年齢も性格も生きてきた環境も異なるが故、決して交わることのなかった二人の、ぎこちなくも愛おしい同居生活を描き、「心が救われる」と大きな反響を呼んだ、ヤマシタトモコの傑作コミック『違国日記』が待望の映画化。人付き合いが苦手、でも心の中に人知れず激情を隠し持つ主人公の高代槙生を演じるのは、いまや国民的俳優の一人である新垣結衣。初めて見る風変りな大人=槙生に戸惑いながらも、持ち前の天真爛漫さで槙生の心を動かしていくもう一人の主人公・田汲朝を演じるのは、オーディションから選ばれた新星・早瀬憩。この映画の主役二人をインタビューしていて感じたのは、作品同様かけがえのない間柄となっているということだった。

撮影/久保田 司
スタイリスト/小松嘉章(nomadica)【新垣】、小林美月【早瀬】
ヘアメイク/藤尾明日香(kichi)【新垣】、森岡萌絵(sui)【早瀬】
インタビュー・文/辻 幸多郎

原作と同じような空気感だったり世界観になるようにと思っていました

──映画が公開される現在のお気持ちから聞かせてください。

新垣「楽しみです。友人に勧められて原作を読んでいたし、原作のファンでもありますので。ファンだからこそ、オファーを受けた時に“私でいいのだろうか……”と不安になったことも、プレッシャーを感じたこともありましたけど、時間をかけて頑張って撮影した作品なので、もうすぐ観ていただけるというのはすごく嬉しいです。それと同時に、どういった反応が返ってくるのかっていう緊張はやっぱりあります」

早瀬「私も原作を読んで、原作を大好きになったので、原作ファンの方々の気持ちがすごくわかるんです。私が演じた朝を、観ていただいた方々が受け入れてくれるのかっていう不安だったり、緊張はやっぱりあって。それでも“朝を演じたい!”という気持ちは誰よりも強かったので、朝を演じられたことはすごく嬉しかったです」

──原作の世界観を大切にされている作品だと感じたのですが、演じる上で、原作をあえて意識されたりはしましたか?

早瀬「原作に忠実にっていうのは考えて、まんま寄せるじゃないけど、同じような空気感だったり世界観になるようにと思っていました。だから、とにかく原作を読み込んで、現場にも持ち込んで、休憩中に読んだりして」

新垣「私も同じく。もちろん原作からピックアップして映画のシナリオに落とし込んでいる部分もたくさんあるので、そういう部分を撮影する日は特に、“原作のあのシーン、どんな感じでやってたかな”って現場で都度読み返したり。あとは今回、たぶん初めての試みとして、本番の直前に原作の槙生の表情を思い浮かべるようにしていました。その表情を思い浮かべると、今までどうセリフを言おうかちょっと迷っていたところで、こう、スッと言えるような気がして。スイッチを入れてくれるような気がして、とても助けてもらったなと思います」

──演じたキャラクターについて、共感するところとか、寄せるのが難しいと思ったところは?

新垣「人との距離感に対する考えというか、自分のスタンスみたいなものはすごく共感しました。それぞれ違う人間であるというのをちゃんと意識していたいというか、わかっていたいと思っていたし、それぞれの世界を大事にしたいという意識も以前から持っていましたし。あと、一人の時間を大事にしているっていうところはすごく共感できるなと思って。難しかったのは、原作の『違国日記』ならではの言葉選び。槙生ちゃんが話す言葉もそうだし、吹き出しの外の会話とかもすごく好きで、そこも『違国日記』の魅力の一つなんですけど、それがリアルになった時、実写として生身の人間が口に出すってなった時に、どういう風に聞こえるのかっていうのはちょっと難しそうだなと思った点ではあって。それを変換するのかしないのかっていうのは、もちろん監督もすごく考えてらっしゃったし、意見を求めてくださることもあったので、“こう感じます”っていうのを結構話し合ったりして。で、最終的には、さっきも言った通り、槙生ちゃんの顔をイメージすることでスッと言えるような瞬間がたくさんありました」

