マッツ・ミケルセンは“孤高”という言葉がよく似合う。これまで演じてきた役柄は殺し屋、ガンマン、精神科医……どれも“孤高”と形容するにふさわしいものばかり。最新作では北極に一人取り残された男性という新たな“孤高”に挑戦している。しかし、ひとたび役を離れるとお茶目な一面が顔を覗かせるなど、そのギャップも人気の秘訣。そんな魅力的に年を重ねるマッツにインタビューを行なった。(文・清水久美子/デジタル編集・スクリーン編集部)

毎日16時間の過酷な撮影は感情面にも影響を及ぼすんだ

デンマーク出身の国際派俳優で、"北欧の至宝"と呼ばれるマッツ・ミケルセン。大ヒットTVシリーズ「ハンニバル」に主演し、日本にも大勢のファンがいる名優マッツが今回挑戦したのは、飛行機事故で北極地帯に不時着したパイロット・オボァガード役。孤独な主人公が過酷な状況の中、瀕死の女性を救うために窮地を脱しようと踏み出す姿を、巧みな表現力で演じている。この「残された者北の極地」のPRで来日したマッツにインタビューできることになり、期待に胸をときめかせて臨んだところ、その期待を百倍上回る素敵さにクラクラしてしまった。

──マッツさんはこれまでも様々な作品で大変な撮影をこなしてきたと思いますが、今回ほど過酷な撮影はなかったのではないでしょうか。マッツさんだけをずっと見ていられるのはうれしいのですが、何度も「こんなひどい目に遭わせるのはもうやめて!」と叫び出しそうになりました。撮影の間、あなたに乗り切る力を与えたものは何だったのでしょうか?

『どんなに過酷でもやれることは一つ、「扉を開けてやるべきことをやって扉から戻る」ということしかないんだ。君が言うように、これまでも大変な経験はたくさんしてきたけど、大体は予期せずに起きることが厳しいことにつながるんだよね。だけど、本作は最初から過酷だと分かっていた作品だったし、撮影中ずっとそれが続くと決まっていた。毎日16時間の撮影で、どんどん痩せて体力が衰えて、肉体的に疲弊してくると感情面にも影響を及ぼすというつらさもあった。だから、つらいと考えないようにしていたよ。

それでも「つらいな。年を取っちゃったな。早く家に帰りたいな」と思ってしまった時もあったけれど、最後までやり抜くしかないんだ。一番の報いは達成すること。達成してスタッフとキャストが大きな笑顔になって、自分たちの夢を形にできたことを感じること。僕は報われると分かっているし、それを求めて頑張れるんだと思う』

あえてディテールを描かないシンプルで美しい映画だよ

画像: あえてディテールを描かないシンプルで美しい映画だよ

──本作のマッツさんの演技で特に印象的だったのは、救助ヘリが墜落して大ケガをした女性の手当てをしようとしたオボァガードが、彼女の体を預かる形になり、久しぶりに人の温もりを実感して思わず抱きしめた時の表情です。

『あのシーンは計画していたことではなかったんだ。ただ感覚的にこれが正しいんじゃないかと思って抱きしめたんだよ。6カ月間、人の温もりを感じていなかったから、親密な瞬間を欲したんだね。今の時代、相手の承諾なしにそんなことをしては本当はいけないんだけど、彼の気持ちを考えると抱きしめるのがベストだと思った』

──マッツさんは本作について語る時、〝ワナ〞(trap)という言葉を使っていますよね。

『北極圏が舞台だと、映画的な三大ワナ「寒い」「空腹」「ホッキョクグマの登場」が避けられないよね(笑)。これは仕方ないとして、サバイバル作品のワナには「フラッシュバック」もありがちで、主人公のそれまでの人生や家族を描くと思うんだ。

さらに、救助ヘリの女性との間に恋愛感情が生まれたりするのもよくあるワナだ。本作にはそれらのワナはそぐわず、「人であるということはどういうことなのか」というもっと大きな物語が描かれている。観客がその場に身を置いて、主人公の気持ちを感じられるような作品にしたかったので、彼に関する具体的なディテールはあえて描かなかった。シンプルで美しい映画に仕上がったと思うよ』

──撮影中、印象的だったことは?

『劇中、登場するホッキョクグマは本物だけど、危険だから近づかないように言われていた。僕とホッキョクグマのシーンの撮影では、ロケ地のアイスランド人の大柄な男性がクマの役を真剣に演じてくれたんだよ。それを見たスタッフはすごく楽しそうだったね(笑)。彼に本物のクマを合成して映像を仕上げたんだ』

若さに執着するよりも年と共に生きることが大事

画像: 若さに執着するよりも年と共に生きることが大事

──マッツさんは年々魅力を増していますが、どうしたらマッツさんのように良い年の重ね方ができますか?

『品格を持って成熟することがカギなんじゃないかな。若さに執着すると品格が失われてしまうと思うから、年を取ることと戦うのではなくて、年と共に生きるんだ。体に気をつけて健康を保つようにすることはできるよね。自分より年上の聡明で魅力的で尊敬できる人はたくさんいるわけだし。僕の祖父がまさにそうだよ』

──お話を聞けば聞くほど、マッツさんほど演技がうまくて、肉体的にも精神的にも優れている、愛すべき俳優は滅多にいないという確信を強めました!先ほど、「達成することが一番の報い」とおっしゃいましたが、これほどまでに過酷な撮影を乗り切ったのですから、何かご自分にご褒美をあげませんか?

『自分にご褒美か……何もしてないなぁ。本作の撮影後、すぐに体重を元に戻して、Netflixの「ポーラー狙われた暗殺者」の撮影に入ったからなぁ。あの時は、クレイジーなアクションシーンをほとんど自分でこなして、ケガをしまくったんだよね。狂気から狂気に移っただけで、ご褒美タイムはなかったよ』

──それはとてもハードでしたね。じゃあ、今からでもどうですか?

『実は「ポーラー狙われた暗殺者」の撮影後に8カ月の休みを取って、何もしないで過ごしたんだ。何もしないことは、僕は得意なんだよ(笑)。仕事の時は集中できるんだけど、オフの時は仕事を恋しくなったりはしないタイプだから。オン・オフ、どちらも大好きだ。オフの時は、スポーツが好きだから、テニスや自転車に乗ることを楽しむよ。家族と過ごすこともできたから、それが僕にとってのご褒美だったよ』

ああ、やっぱりマッツは人格者だった!インタビュー後の撮影では、どんなポーズもOKしてやってくれようとするマッツに、エージェント(マネージャー)が慌てて止める一幕もあったほど。本誌の"布にくるマッツ"のリクエストにも快く応じてくれたマッツ。知的で優しくて、それでいて面白くてキュートなマッツは、これからもファンを増やすに違いない。

Photos by Tsukasa Kubota

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