“不”動産から“可”動産へ。どこでも暮らし、どこでも働ける。
『ノマドランド』に登場するノマドたちと、渡鳥ジョニー氏のライフスタイルには、「どこで暮らしてもいい」「どこにいても働ける」「不動産を持たない」という共通点がある。十数年前から様々な土地を巡るノマドライフを経験し、2年ほど前から八ヶ岳を拠点に暮らしている渡鳥氏がこの生活を選んだ理由のひとつに、不動産業界で働く父の姿があった。父の仕事ぶりを通し、不動産のために生涯をかけて働くという多くの日本人のライフスタイルに疑問を感じた彼は、自然と不動産から離れていったそうだ。
幼少期は引越しが多く「地元がなかった」という渡鳥氏にとって、バンライフ=ノマド生活は受け入れやすいものであり、「どこでも暮らせるし、どこでも働けると気付いて。また、東北大震災の影響もあって、いつの間にか“不”動産から“可”動産(バンライフ)へ辿り着いたんです」と語る。
進学や就職をきっかけに都会に住む選択をした人々で、ホームタウンには戻らない選択をする人は多い。そのうえさらに、東日本大震災やコロナ渦を経て、都会での高コストな生活の魅力が薄れたことにより、居住地の選択はさらに多様なものとなった。
『ノマドランド』は、どこの国でも誰でも変わらず、不動産が経済的だけでなく自由な行動も縛るひとつの原因としても描かれている。本作は、不動産の存在に縛られず、可動産をうまく活用しながら、自分の思うまま自由に生きていく方法を提示しているとも言える。
“ホームレス”ではなく、“ハウスレス”そして“ホームフル”。
ファーンと背景は全く違うものの、バンライフという点は共通する渡鳥氏は、特に主人公ファーンの「ホームレスではなく、ハウスレスよ」という言葉にとても共感したという。ノマド生活を始めた彼女が、道中で出会った過去の教え子(ファーンは代替教員として働いていた過去がある)に「ホームレスなの?」と聞かれた時に答える印象的なシーンだ。
また、「“ハウスレス”だけど、“ホームフル”なんです」と語る渡鳥氏は、「ハウスは“建物”、ホームは“心の拠り所”である」と言い、バンライフを始めたときから“ホームフル”だと思っていたという。「僕のバンライフも孤独で生きる訳ではなく、色々な人がいる場所で暮らし、その上でプライベート空間も確保しながら、行きたいところへ行く。居場所としてのホームが様々な土地に出来ていって、それを主人公のファーンに重ねて見ていた」そうだ。
映画の最初のシーンでは、自身の状況をまだ受け入れ切れておらず、ホームレスという言葉をただ強く否定するように“ハウスレス”と返していたファーンだったが、ノマド生活を通してその素晴らしさを体験することで、“こういう生き方も在る”という答えに辿り着く。
本作は家を失うことについてネガティブには描いていない。この展開に関して、渡鳥氏も「自分の中で消化しきれていなかった“ハウスレス”を、最終的に自ら選択した流れはとても面白かった」と、本作の気に入ったポイントとして挙げている。
何を持って、何を捨てるのか。人生や人柄をも表す“断捨離”。
ノマド生活で避けられないことが、断捨離だ。映画ではファーンが高校時代に父親から譲り受けた食器をバンの中で大切に持っているシーンが描かれているが、これも渡鳥氏にとって印象的なシーンのひとつだった。
「バンに何を持ち込むのか?を選択することで、その人の人柄がとても良く見える。ファーン以外のノマドたちにもそれぞれの断捨離があり、人生や自分自身が投影されている」というのだ。
彼自身もスーツケース2つでバンライフをスタート。そのころ、真っ先に不要なものを考えたのだとか。「生きていると知らない間に色々なモノに囲まれてがんじがらめになってしまう。たしかに不便な面もあるが、身軽なことはとても自由。絶対的に譲れないもの以外はシェアで良く、例えば僕は真っ先に“自分専用のトイレ”が不要だと気づきました(笑)」。
みんなが違って、みんないい。それぞれの生き方を肯定してくれる映画。
「最初は、中高年の貧困映画で喪失感を描いた作品だと思っていました」という渡鳥氏。しかし本作を鑑賞後は「ただの貧困を描いた作品ではない、ポジティブな印象を抱いた」そうだ。