早瀬「お芝居はすんなり……なんて言うんだろう。上手くできたとかそういう意味ではなくて、朝と性格が似ていたんです。演じていて、自分はこの感情になれないとか、この感情を受け止められないっていうのがなく、どのシーンでもスッと感情は入っていけました。難しかったのは、歌です。歌は苦手意識があったので、撮影が始まる前にボイストレーニングに通わせてもらって、家でも一人で歌って、橋本(絵莉子)さんが書いてくださった歌(劇中歌)の歌詞の意味を読み解いたりして。ヤマ場のシーンでもあるので、作品に入る前から“あのシーンのために頑張ろう”っていう、一つの目標じゃないけど、そういう気持ちがあったので、苦戦したところであり、精一杯頑張ったところでもあります」

新垣「人前に出るっていうことに苦手意識があった朝ちゃんが、一歩踏み出して歌を歌うんですけど、ちょっと恥ずかしい気持ちとか、ここから踏み出したいっていう想いとかが全部が合わさって、リアルに伝わってきて、めちゃめちゃいいシーンなので、ぜひ観てほしいです」

──新垣さんはオフィシャルのコメントで「ただの親戚でも親子でも友達でもない二人の関係性が好きです」と語られていましたが、槙生と朝の二人のシーンで、好きだなって思うシーンは?

新垣「今、パッと浮かんだのは、朝が書いた歌詞を槙生ちゃんに見せて、朝がちょっと恥ずかしい気持ちになって“もう返して”って言った時に、“これちょうだい。元気出る”って言うそのやり取りとか、その後に二人でその歌詞の一部から連想する言葉を言い合っていく、あの雰囲気はすごくほっこりするなと思うし、それこそどういう関係性とは言いにくいけど、その時間を一緒に楽しんでいるっていうのがすごく好きです。他にもいいシーン、いっぱいあるんですけどね」

早瀬「私もあのシーン、好きです。当たり前の日常の中で穏やかな空気が流れている。あとは本当に何気ないんですけど、“行ってきます”“行ってらっしゃい”っていうのが物語の最初のほうと最後のほうにあって、最初はまだ槙生ちゃんの家に来たばかりの“行ってらっしゃい”でぎこちない感じなんですけど、最後のほうに出てくる“行ってきます”“行ってらっしゃい”は全然違う。二人の関係性がすごく変わったんだなっていうのがわかるので好きです。“行ってらっしゃい”って言ってくれる槙生ちゃんの顔も好きです」

画像: 新垣結衣

新垣結衣

画像: 早瀬 憩

早瀬 憩

結衣さんは、“こういう素敵な人になりたいなぁ”って思わせてくれる、人間としても俳優としても本当に尊敬できる方。大好きです

──槙生は朝にとって〈初めて見るタイプの大人〉ですが、朝とほぼ同い年の早瀬さんが思う〈大人〉とは?

早瀬「私は笠町くん(槙生の元恋人)の“ある日突然大人に変身するわけじゃないから”って言う言葉がすごく響いて。“そっか……”って言う朝と同じ気持ちなんですけど、結衣さんや監督は私が聞いたり質問したことを、1を10にして返してくださる。いや、1を100ぐらいに(笑)。今までずっと、家族だったり、先生だったり、マネージャーさんだったり、そういう人以外の大人と長期間一緒にいるってことはなかなかなかったんです。で、大人って、怖いというか、堅苦しいみたいなイメージがあったので、撮影期間を通して大人に親近感が湧いたじゃないけど、ハードルが下がったような気はしています」

──新垣さんは、10代の頃に想像していた〈大人〉と、今現在のご自身とで、差異を感じたりはします?

新垣「でも、みんな口を揃えて言いますよね。“もっと大人だと思ってた”って(笑)。大人って、いろんなことを知ってて、ある程度のことは上手くやれて、自分というものがちゃんとあってとか、そういうイメージでした。だけど、知らないことだらけだし、できないことだらけだし、間違えることもいっぱいあるし、いつまで経っても途中なんだなってすごく実感していて。で、この『違国日記』に出てくる大人たちって、みんなそうだなって思うんです。立場とか状況は違うけど。それはやっぱり共感できるポイントなのかなと思いますし、とてもリアルだなと。それでもそれぞれ、あったかい時間を過ごしてるっていうのが、すごく救われたりするし、“やっぱり大人ってこうなんだな”って『違国日記』という作品に出会って改めて感じたところでもあります」

