「ノー・タイム・トゥ・ダイ」で5度目のジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグ。思えば彼の第1作「カジノ・ロワイヤル」公開から10数年、当初の不評を跳ね返して世界中が望むボンドになったのはクレイグの努力の賜物。そんな彼が演じてきたスーパー・エージェント=007の道のりを新作を観る前に振り返っておきましょう。(文・相馬学/デジタル編集・スクリーン編集部)

ボンド役就任当初は多くの007ファンから不満の声が続出したクレイグだが……

「ノー・タイム・トゥ・ダイ」を最後にジェームズ・ボンド役を降板すると言われているダニエル・クレイグ。6代目ボンド俳優となり、その活動期間は21作目の「007 カジノ・ロワイヤル」(2006)から、早いもので10数年。シリーズにおける主演作品数ではショーン・コネリーやロジャー・ムーアにはおよばないものの、ボンド俳優だった期間に関して言えば先輩たちを上回っている。

それはもちろん、観客の支持があったからこそ。実際、クレイグが主演を務めた作品は、いずれも前20作を上回り、いずれも世界興収5億ドル以上。23作目の「007 スカイフォール」(2012)は10憶ドルを突破するという記録を打ち立てた。なぜ、こんなにもクレイグ版ボンドが愛されたのか? シリーズを振り返りながら、その魅力に探ってみよう。

画像: 最初は未熟なルーキー・スパイだったボンド

最初は未熟なルーキー・スパイだったボンド

そもそもクレイグが6代目ボンド俳優に抜擢されたとのニュースが広まったとき、シリーズのファンからは不満の声が聞かれた。ボンドは金髪じゃない! 長身の俳優じゃないとボンドはダメ! 若すぎる! ……ファンはわがままなもので、それぞれにボンドのイメージを持っている。

確かに、これまでのボンド俳優に比べるとイメージは違っていたが、映画が公開されるや、そんな落差をクレイグは吹き飛ばしてしまう。

初登場はシリーズ21作目「007 カジノ・ロワイヤル」(2006)。注目すべきは、本作のボンドが〝ダブル・オー〞のコードネームをあたえられたばかりの新米スパイであることだ。

画像: MI6の上司Mも新人ボンドにヒヤヒヤさせられていた 「007 カジノ・ロワイヤル」(2006)より

MI6の上司Mも新人ボンドにヒヤヒヤさせられていた

「007 カジノ・ロワイヤル」(2006)より

それまでのシリーズでは、ボンドは最初から腕利きのスパイとして登場していたが、本作の冒頭ではまだ〝007〞になっていない、いわばシリーズでもっとも青二才のボンド。派手に暴れたために、ジュディー・デンチふんする上司Mに咎められるのはまだしも、ヒロイン、ヴェスパーと恋に落ちたことから早々にスパイを辞めようとするのだから、若気がフライングしすぎ⁉

ボンドが初任務で出会い恋におちたヴェスパー

ともかく、ヴェスパーは命を落とし、ボンドは諜報の世界の非情な側面を学んでいく。そういう意味では、ボンドが真のプロフェッショナルになるまでの物語ともいえるだろう。

Mとは次第に親子のような関係を築き、“スペクター”首領との意外な関係も発覚

画像: 犯罪組織クォンタムと闘うことになったボンド

犯罪組織クォンタムと闘うことになったボンド

続く22作目「007 慰めの報酬」(2008)は、ヴェスパーの命を奪った謎の国際犯罪組織クォンタムと、その幹部を追う物語。裏切り者を捕えずに殺したり、余計な死体を出したりと、ボンドの勇み足は相変わらずMをイラつかせているが、彼らの関係は次第にヤンチャな息子と厳しい母親の構図のようにも見えてくるのが味。

画像: ミスター・ホワイトを捕らえMの元に連行するが…… 「007 慰めの報酬」(2008)より

ミスター・ホワイトを捕らえMの元に連行するが……

「007 慰めの報酬」(2008)より

そんな〝親子〞の葛藤が23作目「007 スカイフォール」(2012)で、さらに緊迫化。任務中の危機の際にMに見捨てられたことが、ボンドの心にしこりを残す。面白いのは、敵もまたMI6に見捨てらた過去を持ち、Mを憎んで復讐を企てる元スパイであること。

