなく、社会への批評であり、メッセージそのものだった。また、店の周辺に集まった若者たちの姿を追うことで、パンクが単なる音楽ジャンルにとどまらず、社会運動として広がっていった過程が浮かび上がる。ピストルズが“反逆の象徴”として語られる背景には、「SEX」という文化装置の存在があったのだ。

現在、当時の店舗は現存しておらず、跡地には別の店が入っている。しかしその場所は今もパンク史を語るうえで重要な地点として扱われている。これまでもセックス・ピストルズを題材にした映画やドキュメンタリーで「SEX」は取り上げられてきたが、本作はそれを単なる“ゆかりの地”としてではなく、70年代ロンドンの文化が交差した震源地として改めて光を当てる。

単なるバンドのドキュメンタリーではなく、70年代ロンドンの文化的震源を描き出す『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』は、10月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国にて公開。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』
10月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国にて公開
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム 
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