──新垣さんから見た朝の魅力、早瀬さんから見た槙生に惹かれる部分も聞かせてください。

新垣「槙生は人と関わる時に、どう始めたらいいかわからない。もしかしたら相手に不快な思いをさせるかもしれないとか、自分が傷つくかもしれないとか、以前からの経験が積み重なって、いろんなことを考えて今があるのかなって私は想像しているんですけど、朝ってそれがないじゃないですか。人と関わることに恐怖心がないというか、ある意味わからないというか。若いが故に、経験として傷ついたり、傷つけたりっていうことを自覚してないからかもしれないけど。だからこそ持っている真っ直ぐさみたいなのが、槙生からしたら自分のトラウマに触れてくるようで、すごくヒリッとするんだけれども、その真っ直ぐさって、今の朝だからこそのものであって。且つ、じゃあ傷つきましたってなったら本当に素直にごめんってなる。そうなのかって気づいた瞬間に、暗い雰囲気になるのではなく、それも素直に受け止める。そういうところが魅力的だったんじゃないかなと思います。私も羨ましいです」

早瀬「朝から見た槙生ちゃんというより、私から見た槙生ちゃんの視点にはなっちゃうと思うんですけど、“あ、これだ”っていう言葉を言ってくれるのが、私はすごく羨ましいなと思って。原作にあるシーンで、(日記に砂漠の絵を描いて)“ぽつーんとしちゃって、何を書きたかったのか……”と言うシーンで、槙生ちゃんが“きっと「孤独」だね”って言うんですんですけど、私も朝もわからない、言葉にできない感情をズバッと伝えてくれるのは、私も普段、自分の感情を上手に伝えられなかったりするので、羨ましいなって思います」

新垣「私も思います。羨ましいなって」

──ちなみに、新垣さんが感じた早瀬さんの印象は?

新垣「すごーくいい子!」

早瀬「(照)」

新垣「初対面の時からフレッシュで、光ってるなって思うぐらい“真っ白”“綺麗”って思ったんですけど、本読み、撮影と始まっていく中で、シャイな部分もあるんですけど、先ほど言ってたみたいに気になった点とかあれば臆せず聞いてきてくれるし、監督と話し合っている姿もたくさん見ましたし。そういうところに、お芝居が本当に好きなんだなっていう気持ちだったり、この作品、朝ちゃんという役にかける想いみたいなものをすごく感じて。本当に頼りがいがあるなって思いましたし、撮影2日目、3日目ぐらいで私たち、結構深い話をしていて。ね(笑)」

早瀬「プライベートな話を(笑)」

新垣「自分の人生に対して思うこととか、私が15歳の頃どんな感じだったかとか、そんな話をしている時に、もちろん迷いはあると思うんですけど、こんなに考えているのがすごいなと思って。今、インタビューを一緒にたくさん受けていますけど、冷静でもあるし、でも朝ちゃんと同じ気持ちというか、“急に大人になるわけじゃないと今回の作品で気づかされた”とか、相応に成長していってるところに安心したり。“そのままで大丈夫だよ”って言いたくなります。

──新垣さんが15歳の頃と比べて、早瀬さんにちょっと大人な部分を感じたりもします?

新垣「感じますね。すごくいろんなことを考えていて、すごくいろんな覚悟を持っている。槙生ちゃんって、朝のことを育てるという意識ではないと思うんですけど、最初の葬式の時に、映画の中にはないですけど、“あなたは…もっと美しいものを受けるに値する”という言葉が原作の中にあって、守りたいという意識はあると思うんです。私も憩ちゃんと接していて、そういう気持ちにさせられる。すごく応援したくなります」

──では、早瀬さんが感じた新垣さんの印象も。

早瀬「結衣さんは、最初の印象から穏やかで、内面から滲み出る優しさのオーラがあって、周りにすごく気を遣ってくださる本当に素敵な方だなぁと思いました。撮影期間を通して、よりいろんな魅力を知ることができたんですけど、すごく話しかけてきてくださって、そのおかげでリラックスして現場にいられたり。お芝居に対する向き合い方も、それこそ監督と話し合いをしているところを私は何度も見ていて、役にかける想い、作品への愛情はすごいなぁって。こういうインタビューの時に隣で話を聞いていてもそれを感じるので、“こういう素敵な人になりたいなぁ”って思わせてくれる、人間としても俳優としても本当に尊敬できる方で、大好きです」

