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ぶっちぎりでトップに立ち五週連続首位をキープした
世界中にファンを増やし、特大ヒットが「使命」となっている、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)。しかし新たなヒーローの主演作がどこまで観客の心をつかむかは未知数だ。期待とプレッシャーがかかるなか、あらゆる予想を大きく上回って、熱狂的ブームを巻き起こした作品が誕生した。「ブラックパンサー」だ。
2018年2月月16日に公開された北米では歴代5位のオープニング記録で、ぶっちぎりの首位デビュー。その後、「ブラックパンサー」は5週にもわたって首位を守ったのである。北米での「5週連続首位」は、2009年公開の「アバター」以来の快挙(「アバター」は7週連続首位)。毎週のように話題作が公開されるアメリカで、新作を寄せつけずに首位を守ることは容易ではない。その意味で「ブラックパンサー」は歴史的一作なのである。
結局、北米での興行収入は、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」、「アバター」に続く歴代3位という大記録を達成。あの「タイタニック」や「ジュラシック・ワールド」も超えてしまったのだ!全世界でも興行収入の歴代9位を記録。「美女と野獣」や「アナと雪の女王」も上回り、まさに〝社会現象〞を起こしたと言ってもいい。
アクション映画として面白く設定の新鮮さも受けた
ではなぜ、「ブラックパンサー」がここまで人気を集めたのか?そこには多くの要因が絡んでいる。まず挙げられるのが、ヒーローアクション映画、単体としての面白さと目新しさだ。MCUでは次々と新たなヒーローの主演作が誕生しているが、近年の「アントマン」や「ドクター・ストレンジ」といったそれぞれの初単独主演作では、他のMCUとのつながりがそれほど深く描かれない。MCUのファンは、わずかなリンクを発見し、主人公や周辺のキャラが今後の他の作品にどう絡むのかを予想する。一方で、それほどディープなMCUのファンでない人たちは、余計な寄り道に関係なく、素直に一作品として楽しみたい。その欲求に、「ブラックパンサー」は応えたのではないか。
舞台となるのはアフリカの架空の国、ワカンダ。過去のMCU作品とはまったく違う設定で、観客の目には新鮮に映った。ブラックパンサー自体は、すでに「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」に登場していたが、今回の単独主演作に他のメインヒーローは顔をみせず、マーティン・フリーマンのCIAエージェント、エヴァレット・ロスや、アンディー・サーキスの武器商人、ユリシーズ・クロウが出るくらい。MCUの熱い支持層以外にも、「なんだか今回は、いつもと違う」というワクワク感を与えたのである。
主人公、ブラックパンサーのキャラクター設定も斬新だった。一国の国王であり、スーパーヒーローでもある。もともと超人パワーを有していたわけではなく、国王になったことで特殊な植物を摂取、ブラックパンサーのスーツを身に着けパワーを手に入れる。しかも国王=ブラックパンサーの地位は受け継がれる点がユニーク。そしてもちろん、MCUで初めてとなる黒人のヒーローである。この人種という要素がひとつのフックとなり、アメリカ国内はもちろん、現在、世界が抱える社会問題と大きく関わり、映画の枠を超えたムーブメントを作り上げたのだ。
キーワードは多様性とグローバリズム
今年のアカデミー賞の授賞式でも、大きなトピックとなったのが「多様性」だった。人種はもちろん、性別や国籍、セクシュアリティなど多くの面で、「他者との違いを受け入れ、壁を乗り越える」という力強いメッセージが届けられた。「ブラックパンサー」の北米公開が2018年2月16日で、アカデミー賞授賞式が2018年3月4日(現地時間)だったので、両者のメッセージは相乗効果を呼んだ。アメリカのトランプ政権が、国境に壁を作るなどと宣言し、白人至上主義めいた発言も繰り返し、多様性とは真逆の方向に進もうとしている。そんな現状に不満や閉塞感を抱えた人々が、「ブラックパンサー」のテーマと、国際社会で問われるグローバリズムに共通点を見つけようとした。
ワカンダという国は、周辺諸国から隔絶して歴史を重ねながら、独自の進歩を遂げてきた。新たな国王となったティ・チャラは、ワカンダが国際社会とどう対処するかで葛藤することになる。その苦悩は、反トランプの人々の心に強くアピール。黒人のヒーローということで、アフリカ系アメリカ人はもちろん、いわゆるマイノリティに属する人々への共感を誘うことになった。ここで重ね合わせたくなるのが、DCコミックのユニバースである。「ジャスティス・リーグ」などのDCエクステンデッド・ユニバースでは、2017年、「ワンダーウーマン」が興行・批評とも大成功を収めた。これも女性が主人公という新たな方向性が観客に受け入れられた結果だ。「ワンダーウーマン」といい、「ブラックパンサー」といい、「同じようなパターンが飽きられる」という単純な理由もあるにせよ、社会全体が多様性を強く求めた結果のヒットだろう。
