杉山すぴ豊
アメコミ系映画ライター。雑誌や劇場パンフレットなどにコラムを執筆。アメコミ映画のイベントなどではトークショーも。大手広告会社のシニア・エグゼクティブ・ディレクターとしてアメコミ映画のキャンペーンも手がける。
アメコミ史における画期的ヒーロー
アメコミ映画ファンにとって、最近最もショックだったのはチャドウィック・ボーズマンさんが天に召されたことでしょう。そう『ブラックパンサー』の主役。他にも多くの映画にも出ていますからこのヒーロー役だけをみて彼のすべてがわかったような気になってはいけない。けれどボーズマンさんがスクリーンに命を吹き込んだブラックパンサーにもう会えないなんて。改めてご冥福をお祈りいたします。
アメコミ史においてブラックパンサーが画期的だったのは初の黒人ヒーローだったこと。1966年のことでした。この時キング牧師らによる黒人への人種差別撤廃を求めた公民権運動がピークを迎えます。
こうしたムーブメントを受けてマーベルも黒人ヒーローを世に贈りだしました。ブラックパンサーのデビューの後、キャプテン・アメリカの相棒ファルコン、ニューヨークの街で活躍するルーク・ケイジ、吸血鬼ハンターのブレイド、X-MENのストーム(コミックではブラックパンサーと結婚したこともあり)らの黒人ヒーローがマーベルでデビュー。
DCも3代目グリーン・ランタンとして黒人のジョン・スチュワートが登場。いまアメリカで再び起きているBlack Lives Matterをみても思うのですが人種問題というのは、日本人にはわからないぐらいとても大きく根深い。まして60年代に黒人ヒーローを世に出す、というのは大英断だったでしょう。
その一方でブラックパンサーは多くの黒人ヒーローと決定的な違いがあります。ファルコンやルーク・ケイジがアフリカ系アメリカ人であるのに対し、ブラックパンサーことティ・チャラはアフリカのワカンダの国王ということ。
つまり彼はアフリカという国をしょっている。従ってブラックパンサーを演じる人にはアクション・ヒーローとしてのかっこ良さに加えて、国王としての気品が求められます。僕はボーズマンさんのティ・チャラを観た時、その優しい眼差しが印象的でした。
ブラックパンサーの爪はなんでも切り裂きますが、ティ・チャラは敵を赦す懐の深さをもっています。きっとあの眼が決め手で起用されたのでしょう。ボーズマンさんの訃報が流れた時、『ブラックパンサー2』がどうなる?的な記事がほとんど出なかった。なぜか? 代役なんて誰も考えたくないから。
だからしばらくして出た噂で“続編ではティ・チャラの妹シュリがブラックパンサーを襲名する”というのが歓迎されたのもよくわかるのです。“ブラックパンサー”は誰かに引き継ぐことはできても、ティ・チャラは永遠にチャドウィック・ボーズマンさんであって欲しいから。
MCUは今後、ヒーローの襲名という縦糸のつながりでワクワクさせてくれそう
さてボーズマンさんのこととは関係なくシュリの噂はありうると思います。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)全体で若いヒーローをデビューさせる動きがあるのは事実。
MCUドラマの『ホークアイ』ではヘイリー・スタインフェルドが2代目ホークアイを演じ『ミズ・マーベル』は10代の少女ヒーロー、カマラ・カーンが主役(彼女はキャプテン・マーベルの弟子みたいなもの)。
映画『ドクター・ストレンジ』の続編ではワンダとヴィジョンの間の子どもでウィッカン(現実改変能力を持つ)とスピード(超スピードで動く)の兄弟やミス・アメリカ(異世界から来たスーパー少女)が登場すると言われています。こうなるとトム・ホランドのスパイダーマンがベテランの域(笑)。
マーベルのコミックの方には少女がアイアンマンの後を継ぐアイアン・ハート、宇宙の若者ヒーローであるノヴァ、アントマンの娘アントガールとまだまだティーンのヒーローが多い。これらもMCUでフィーチャーされる可能性は大。
ヒーローを演じる役者を若返らせてMCUを続けるのではなく、2代目3代目みたいにして継続をはかっていく戦略のよう。MCUはヒーロー映画同士をつなげるという横の広がりでワクワクさせてくれましたが今後はヒーローの襲名という縦の糸で楽しませてくれそうです。