これこそ本作のテーマであり、プロデュースも手掛けた主演俳優フランシス・マクドーマンドが原作に惚れ込んだポイント。ノマドの人々はそれぞれに抱えていることが異なり、問題も多々あるが、いずれにしても「みんな違って、みんないい」のが特徴なのだ。
一方で、渡鳥氏はアメリカと日本ではノマド生活の認識に違いがあることを指摘している。「いま流行っているようなバンライフは、いわゆる“絶景”や“(インスタ)映え”を起点に広がった部分が大きいと思うが、本作は違う。美しい自然をポイントにしている点では共通しているものの、描かれる暮らしや背景は同じではなかった」
日本のノマドライフは、あくまで「自分らしく生きるための選択」だが、本作は「不可抗力によってなってしまった生き方を受容する」物語。彼らの生き方や環境を肯定し、何よりも「彼らが幸せであること」を切り取ったことが、本作が唯一無二の作品である所以だろう。
日本人にこそ見て欲しい作品。
どのような人にこの『ノマドランド』を見てほしいか尋ねると、「日本人」との答え。なぜか?
日本人だって建物の「ハウス」よりも、「ホームフル」を大切にしているはずだということ。そして、実際の日本でも、誰がいつファーンになってもおかしくない状況はあるということだ。「多くの人はこの映画を見てリアリティを感じないかもしれない。ただそれは、“感じたくない”だけのかもしれません。映画にも“時間を無駄にするな”とか“自分を信じろ”というメッセージがありますが、それに蓋をしているのが現代人かもしれない。でも、ここ最近の生活で感じる喪失感や孤独などを振り返って考えてみると、とてもファーンに共感できると思います」
自分が存在すべき“ホーム”を探し様々な土地を柔軟に移りゆく本作のノマドたちは、その解決策の指標になるのではないだろうか。渡鳥氏もおおいに共感したという、ファーンの愛車「ヴァンガード(=先駆者)」や「ノマドは開拓者である」というセリフなど、映画に散りばめられたメッセージにも、それが示されている。
日本において、ノマドライフはまだポピュラーとはいえないし、本作に出演しているノマドの生き方を全肯定する人も多くないかもしれない。だが、定住地を持たない暮らしは、自分らしい生活を送るための選択肢としての存在感は増している。それは渡鳥氏が語ってくれた「ハウスレスだがホームフル」という言葉に象徴されるように、QOLを考えるうえで重要なポイントが含まれるからだろう。少ないセリフのなか、ミニマルライフだが豊かな暮らしをする喜びを読み取ってほしい。
渡鳥ジョニー
LivingAnywhere Commons 八ヶ岳北杜 プロデューサー
千葉県生まれ、関東1都3県ノマド育ち。
2010年以降、熊本や北海道などの地方を巡り、2018年よりバンライフをスタート。
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文・よしひろまさみち
映画ライター・編集者 雑誌、Webを中心に、テレビ、ラジオでも活躍中。
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企業の倒産とともに、長年住み慣れた企業城下町の住処を失った女性、ファーン。彼女の選択は、一台の車に亡き夫との思い出を詰め込んで、車上生活者、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩くことだった。毎日を懸命に乗り越えながら、往く先々で出会うノマドたちとの心の交流とともに、誇りを持った彼女の自由な旅は続いていく… 大きな反響を生んだ原作ノンフィクションをもとに、実在のノマドたちとともに新しい時代を生き抜く希望を、広大な西部の自然の中で発見するロードムービー。
『ノマドランド』
デジタル配信中/ブルーレイ+DVDセット発売中
© 2021 20th Century Studios.
発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/nomadland