カバー写真/パールフィ・ ジョルジ 監督
雌鶏の生きる意味から、問われる人間のあり方

『ハックル』(2002)をはじめ、第59 回カンヌ国際映画祭のある視点部門で上映され、アカデミー賞国際長編映画賞のハンガリー代表作品に選出された、『タクシデルミア ある剝製師の遺言』(2006)などの作品で知られる、パールフィ・ ジョルジ監督。その独自性と作家性には、世界中の映画祭が目を見張り影響を受けてきた。
新作の『雌鶏』は、2025年のトロント国際映画祭で芸術性と作家性が高く評価され、特別賞を受賞。人間だけでなく、主役に何と雌鶏を登場させ、両者の生き方を描きながら、今の時代について観る者に問いかける。
愚かで理不尽な人間の人生を皮肉でダークに映し出し、雌鶏はと言えば、ただ、卵を産み、子供の成長を促し生命を繋いでいくために生まれ、生きていくものの、改めて生きることの意味、命のあり方などを観る者に考えさせてくれる。
雌鶏を通して、改めて人間がどう生きていくべきかを問う映画の誕生だ。
雌鶏ただ一羽で、勝利をどう勝ち取るかのエンタティンメント

さらに深く観ていけば、時代と共に、ますます愚行を重ねる人間に対しての雌鶏からのリベンジ、あるいは罰を与えるという作品にも思えてくる。果たして、雌鶏ただ一羽で、どのようにして勝利を勝ち取るのか。冒険譚、エンタテインメントとしても飽きさせない。
雌鶏の演技については、CGやAIを一切使わず、8羽の雌鶏たちが優秀なトレーナーの下、実際に演技をしたという。撮影後の編集の力も発揮して、秀逸な作品を生み出すことに成功した。
卵の大量生産のために、大量の雌鶏も生き物とは思えないスピードで生産ラインに送られる。色の黒い雌鶏は適さないと判断されて除かれ、スープにされるところを移送中に脱走した1羽の雌鶏。
危機一発も乗り越えて、運よく辿り着いた家庭には鶏小屋があり、そこが彼女の居場所となる。雄鶏と恋に落ち、毎日のように愛の結晶を生むも、毎日飼い主に搾取される。その卵はいったいどうなるのかを知った雌鶏……。
また、この家庭には問題もあって、不法な仕事も抱えることで事件が起き、雌鶏も巻き込まれていく。
8羽の雌鶏が主演女優賞を獲るべき熱演

パールフィ・ ジョルジ 監督
——『雌鶏』は、昨年の東京国際映画祭で拝見しまして、唯一無二の独創性に圧倒されました。最優秀女優賞に輝くべきだと強く感じました。その想いは叶わなかったので、とても残念でした。主演女優の雌鶏ちゃんが、実は8羽いたから、トロフィーが8つ必要で、その用意がなくて受賞しなかったのかしら、なんて思いましたけれども(笑)。
雌鶏たちに伝えておきましょう(笑)。でも、カルガリーのバンフ・マウンテン・フィルム・フェスティヴァルでは、雌鶏たちにフェザー・ベスト・アクトレス賞(鳥類審査員特別賞)をいただきましたよ。
——それはおめでとうございます。8羽は皆、今も元気なんですか。
雌鶏は命が短いので、全員が元気とは言えませんが、アニマル・トレーナーが他の作品に出演させたりして、活躍している雌鶏もいますよ。
——そうなんですね。ところで、映画の冒頭には、「露の世は露の世ながらさりながら」という小林一茶の俳句が出てきます。我が子を亡くした一茶の句ですね。監督は大変な日本贔屓のご様子かと思いました。だからこそ、東京国際映画祭にも出品なさったのかなと思いました。
そうですね。日本の文化は大好きです。東京国際映画祭は、2018年の第31回のコンペテイション部門で『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』(2018)も選出されました。上映の時には、息子も連れて行きました。10歳の娘は毎晩のように、『NARUTO-ナルト-』を観ていて、日本語の勉強をもしています。日本の映画、アニメや漫画、食事も家族全員で大好きなんです。
愚かな人間たちを浮き彫りにする、雌鶏の存在
——そうでしたか。それは、とても嬉しいです。監督が2012年に制作した『ファイナル・カット』は、第65回カンヌ国際映画祭でも上映されましたが、男と女が人生で出会う恋や愛 、結婚、 離婚 、戦いなどを、既存の多くの名作・傑作映画の場面を切り取り再構築して、1つの作品に作り上げるという発想がユニークな傑作でした。本作も、雌鶏が主演するという、チャレンジングな発想ですね。人間という生き物の欲望にまみれた理不尽で愚かな人生を、雌鶏の視点で浮き彫りにしながら、その愚行の一つとして、雌鶏が生む大切な卵を罪悪感なくむさぼるという点で、本作の主人公は犬や猫では成り立たなかったということですよね。
私は映画を作る時には、問いかけること、探求をすることをやってきています。おっしゃるとおり人間は、毎日のように雌鳥が生む卵を貪るように食べている 。そのうえ、人間同士も利益のために互いを貪り利用しあっている。そういったことは、どういうことなのか。その答を出してしてしまうことなく、本作で探求し、問いかけてみました。

