〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。いまさらながら「普通に」生きる、「普通に」暮らすことの大切さを実感する毎日です。
金子裕子
映画ライター。『ノマドランド』もいいが、豪華ハリウッド映画が見たい。『007』『トップガン』が待ち遠しい。
松坂克己
映画ライター・編集者。コロナ禍でハリウッド大作はなかなか公開されないが、こういった小品も好みです。
土屋好生オススメ作品
アンモナイトの目覚め(2020)
時代を先取りしたように女性たちの抑圧からの解放と自由を体現する2大女優が絶妙
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
1840年代、英国南西部の海辺の町。老母と暮らす古生物学者(ウィンスレット)はそこで見つけたアンモナイトの化石で細々と生計を立てていた。そしてある時そこを訪れた、夫が化石収集家の若い妻(ローナン)と出会う。
何ともはや重厚にして格調高い寓話のような実話のようなお話である。化石となるべく長い長い眠りについていたアンモナイトという化石動物の気の遠くなるような時間の流れと、その化石のようにかたくなに自分の殻に閉じこもり、ひたすら自分自身との対話に明け暮れてきた孤独な女性の時間の流れ。
その2つの時間軸が交錯するとき、そこに男性優位社会を痛撃する極めて人間的な心の叫びが火花となって飛び散るのだ。それはまるで燎原の火のようにメラメラと燃え広がっていくのだが、その火勢の激しいことこの上ない。
それにしても時代を先取りしたような、抑圧からの解放と自由を体現するケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンという演技派2人を起用したフランシス・リー監督の絶妙なキャスティングをまず褒め称えなければなるまい。
そしてそれに応えてあの映画史に残る『タイタニック』(1997)とは別人のように変身し成熟したケイトの抑制の利いた演技も一見の価値がある。
金子裕子オススメ作品
ブータン 山の教室(2019)
「あなたにとって本当の幸せは?」と問いかけてくる心洗われる一作
評価点:演出4/演技4/脚本4/映像5/音楽5
あらすじ・概要
現代のブータン。ミュージシャンになる夢を抱く教師ウゲンだったが、僻地への赴任が決定。1週間かけて到着した村は電気も電話も通じない非文明の地。が、村人たちの温かい眼差しが、彼を待ち受けていた。
都会育ちの新米教師が、電気も通わない僻地の村に赴任。自然と共存する村人との交流の中で〈幸せ〉の意味を知る……。ストーリーは極シンプルでも、込められた想いは深淵だ。
舞台は、「国民総幸福の国」と称されるブータンの最・僻地。同じ国に生まれ、それなりに伝統と文化を守りつつも、幸せの基準は人それぞれ。
ましてや、急速に押し寄せる近代化の波には抗えない。そこで問いかけられるのが、「あなたにとっての、本当の幸せとは?」なのだ。
教材も黒板もない教室で、「未来に導いてくれる先生」を見つめる子供たちの瞳の輝き! こんな目で見つめられたら、誰だって「応えたい」と思う。
そう、村に到着した途端に「無理。帰る!」と弱音を吐いた教師でも、学ぶ楽しさを教えようと工夫をこらして張り切らざるを得ない。教室には、眩しいほどの幸福感が満ちている。
パオ・チョニン・ドジル監督は世界中を旅した写真家。シンプルながら尊い村人の暮らしぶりや荘厳な山々を透明感漂う映像で描き出す。まさに、心洗われる一作。
松坂克己オススメ作品
パーム・スプリングス(2020)
タイムループものの新たな変奏で新機軸を見せたラブコメ
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像5/音楽4
あらすじ・概要
妹の結婚式のためカリフォルニア州の砂漠の保養地パーム・スプリングスにやって来たサラ。式の前日の夜にナイルズという男と関わったことから、サラはタイムループに巻き込まれてしまい同じ日を繰り返すハメに…。
同じ日を何度も繰り返すタイムループものと言えば、古くは『恋はデジャ・ブ』(1993)、最近では『ハッピー・デス・デイ』(2017)や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014)が思い浮かぶが、このテーマをちょっとシニカルにひねった可愛らしい傑作が誕生したと言えるだろう。
主演の二人は日本では馴染みが少ないが、それがかえって功を奏している。“あのスターがこんな役を”ではなくすんなり設定に入っていけ、役者への先入観なしで展開を楽しめる。
面白いのは映画が始まった時点ですでに男性のナイルズはループにはまっていて同じ日を数え切れないほど繰り返している点で、新たにループにはまり込む女性サラの指南役として機能する。
ナイルズの達観した行動と、サラの慌てふためく様子の対比が見どころの一つ。ナイルズを付け狙うワケあり男役のJ・K・シモンズも印象的。
心理学や量子力学を隠し味に、ネイティブ・アメリカン的哲学や禅の公案の要素も垣間見られるが、人生がうまく行っていなかった男女の異常な状況下でのラブコメとして、新機軸を確率した作品と言っていい。