「1917 命をかけた伝令」
若き兵士の命懸けの戦場の旅を彼らの目線からワンカット手法で描き、生死の境にいることを体感させる革新的な戦争映画
サム・メンデス監督といえば、近年は『007 スカイフォール』などでボンド・シリーズの監督として定着しつつあった。しかし、そのキャリアを振り返ると、英国演劇界で認められた舞台演出家であり、映画デビュー作『アメリカン・ビューティー』ではオスカーも手にしたドラマ系監督。そんな彼がボンド映画で培ったアクション感覚と舞台仕込みの心理描写のうまさの両方を発揮し、演出家として新しい地平線を切り開いたのが『1917 命をかけた伝令』である。
第一次大戦に参加した祖父の話から着想を得て、軍の伝令の使命を背負ったふたりの若き兵士たちの物語を作り上げた。とにかくすごいのが映像で、約2時間の物語がすべてワンカットで綴られる。兵士たちは命をかけて戦場を旅するが、彼らの目線に立って映像が作られることで、生と死の境界線にいることの恐怖や緊張感を体感できる革新的な戦争映画となった。
撮影監督のロジャー・ディーキンス、音楽のトーマス・ニューマンもすばらしく、オスカーレースの最前線に立つだろう。兵士役のジョージ・マッケイとディーン・チャールズ・チャップマン、軍人役のコリン・ファースやベネディクト・カンバーバッチなど新旧の英国男優たちの起用にもメンデスのセンスが光る。(大森)
2020年2月14日より公開
「ジョジョ・ラビット」
ヒトラーに傾倒する10歳の少年というシリアスな設定を、夢と現実が混じりあう奇跡的なバランス感でポップに描く
舞台は、ナチスに支配された第二次世界大戦下のドイツの町。主人公は、ヒトラーユーゲント(ナチスの青少年組織)に入隊する10歳の少年と、設定自体はシリアス。しかし、ビートルズがドイツ語で歌う「抱きしめたい」が流れるオープニングから、めちゃくちゃ軽やかでポップなノリで突き進む。そのギャップが爽快。
主人公のジョジョと、目の前に現れる想像上のヒトラーとのふざけた会話や、ヒトラーユーゲントのユルい訓練や教官たちなど、基本はコメディで進むなか、じわじわと戦争のダークな影が忍び寄ってくる。そんな脚本の流れが秀逸だ。
子供目線で戦争をアイロニーに見つめる作風は、「ライフ・イズ・ビューティフル」など名作が多いが、今作の愛おしさと悲しさ、夢と現実のバランス感は奇跡的!ジョジョを演じたローマン・グリフィン・デイビスは、これが演技初挑戦とは思えない豊かな感情表現をみせ、天才子役を発見する喜びも味わえるだろう。
これは偶然だが、スカーレット・ヨハンソンのキャラクターの「ある日常の行動」が、心を締めつける要素となるのが「マリッジ・ストーリー」と共通。2作を観ることで感動が深まるのも、映画ならではのミラクルだ。(斉藤)
全国公開中
「スキャンダル」
実際に大手TV会社で起きたセクハラ事件を基に、今そこにある男女差別の実態をえぐり出した強烈なフェミニズム映画
2016年にアメリカのFOXニュースで実際に起こったセクハラ事件を、脚本家のチャールズ・ランドルフが掘り起こし、それがシャーリーズ・セロンの手に渡ったらどうなるか!? 映画は予想通り、否、予想以上に、依然燻り続ける男女差別の実態をえげつなく抉り出す強烈なフェミニズム映画となった。
最初にセクハラを訴えたベテランキャスターのグレッチェン・カールソンは左遷された恨みを抱え、やはりキャリアを手放したくない看板キャスターのメーガン・ケリーは躊躇し、新人キャスターのケイラ・ポスピシルは押し黙る。各々事情を抱えた女性たちが、メーガンが立ち上がったことで”Bombshell(爆弾)”と化していく時のカタルシスは半端ない。同時に、女vs女、男vs男の戦いもスルーせず描いている点がフェアだと思う。
最大の見せ場は、メイクアップアーティストのヴィヴィアン・ベーカーとオスカー受賞者の辻一弘がタッグを組んで、セロンをケリーに変えた変身メイク術。特に高いノーズラインと目に被る蓋は一見してセロンとは思えないほど。女優たちのメイク時とスッピン(という名のメイク)時で異なるルックス等、今や数少ない女性(女優)映画としての希少性を高く評価したい。(清藤)
2020年2月21日より公開
「フォード vs フェラーリ」
“打倒フェラーリ”をめざす二人の天才が友情を育んでいく様が、最近の映画が失ったまっすぐすぎる感動へと誘う
