郵便配達員が、配達の途中で石ころにぶつかった。思いつくことがあり、その日から石ころを一つ一つ運んで積み上げて、33年間かけて夢に描いていた自分の城を築いた。娘と妻のために……。
まるでお伽噺の一節のような話ですが、実在の人物ジョゼフ=フェルディナン・シュヴァルという郵便配達をする男が、自らの夢を実現して、フランス南東部ドローム県オートリーヴ村に実在する石の城を創りあげたのです。この1900年代初頭に完成した奇跡の建築はフランスの歴史的建築物に指定され、現在も世界中から観に訪れる人が絶えません。
フランスの名建築の一つ、シュヴァルの宮殿を映画化
筆者も、世界の名建築のTV番組で何度か目にし、「アイディアル・パレス」と呼ばれ、唯一無二の様式美で観る者を圧倒する、このちょっと奇妙で現実離れしたシュヴァルの宮殿の存在は知っていました。しかも一人の男が石で創りあげたという事実にも仰天したものです。
そんな折、『シュヴァルの理想宮/ある郵便配達員の夢』と題して、この建築物のことが映画化されたと知らされ、てっきりドキュメンタリー作品だとばかり思っていたのでした。が、フランス映画の名匠ベルトラン・タヴェルニエのご子息で、男優であり、パリオペラ座バレエ団の世界をドキュメンタリー作品にして日本でも大きく注目された『エトワール』の監督でもあるニルス・タヴェルニエが映画化。シュヴァルの家族の話をイメージし、愛を描いたフィクションとして完成させたというのですから、これは私にとっての、一つの事件でした。
あの宮殿が映画でどのように再現されるのだろうかという興味はもちろんですが、シュヴァルという男はどうして、あのような人間業を越えた宮殿を創りあげることが出来たのか、それが娘や妻のためだった?などなど、次々と謎が謎を呼び、タヴェルニエ監督にお会いしなくては気が済まなくなったのも当然のことでした。
今年の横浜フランス映画祭で、本作品のプレミア上映と共に来日したニルス・タヴェルニエ監督にインタビューが叶い、ダンディで知的で優しいご本人から、数々の疑問にていねいなお答えをいただけました。
実在の宮殿を映画で輝かせる工夫とは
──「アイディアル・パレス」と名づけられたシュヴァルの宮殿。世界の名建築ということで以前から知っていて、私にとっても実際に観に行きたいと思う場所ですが、建物を観るだけでも感動的なのに、そこから恋愛の話に昇華させていること、それがまた素晴らしく、この映画が、あの宮殿を再び輝かせていることに非常に感動しました。
「ありがとうございます」
──ドラマにすることには、大変な工夫とご苦労があったと思うのですが、この建物をもう一つ創って撮影したのでしょうか? それとも本物を撮影の舞台として使うことが出来たのか? 誰もが興味を持つと思いますが。
「すごく興味深い質問です。もちろん、レプリカを建てたりしていませんし(笑)、そして、もし宮殿全部を3Dでモデリングをしようとするとかしたら、かなり大変なんです。すごく凸凹があるでしょう、それを再現しようとすると、とても費用的に高くつくので、全てを復元はしていないんです。だから僕らが作ったのはアーチのところ、これは本当に作って、雪が降っているシーンはそこに雪を入れましたね。
言ってみれば80%くらいは特殊撮影ですよ。雲も見えますけど、60%くらいは我々が作り出したフェイクの雲です。もう一つ私たちがやったことは、上から見た宮殿と、周りにある庭。現在は駐車場がいっぱいあります。観光地ですからね。美術館もあって、どちらかというと現代的な美術館で、シュヴァルの建てた家もある。
そういうものが全部映り込んでしまいますから、宮殿から150km離れたところにもう一度家を作ったりはしました。シュヴァルと娘のアリスが宮殿の前で遊んで、それを妻であり母親のフィロメールが窓越しに見ているというシーンがありますが、これを外からカメラで映すのですが、窓ガラスに映り込んでいる宮殿はイラストで描いている宮殿です」
奇跡の宮殿を一人で創った男と家族の生き方に迫りたい
──(目の前でイラストを描きながら説明していただき、そのイラストも記念にいただいたことに)感謝しております。それにしても、大変な工夫が必要だったのですね。
「まだまだ、いくつかありますけどね」
──出来上がった宮殿の前で家族が記念撮影をするシーンが素敵でしたが、そういう許可は取れるものなのですね?
「そうですね、先ほどお話ししたアーチ部分以外は、すべて本物を使って撮影が出来ました。許可をもらいましたよ」
──宮殿が完成していく様子を観ていくだけでもワクワクしますが、恋愛映画に昇華させるということについてはどんな工夫がありましたか? 最近では見かけなくなった(笑)、夫婦の愛。これが最後に私たちを本当に感動させてくれるわけなのですが。
「まず言えることは、愛情生活というか、家族の生活、そういった感情的な部分は何も記録に残されていないんですよ、シュヴァルに関しては。家族の部分やロマンチックな部分は、私たちが推測し、作りあげなければならなかったわけですね」
──もちろんそれは、タヴェルニエ監督がそうあって欲しい、という夫婦の愛のあり方ですよね?
「まあ、(最初の妻が病死した)シュヴァルと、二度目の妻となったフィロメーヌ、彼らにどのような夫婦としての生活を送って欲しいと思ったかは別としても、実在した二人の関係を描きたかったんです。なぜならこの二人の夫婦には、すごくポジティブなエネルギーが生まれたのですから」
──そうですね。人間業とは思えない宮殿を創りあげてしまったということが、今の私たちにポジティブな力を与えてくれますね。