盟友同士がいつか天国で再開を果たせるかどうか、年長の者が先に天国にたどり着くのかどうか、先の約束は見えない。そんな不条理もまた人生なのですが、とまれ、遅かれ早かれ人の命に限りがある以上、再会は必ず叶うに違いないと期待もしたい……。
『天国でまた会おう』というタイトルは、そんな深い意味を持って、この映画の最後を観届けた私たちに、感動と共に考えさせ、もう一度この作品を観直さねばという気持ちにもさせて、印象深く重要です。
九死に一生を得た、男二人の奇妙な絆を描いた傑作
本作品は、戦争の悲惨さを描く反戦メッセージが芸術的に描かれていて……なんて感想では片づけられない、ものすごく深い映画。
もちろん、原作の素晴らしさを、さらに輝かせた映画であることは、原作者のピエール・ルメートル自らが、主演で監督のアルベール・デュポンテルと共同脚本しているというぜいたくな作られ方の賜物でもあります。
戦争は絶対的に起こしてはならない、意義ある戦争などあるわけがない、戦争が生み出すものなどまったくないのだ。なぜなら、その陰には偽善的行為でちゃっかり私服を肥やす、ものすごく腹黒い輩や組織が暗躍し、増殖してしまうのだから。
そんな批判や怒りの気持ちを、超アイロニックに描いたスリリングな作品が本作なのです。戦争を起こした国家や権力者や富裕層への反逆の気持ちも込めて、世間を欺く大博打へと乗り出す、第一次世界大戦の生き残りの二人の男の、世にも奇妙で大胆で痛快な、ピカレスク的風味も感じさせる物語。
世の道徳観などどこ吹く風、人生なんでもあり、一寸先は闇、五里霧中、一度は死んだも同然の男たちの、残された人生に生きがいを求める生き様がショッキングで、胸を打ちます。
アルベール・デュポンテル監督、演技は完璧すぎるくらい達者ですが、映画づくりの才にも並々ならないものがあることを、もう一人の主演俳優にあの、2017年にカンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた 『BPM ビート・パー・ミニット』で高い評価を得たナウエル・ペレーズ・ビスカヤートという名優を起用したことで倍化させました。
監督を魅了した原作の著者をも唸らせた、映画の力
ビスカヤード演じる男は、資産家の御曹司で、天才的な絵描きの才能があるけれど、父親からは疎まれ、しかも戦地で死にかけていたデュポンテル演じる男を助けたことで、顔の半分を失う大怪我に見舞われてしまいます。
戦争とは、このように偶然にも見知らぬ二人の男の友情と絆を生み出す場でもあるのですが、一期一会の出会いが、二人の運命を決定づけてしまうこともあるのです。
一方で、戦争を好機と考え戦時中から戦後の混乱期に甘い汁を吸い、悪徳を重ねる男を演じる残虐なロラン・ラフィットの演技もまた半端ではありません。
ポール・ヴァーホーヴェン監督『エル ELLE』(2016)で見せつけた悪人ぶりに勝るとも劣らない名演技を見せます。
勧善懲悪の結末はフランスのノワール作品のお約束とも言えるものですが、同時に大きな犠牲を払う点が、これまたノワールの必要要素の一つ。そういう意味では本作は充分にこのジャンルのファンの興味をもそらすことがないでしょう。さらには、終戦後のパリを描いて秀逸、お見事という素晴らしい作品です。
原作者のルメートルは、日本でも「このミステリーがすごい!」大賞をはじめ、日本の名だたるブックランキングで7冠を達成した「その女アレックス」で知られています。今回の『天国でまた会おう』は、ミステリー部門のみならず、フランス文学界での最高峰とされるゴングール賞に輝き、映画化は必然だったと言えます。
結果、本作はフランスで公開されるや大ヒットとなりました。また、折りしも、本年度セザール賞が発表されたばかりですが、昨年のセザール賞13部門でノミネート、 脚色賞や監督賞など5部門で受賞を果たしたのです。
出来上がった映画を観たルメートルは感動と共に、監督への感謝の気持ちを隠せなかったそうです。原作だけでは表現できない、映像の力への驚きやリスペクトも少なくなかったことでしょう。それは例えば、主人公の失われた顔半分を覆う仮面の数々など、もの悲しい中にも観る者を圧倒する芸術性が見受けられるからです。
俳優と映画監督との両立の効用とは
さて、主演男優でもあり、監督・脚本家としても大活躍のアルベール・デュポンテル監督が、昨年のフランス映画祭横浜での本作上映の際に、インタビューに応えて下さった内容をご紹介しましょう。
──大きなテーマを扱った作品ですから、主演と監督両方を手がけることは至難の業だったのでは?
「当初は、私は演じる予定ではなかったんです。決まっていた俳優が撮影の2ヶ月前に降りてしまったんです。それで別の俳優を探したんですが見つからなくて、都合上、自分が演じる方が良いということで……。正直、両方やるのは疲れました。けれども、自分も演じることで俳優たちといい関係が生まれる。監督目線だけだと、どうしても壁が出来やすいですが、俳優たちの持つより強いもの、エネルギッシュなパワーを引き出せたんです」
──もともと予定されていた方は、こんなやりがいのある役をどうして辞退したんでしょうか?