ル・マン24時間耐久レースでの、歴史に残る名勝負を描くので、カーアクション映画としての魅力は十分に備わっている。サーキットでの最速を体感させる映像はアドレナリンを上げるが、これまでの「ラッシュ/プライドと友情」などと違うのは、耐久レースなので、スピードだけではなく勝負の駆け引きで興奮を高めるところ。
しかし、この「フォード vs フェラーリ」の最大の持ち味は、2人の天才に育まれる友情ドラマだ。男同士の絆を、あくまでもドライに描ききったことで、逆に心にしみわたる。「ブロマンス」なんて表現は、今作には甘く感じることだろう。
かつてはレーサーだったが、カーデザイナーに転身したシェルビーは、誰かに最速を「託す」静かな闘志を燃やし、一方で最速を「託される」マイルズは、スピードにとりつかれた本能で行動する。対照的な2人が、時には子供のようにケンカをしながら「打倒フェラーリ」をめざす姿からは、最近の映画が失った、まっすぐすぎる感動に誘われるはず。
そして、狂気スレスレの天才をやらせたたら、やはりクリスチャン・ベールの右に出る者ナシ!買収劇や上司と部下の関係など企業モノとしても見どころが多い。(斉藤)
全国公開中
「2人のローマ教皇」
異なる意見を持って対峙する新旧ローマ教皇の融合と友情の物語で英国の2大名優が互角の演技合戦を繰り広げる
昨年来日し、日本国民の荒んだ心を撫でてくれたローマ教皇、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ。「2人のローマ教皇」がフォーカスするのは、2012年当時の教皇だったベネディクト16世が、新しい時代に適応できず混迷を極めるカトリック教会の運営に限界を感じ、ベルゴリオにその未来を託そうと説得を試みる数日間だ。
その過程で、変化は妥協と決めつけるベネディクトと、この世に変わらないものはないと断言するベルゴリオが、やがて、各々が抱えこむ悩みの本質を告白し合い、教皇としての孤独を分かち合うことになる。
その奇跡のような融合と友情の物語で、見た目も言葉もアルゼンチン人のベルゴリオを完コピし、彼が歩んだ母国での過酷な歴史にまで観客を誘うジョナサン・プライスのなりきりぶりが圧巻だ。
片や、ドイツ人らしい頑固さで教皇然とした風格を漂わせるベネディクト16世のアンソニー・ホプキンズも互角の熱演だが、手慣れ感がやや邪魔している。
そんな2人の演技対決と、ローマのチネチッタ・スタジオの中に、実物の1/3のシスティナ礼拝堂を作ってしまった美術が凄い。本物は常時観光客でごった返す礼拝堂で教皇が2人だけで語り合う場面は、セットとはいえ羨ましすぎる。(清藤)
Netflix 配信中
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
転換期の映画界の人間模様をユーモアと優しさを込めて見つめた、タランティーノ監督の新境地ともいえる勝負作
クェンティン・タランティーノが並外れた才能の持ち主であることに異論を唱える人はいないだろう。特に『イングロリアス・バスターズ』以降、スケールも大きくなってきたが、そんな彼の最も成熟した作品として多くの人の心をつかんだのが、この勝負作。69年のハリウッドを舞台にして、落ち目の西部劇スターと彼のスタントマンとの絆を描き、レオナルド・ディカプリオ&ブラッド・ピットという最高に贅沢な初共演も実現。
自身の能力の衰えを自覚して悶々とするレオ、消えゆく若さを意識しつつも、ただでは転ばないブラピ。ふたりのオヤジ演技が素晴らしく、特にブラピはアカデミー助演男優賞の最有力候補だろう。
転換期のハリウッドを舞台にしつつも、イタリアのB級映画へのオマージュもテンコモリ。このあたりには監督らしいオタク色も入っているが、時代はずれになりつつも、なんとか生きのびようとする主人公たちの描写が妙にエモーショナルで、人間的な味わいがあった。
また、この時代を象徴するシャロン・テート事件の顛末には監督の願望が託され、映画愛があふれる。当時の映画界の人間模様をユーモアと優しさを込めて見つめた新境地。オスカーの監督賞もけっして夢ではないはずだ。(大森)
第92回アカデミー賞授賞式は、2020年2月9日(現地時間)ロサンジェルスで開催。日本では2月10日午前8時30分よりWOWOWプレミアにて生中継される。