新垣「ありがとう(微笑み)」

画像1: 結衣さんは、“こういう素敵な人になりたいなぁ”って思わせてくれる、人間としても俳優としても本当に尊敬できる方。大好きです
画像2: 結衣さんは、“こういう素敵な人になりたいなぁ”って思わせてくれる、人間としても俳優としても本当に尊敬できる方。大好きです

“書きたくないことは書かなくていい。本当のことを書く必要もない”。その自由な発想が衝撃だったんです

──最後に。本作は〈日記〉が物語のキーになりますが、これまで日記をつけられたことはありますか?

早瀬「あります。今まではつけてはやめてという三日坊主みたいなことを繰り返していたんですけど、今回、『違国日記』の公式TikTokで「早瀬憩の舞台裏日記」をやらせてもらって、それを機に日記をつけるようになりました。一言日記みたいな感じでつけています」

──日記をつけることで何かが変わったなんてことはありますか?

早瀬「今のところはないんですけど、原作に”たとえ二度と開かなくても いつか悲しくなったとき それがあなたの灯台になる”という槙生ちゃんの言葉があって、それに感銘を受けたので、今はただ書くだけだけど、もし将来ツラいこととかあった時は見返して、希望の灯台になったらいいなっていう想いで書いています」

──新垣さんは、日記は?

新垣「ありますけど、続いたことがないです。可愛いノートが手に入ったので、書いてみたいなって思ったんだけれども、続かないとか。あと、昔、歌をやらせてもらっていた時に歌詞を書く機会があったので、その時にちょっと気持ちを書き留めるみたいなことを試みたんですけど、やっぱり続かない(笑)」

──でもこの先、日記をつける可能性は……。

新垣「あるかもしれない。感じたことを言葉に残したいと思う時期は定期的にありますし。槙生ちゃんが朝に日記を勧めた時に、“書きたくないことは書かなくていい。本当のことを書く必要もない”って言うんですけど、その自由な発想が衝撃だったんです。そういう考えで、いつかトライしてみたいなっていう気持ちはありますね」

画像: “書きたくないことは書かなくていい。本当のことを書く必要もない”。その自由な発想が衝撃だったんです

PROFILE

新垣結衣 YUI ARAGAKI

1988年6月11日生まれ、沖縄県出身

画像: 新垣結衣 YUI ARAGAKI

早瀬 憩 IKOI HAYASE

2007年6月6日生まれ、東京都出身

画像: 早瀬 憩 IKOI HAYASE

作品紹介

画像1: 新垣結衣×早瀬憩:映画『違国日記』インタビュー
画像2: 新垣結衣×早瀬憩:映画『違国日記』インタビュー

『違国日記』

〈STORY〉
両親を交通事故で亡くした15歳の朝(早瀬憩)。突然のことに涙さえ流れず、呆然としたまま葬式に参列する朝に、親戚たちの心ない言葉が突き刺さる。そんな時──
「あなたを愛せるかどうかはわからない。でも私は、決してあなたを踏みにじらない」
朝からまっすぐに目をそらさずに、そう言い放ったのは槙生(新垣結衣)。朝の母親と折り合いが悪く、姉妹でありながら全く交流のなかった槙生は、誰も引き取ろうとしない朝を勢いで引き取ることに。こうしてほぼ初対面の二人の、少しぎこちない同居生活がはじまった。
人見知りで片付けが苦手な槙生の職業は少女小説家。人懐っこく素直な性格の朝にとって、槙生は間違いなく初めて見るタイプの大人だった。対照的な二人の生活は、当然のことながら戸惑いの連続。それでも少しずつ二人の距離は近づいていく。
だがある日、朝は槙生が隠しごとをしていることを知る。取り乱した朝は、これまで無意識に押し殺していた気持ちがあふれ出て――。

出演:新垣結衣 早瀬 憩
   夏帆 小宮山莉渚 中村優子 伊礼姫奈 滝澤エリカ
   染谷将太 銀粉蝶 瀬戸康史
監督・脚本:瀬田なつき原作:ヤマシタトモコ「違国日記」(祥伝社FEEL COMICS)
配給:東京テアトル ショウゲート
6月7日(金)より全国ロードショー

Ⓒ2024ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

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