全米歴代累計興行収入トップ10(2018年5月29日時点)
1位 スター・ウォーズ/フォースの覚醒(2015年):9億3670万ドル
2位 アバター(2009年):7億6050万ドル
3位 ブラックパンサー(2018年):6億9870万ドル
4位 タイタニック(1997年):6億5940万ドル
5位 ジュラシック・ワールド(2015年):6億5230ドル
6位 アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(2018年):6億2640万ドル
7位 アベンジャーズ(2012年):6億2340万ドル
8位 スター・ウォーズ/最後のジェダイ(2017年):6億2020万ドル
9位 ダークナイト(2008年):5億3490万ドル
10位 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(2016年):5億3220万
(Box Offi ce Mojo調べ)
女性の役割の大きさと敵役の描き方も共感を呼んだ
「ワンダーウーマン」との大きなつながりがもうひとつある。「ブラックパンサー」における女性たちの役割だ。主人公は男性だが、彼を支える重要なキャラクターは女性で占められている。ティ・チャラの妹で、ブラックパンサーのスーツなどを開発する天才科学者のシュリは、これまでのアクション映画では主に男性が担ってきた役どころ(「007」シリーズのQなど)。そして直属のボディガードである最強戦士のオコエも女性。彼女がまとめる親衛隊は女性戦士で構成されている。黒人であるだけでなく、女性の強さを強調した点が「ブラックパンサー」の大きな特徴であり、観客にアピールする魅力となった。ティ・チャラ=ブラックパンサーにとって、女性の力は必要不可欠なのだ。
さらに、これまでのMCU作品と大きく異なる反応もあった。それは宿敵の描き方だ。最新作「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」のサノスが典型的なように、多くのヒーロー映画では、人類や、時には宇宙全体の平和を乱す強力な悪役が登場し、ヒーローたちは救世主の役割を与えられてきた。しかし「ブラックパンサー」で敵として出てくるキルモンガーは、ティ・チャラと深い関係にあるうえに、その主張も完全悪とは言えない。国際社会へのワカンダのあり方について、ティ・チャラとは対立するものの、しっかりとした主義が存在するのだ。こうしたグローバリズムを巡る主張も、ある側面でみれば十分に納得できるので、今作を観てキルモンガーに感情移入する人も多い。この点でも、見方を変えれば、善と悪も逆転する可能性があるという、現代社会の映し鏡になっていた。
宿敵への共感は、キルモンガーを演じたマイケル・B・ジョーダンに負うところも大きく、「フルートベール駅で」、「クリードチャンプを継ぐ男」と彼を立て続けに起用してきたライアン・クーグラー監督が今作のメガホンをとったことで、この複雑な役を成功に導いたと言えそう。監督という観点では、アフリカ系アメリカ人のクーグラーが今作を撮り、「ワンダーウーマン」では女性のパティー・ジェンキンズが監督を務め……と、主人公と同じ人種、同じ性別の人が演出することが、近年のヒット映画の鉄則になりつつある。ここにも多様性に関する社会の考え方が反映されているのかもしれない。
オバマ元大統領夫人もSNSで発信した
こうした骨太で重厚な「ブラックパンサー」は、ふだんアメコミヒーロー映画に熱狂しそうもない人の心にも突き刺さった。ミシェル・オバマ元大統領夫人がその一人で、公開後、彼女は「この作品はあらゆるバックグラウンドの人々が内なる勇気を見いだし、それぞれの人生でヒーローとなるインスピレーションを与えてくれるはずです」と自らのSNSに投稿。インテリ層のハートも刺激し、ヒットの追い風となった。アメコミヒーロー映画の常識を変えたと言ってもよさそうだ。
とは言え、こんな風に書いていくと頭デッカチな作品という印象も与えかねないが、「ブラックパンサー」は純粋に、そして存分にアクション映画としての興奮も用意されている。シュリの開発する武器はガジェット好きの心を萌えさせ、ワカンダにいる彼女が韓国のプサンの車を遠隔操作して走らせるなど、近未来のテクノロジーを予感させるシーンが満載。湖の基地から飛行機が飛び立つなど、ツボを得たアクション演出が満載で、テーマを気にせずとも楽しめる。
アクション映画としての完成度、そして今この時期に必要とされる社会派テーマの、完璧な融合を達成した「ブラックパンサー」。この特大ヒットは、当然の結果だったのかもしれない。まだ時期は早いが、年末からアカデミー賞にかけての賞レースに絡む可能性もあるとの声もささやかれており、少なくとも「2018年を代表する一本」であることだけは間違いないのだ。