画像: Mに見捨てられた元MI6諜報員シルヴァが敵になる

Mに見捨てられた元MI6諜報員シルヴァが敵になる

画像: 狙われたMを守るためボンドは自身の故郷に戻ることに 「007 スカイフォール」(2012)より

狙われたMを守るためボンドは自身の故郷に戻ることに

「007 スカイフォール」(2012)より

ボンドの戦いは、さながら自分の心の闇と戦っているかのようだ。クライマックスはMを守るためのバトル、さらにはMとの死別に発展し、エモーショナルな展開を見せた。

続く24作目「007 スペクター」(2015)は、それまでクォンタムの名で知られていた犯罪組織がスペクターであることが判明する。子どもの頃、孤児だったボンドはとある家庭の養子になり愛情を注がれるが、それに嫉妬して彼を恨み続けた当家の実の息子が、スペクターの首領オーベルハウザー。すなわちボンドは、かつては義理の兄弟だった男と戦うことになるわけだ。

画像: ボンドの前に現われた敵はかつて彼が知っていた人物だった

ボンドの前に現われた敵はかつて彼が知っていた人物だった

画像: ボンドはミスター・ホワイトの娘マドレーヌと恋に落ちるが 「007 スペクター」(2015)より

ボンドはミスター・ホワイトの娘マドレーヌと恋に落ちるが

「007 スペクター」(2015)より

一方で、「007 カジノ・ロワイヤル」(2006)「007 慰めの報酬」(2008)に登場したスペクターの元幹部ミスター・ホワイトと取引したボンドは、組織の情報と引き換えに、彼の愛娘マドレーヌの命をスペクターから守ることになり、さらには恋仲にもなる。ミスター・ホワイトがかつてヴェスパーを殺したことを思うと、この展開はかなりドラマチックだ。

未熟なルーキーだったボンドが成長していく姿に観客も人間的な魅力を感じるように

ざっとこれまでのクレイグ版の歩みをたどってみたが、振り返るとボンドのスパイとしての成長を描いてきたことがよくわかる。未熟なルーキーだったボンドが、さまざまな経験を積んでスキルを広げ、精神面も強くなり、ついにはラスボスに立ち向かっていくという流れ。観客は、その姿に人間的な魅力を感じた。

先にも述べたように、それまでの『007』シリーズでは、ボンドは登場した瞬間から、すでに完璧なスパイ。2代目ジョージ・レーゼンビーの「女王陛下の007」(1969)を除けば、危険な世界で生きていることを自覚しているために、女性と本気で恋に落ちることはなかった。

そんなクールなスタイルは、それはそれで魅力的で、観客にしてみれば憧れの対象だった。その点、感情が優先することもあるクレイグ版ボンドは、憧れだけでなく共感をも抱けるキャラクターなのだ。

ボンドの成長をたどるという点で物語を続き物にしたのもクレイグ版の特徴で、それまでのほぼ一話完結で、どの作品から見ても楽しめる作りとは、少々異なる。しかし、何より異なるのはリアリズムだろう。『007』シリーズは時として荒唐無稽な方向に走り、「007は二度死ぬ」(1967)「007 ムーンレイカー」(1979)「007 ダイ・アナザー・デイ」(2002)のような豪快過ぎて笑える作品が生まれることもある。

それもボンドがユーモラスで、スーパーヒーロー的な活躍を見せるからこそ映えるのだが、さすがにシリアスなクレイグ版ボンドには似合わない。ドラマはもちろんアクションも、生身の人間であることを強調。殴られれば痛いし、戦えば傷だらけにもなる。これは、まさにクレイグ版ボンドのみの持ち味だ。

注目の新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」がどんな内容なのかは、この原稿を書いている時点はわからない。しかし、マドレーヌとのロマンスが大きな要素となるのは予告編からも察しが付く。先代までの超人のようなキャラクターではない、人間=ジェームズ・ボンドを体現してきたクレイグの花道を見届けたい。

画像1: 新作を観る前にプレイバック!ダニエル・クレイグ版007の道のりとは?
画像2: 新作を観る前にプレイバック!ダニエル・クレイグ版007の道のりとは?
画像3: 新作を観る前にプレイバック!ダニエル・クレイグ版007の道のりとは?
画像4: 新作を観る前にプレイバック!ダニエル・クレイグ版007の道のりとは?

「007 カジノ・ロワイヤル」
「007 慰めの報酬」
「007 スカイフォール」
「007 スペクター」

2020年11月11日より発売
ブルーレイ/¥2,619(税込)DVD /¥1,572(税込)
発売:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売:NBCユニバ-サル

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