「体力的についていかれなそうだと。絵コンテで戦争シーンを見せたら、自分には体力的に無理だと言うんです。ベルギーの俳優でキャリアもあったのに残念だったなあ」
──結果はデュポンテル監督で正解でした。これからも俳優と監督を両立されることになりそうですか?
「チャップリンやウディ・アレンは本当に例外的な存在で、両立させている人は、ほとんどが僕のように、監督が演じれば役者代がただになるとかいう経済的な理由でやることになるんですよ(笑)。自分が演じたいというよりも、解決法として出演することが多いでしょう」
アーティストは賞を競うより、意識を高く持つべき
──それをうかがうと、デュポンテル監督は、やはり、俳優より監督として映画を作っていくという方向でしょうか? というのも失礼ながら、最初に賞を獲られたのは俳優としての助演男優賞で、その後脚本賞を獲得されたキャリアがあるからです。今回のセザール賞では主演男優賞は逃して、監督、脚色、撮影、衣装デザイン、美術の5部門を獲得されていますから、映画作りの才能が勝っていらっしゃるように思えるのですが……。
「そうですねー……、うーん、そもそも、コンペティションの精神を私は支持していないんですよ。誰が最優秀かとかを競うこと、そういう競争の精神が人類を殺しつつあると思います。今や地球全体が競争ばかりで苦しんでいます。その中でアーティストの世界なんてミクロ的な存在です。そこで競争して優劣をつけようなんて馬鹿げていませんか? たとえば美術館で、フジタはモネより優れているのか? モネはピカソより優れているのか? なんて誰も言わないでしょうから、いかに意味がないか、ですよね」
──確かに、おっしゃるとおりですね。
「俳優だろうが監督だろうが、アーティストであるということは、意識を高く持とうという気がないとダメなんです。そういう意味では、原作を読んだ時に、最高に惹きつけられたのが、ピスカヤート演じる、経営者の跡継ぎとしてではなく本物のアーティストとして生きていきたいという男の姿でした。彼は父が標榜するところの帝国主義の価値観を受け入れられず、アーティストというのは金満なことと無縁であり、人間としての意識を高く持つべき存在であると考える男で、それを最後まで貫きます。彼は私にとってのまさに理想のアーティスト像だったので、映画化を決めました。しかし、そうは言っても、実際の世の中はそういう人間は少なくて、コンペティションの精神ばかりが溢れている。でもそろそろ、もう地球はそういった切り口に耐えられなくなっているとも思いたいんです」
ビターな愛も飛び出す、パンドラの箱のような作品
監督は、さらに続けました。原作の、時代を越えまさに現代の今そのものにも思える作品であったから映画化を決めたのだと。
そこには、この作品の映画化を通して、自らが本物のアーチスト精神を貫いていく生き方を見せつけることが出来る。そんな理想の物語であったから、という想いがひしひしと伝わってきました。
その後のインタビューでは、日本の映画監督をこよなくリスペクトしていることも飛び出しました。黒澤明なら、『夢』、北野武なら『HANABI』、高畑勲の『火垂るの墓』、宮﨑駿の沢山の作品が大好きという話になり、柔道に夢中だった少年時代へと進むうち、ちょっと難しい話が好きなインテリで強面に思えたデュポンテル監督が、とても身近に思え、ますますこの作品が日本でも大ヒットしますようにと願う気持ちでいっぱいになりました。
人間的に素晴らしいひとりの俳優で監督の、生き方の片鱗を見せていただいたように思います。
この作品のフランス版ポスター・ヴィジュアルを見ると一目瞭然なのですが、言うなればこれは、戦争という名の国家レベルの大義の裏を暴き、パンドラの箱をこじ開けたような衝撃的作品なのです。その箱から次々と出てくる「宝物」や「毒素」は、いずれも味わう価値があり、そこにはビターな愛もある──久々に濃厚な味わいの、このフランス映画を堪能してください。
『天国でまた会おう』
2019年3月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督・脚本/アルベーデュポンテル
原作・共同脚本/ピエール・ルメートル 「天国でまた会おう」(ハヤカワ・ミステリ文庫刊)
原題/Au Revoir Là-Haut、英題/SEE YOU UP THERE
出演/ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、アルベール・デュポンテル、ロラン・ラフィット、ニエル・アレストリュプ、エミリー・ドゥケンヌ、メラニー・ティエリーほか。
2017年/フランス/フランス語/117分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
日本語字幕:加藤リツ子/PG-12
配給:キノフィルムズ/木下グループ
© 2017 STADENN PROD.–MANCHESTER FILMS–GAUMONT–France 2 CINEMA ©Jérôme Prébois / ADCB Films
公式サイト:http://tengoku-movie.com