——雌鶏は自分の子供のために命がけで生きようとしている。生きる意味とは何かということも考えさせられた作品でした。当たり前のように人間は卵を大量生産して、例えば、レストランメニューですと、オムレツには卵を6個ぐらいは平気で使っています。私は本作を観た後、しばらく卵を食べないようにしたくらいです。それくらい深く考えさせられて、主人公の立場になって観ていると、本作は愚行を繰り返す人間へのリベンジもの、しかもそれが痛快な冒険譚とも言える、エンタテインメント作品だと受けとめて楽しめました。恋をして愛の結晶である卵を生んで、成長させることを邪魔する人間たちを罰するために、ただ一人で闘う雌鶏から目が離せませんでした。
はい、もちろん、そういう観方もありですよね。しかし、まずは雌鶏が渇望しているのは自由になること、そして、子供を産んでその成長を見届けたいということなんです。それを邪魔するのは確かに人間であって、雌鳥は彼らにリベンジするというよりは、ただただサバイブして生きていく。人間は勝手に自滅していき、鶏の世界が繁栄していくということを描いてみたのです。
深層的には、搾取する人間へのリベンジ映画という捉え方


——なるほど。東京国際映画祭で本作を観た後に、いろいろ意見が別れたんですが、私は憎い人間を懲らしめるための皮切りに、違法で移民を移送し金儲けをしている輩に、産んだ卵を武器として打撃を与えたと思えるシーンに感心した次第でしたが。
意図としては、私は雌鶏の存在を擬人化をしないで、ただただリアルに描いてみました。すなわち、彼女が車の仕組みをわかっていたりしたわけでもなく、ただ卵を産み、ヒヨコに成長させるための自分の居場所を守るということに懸命な様子を描きました。それ以外の因果はないということで。
——つまり、移民たちを詰め込んだ車の換気口に意図的に卵を産み落とし、機能を止めてしまい、彼らを窒息させるというような仕打ちをしたわけではないのですね。確かに、偶発的な出来事だったからこそ、そこに皮肉な笑いも生まれますね。
そうですね。ただ、彼女を何かの象徴、シンボルとして捉えるなら、確かに自分の産んだ大切な卵を食べ尽くしている人間へのリベンジ、この物語が人間にとっての因果応報として受け止めることも出来るでしょう。
そういったことが分かっていない、考えているわけではない雌鶏という存在は表層的な表現です。でも、深層的に考えたらリベンジもの、敵討ちということと受けとめていただいても良いかと思いますね。
——ありがとうございます。私は最初から最後までリベンジもの、素晴らしいエンタティンメント作品だと受けとめて、最高に楽しみ、雌鶏の立場に成り代わり溜飲もおろすことが出来ました。また 、そのヒロインとなる雌鶏が白い雌鶏ではなく漆黒の雌鶏。オーストラロープ種というんですか。監督のこだわりのキャスティングですね。

私もあの彼女がとても美しい。そう思っています。
全て実写での雌鶏の演技力と編集力の成功
——今回は撮影にあたり、雌鶏の動きなどもCGやAIを使わずに、8羽の雌鶏がそれぞれ交代で得意ワザを活かし、主人公を演じたそうですが、クローズアップなどの表情がとても豊かです。やはり沢山撮影しておいて、『ファイナル・カット』の時のような絶妙の編集力を発揮され、あのようなリズミカルで迫力ある動きを、様々なシーンで生み出されたのでしょうね。

そうですね。『ファイナル・カット』と同じ、腕の良い編集者に今回も関わってもらえて大変助かりました。鶏は観客と目を合わせるということが非常に難しい特殊な場所に目がついている生き物なんです。ですから、それを意識して右向き、左向きというように、何カットも撮影する必要がありました。
——確かに、そう言われてみたら、どこを見ているかよくわからないですね、鶏って。
たくさん撮るというよりも、カット割りの撮影方法として、ロシアの映像作家レフ・クレショフが提唱した心理効果を生み出す編集技法を使いました。最初のシーンに対して次に見せていくシーンにより、観客の頭の中でいろいろなイメージを喚起させるような場面の繋ぎ方の方法です。
——なるほど。そういった細かな技術と、こだわりが生かされた作品なんですね。それを知ったら、もう一度観直してみたくなりました。雌鶏を主役にする工夫にも、多くの問いかけや探求があったことと思います。そういう意味でも観どころの多い映画ですから、多くの方に観ていただけたらと思っています。いろいろお話を、ありがとうございました。
(インタビューを終えて)
豪快な第一印象から、心優しく、こちらの想いに寄り添って下さる物腰がフランクで、何より日本贔屓のパールフィ・ジョルジ監督。様々なチャレンジを重ねて、映画の可能性を確かなものにしてくれる、頼もしい存在だ。
表層的に観ても面白く、深層心理にも訴えかける興味津々の『雌鶏』。これぞ、映画と言えるのだ。
雌鶏たちとの撮影現場はさぞかし、賑やかだっただろうと想像するだけで愉しく思えるインタビューであった。次なるテーマについては、想像もつかない。
楽しみにお待ちしたい。
9.25公開 映画『雌鶏』誕生の瞬間から始まる壮大な旅路―まさに"鳥界隈"のスペクタクル!予告編映像 解禁!!
youtu.be『雌鶏』
9月25日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。その後全国順次公開。
監督/パールフィ・ジョルジ
脚本/パールフィ・ジョルジ、ゾフィア・ルットカイ
撮影/ヨルゴス・カルヴェラス
編集/レーカ・レムヘニュイ
プロダクションデザイン/コンスタンチノス・ザマニ
録音/マリノス・アサナスポウロス
音楽/ソーケ・サルボチ
出演/雌鳥(エスティ、サンディ、フェリ、エンチ、エティ、
エニクー、ノーラ、アネット)、ヤニス・コキアスメノス、マリア・ディアコパナヨトゥ、アルギリス・パンダザラス、エレニ・アポストロポウロウほか
原題/HEN
日本語字幕/石田淳子
配給/ハーク
配給協力/フリック
2025 年/ギリシャ・ドイツ・ハンガリー/96 分/ギリシャ語、英語/5.1ch/カラー
©2025 Pallas Film-Twenty Twenty Vision-View Master Films-ZDF
公式サイト:www.hark3.com/mendori
公式X:@mendori_movie


