〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。「オンライン試写」がやたら増えているような気配。結果、アルコールについ手が出てしまい…。
永 千絵
映画エッセイスト。ほとんど外に出ない生活が一年半、歩けない老犬と部屋の中をぐるぐる散歩する毎日。
北島明弘
映画ライター。日本のミステリー映画に熱中し、名画座やCATVで旧作を見まくってます。
土屋好生オススメ作品
グンダーマン 優しき裏切り者の歌(2018)
炭鉱で働きミュージシャンの顔もあった東独スパイの罪と責任を克明に掘り起こす
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像3/音楽5
あらすじ・概要
第2次大戦後に成立した社会主義国家の東ドイツにボブ・ディランを彷彿させる人気のシンガー・ソングライターがいた。しかも彼の裏の顔は秘密警察に協力するスパイだったという衝撃的な事実が明らかに。
昼間は真面目な炭鉱の労働者。夜になるとギター片手に自作の歌を披露する評判のミュージシャン。この男が何と「シュタージ」と呼ばれる東ドイツ秘密警察のスパイだったというのだから、実話とはいえこれはもう想像の域を超えている。
もちろんスパイといっても職場の同僚や友人たちの監視役のような存在で、実は彼自身も当局から監視される身の上。旧東独出身のアンドレアス・ドレーゼン監督はピエロのようなこの男の矛盾に満ちた生涯の罪と責任を克明に掘り起していく。
とまあ映画はこの男を通して東ドイツ社会の闇の部分に迫るのだが、瞠目すべきはこの男グンダーマンを演じるアレクサンダー・シェーアの、本人と見まがうほどのリアルな演技。ほとんど出ずっぱりの活躍なのだが、さらに観客の心を鷲づかみにする熱唱の数々には舌を巻く。
本人自ら全曲をカバーしているそうだが、今は亡きグンダーマンの魂が乗り移ったような迫力で、終始そのパワーに圧倒された。
©2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH & Co. Filmproduktions - und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg
永 千絵オススメ作品
ハイゼ家 百年(2019)
ある一家の私的な記録が20世紀ドイツ史を紡ぎだす驚嘆すべきドキュメンタリー
評価点:演出5/演技-/脚本5/映像5/音楽3
あらすじ・概要
旧東独出身のドキュメンタリー監督T・ハイゼが、祖父母、両親、そして自身の私的な記録を基に、ハイゼ家の百年を振り返る。監督によって語られる究極の個人史は、実は故国ドイツの壮大な歴史でもあった。
驚くことに、まったく長くない3時間半のドキュメンタリー作品『ハイゼ家 百年』で一番印象に残ったのは、絶滅収容所に送られるユダヤ人の名前がリストとして延々、映しだされる場面だった。
生き延びた者もいたには違いない、けれど大方が死を予定された者の名前が並ぶ。“几帳面”というのは、一般的にはホメ言葉で、長所のひとつとも思うが、人ひとりもとりこぼすことなく作成されたと思われるリストに表れたドイツ人(ナチス・ドイツというべきか)の几帳面さに背筋が凍る思いがした。
トーマス・ハイゼ監督は自身もふくめ、祖父母、両親の私的な日記、手紙、写真、録音(この世から消えていった文字や思い、記憶があることも思えば、二度の大戦、東西分断を経て、こういうものがきちんと残っていることにも驚かされる)などを、これも“几帳面”につないで20世紀ドイツ史を紡ぐ。
手紙、日記を監督自身が淡々と読みあげていくなか、個人的な資料と視点から一国の歴史をたどることが、ここまでドラマティックであることにも驚嘆する。
©ma.ja.de filmproduktions / Thomas Heise
北島明弘オススメ作品
ジェントルメン(2019)
大麻をめぐる三つ巴の闘争劇をガイ・リッチー監督が期待にたがわぬ手腕で描く
評価点:演出5/演技4/脚本4/映像5/音楽4
あらすじ・概要
大麻王が引退を表明した途端、命を狙われ、秘密の大麻畑が襲撃された。大麻ビジネスをめぐるさまざまなトラブルが発生し、ネタを売り込む三流記者を含めて全員ワルという登場人物たちの運命が二転三転していく。
世界スケールでの興行を考えると、イギリスで製作しても、主役にハリウッド・スターを起用するのは当然のこと。マシュー・マコノヒー扮する大麻王マイケルをアメリカからの留学生にして、無理なくアメリカ人を主役に。
マイケルは学業そっちのけで大麻を売りまくり、ジェントルメンが支配するイギリス社会に食い込んでいた。大麻ビジネスからの引退を決意したマイケル、信用できぬ売却予定先、さらに中国マフィアが割り込んできて三つ巴の闘争に。
三流記者が調査したことをシナリオに仕立てて、まるで映画企画を売り込むように話を進めていくのを大枠にして、三サイドそれぞれの視点から描く多層構造、波瀾万丈のストーリー展開が楽しい。脇役にも際立った性格付けがされ、キャスティングの妙、語り口の巧みさに感嘆させられた。
アクション・スリラーを撮らせたらイギリス一といって過言ではないのが、本作を監督したガイ・リッチーだ。プレッシャーもなんのその、期待を裏切らぬ作品を作り上げた才能には脱帽するほかはない。
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