〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。まったく見通しのつかない「withコロナ」の日々。分断から破滅へ。いつまでもワクチンのみが頼りとは…。
永千絵
エッセイスト。16歳の老犬を看取った。犬が一緒に歩いて(歩かせて?)くれたから散歩って楽しかった、と実感。
まつかわゆま
シネマアナリスト。オンライン開催になった国内の映画祭をハシゴして見まくる日々です。
土屋好生オススメ作品
Our Friend/アワー・フレンド
がん、不倫などの要素を含みながら何事も悲劇として捉えず人生の一コマとして描く
評価点:演出4/演技4/脚本3/映像4/音楽3
あらすじ・概要
家を空けることの多い国際派ジャーナリストの夫と末期がんで闘病中のその妻に、2人のよく知る親友が絡む。果たして彼は家族同然のこの一家に溶け込むことができるか。全米雑誌賞を受賞したジャーナリストの実話。
ひとことでいえば、がんに冒された妻をめぐる夫とその親友の友情物語。そこには不倫のにおいが漂うし、死に至る病としての悲劇的な恋愛物語さえ想像してしまうが、ここでは徹底して悲劇を避け、ある一家の人生の一コマとしての出来事を淡々とつづっていく。
そう、ここでは何事も悲劇としてとらえずあるがままの自然体の物語として前へ前へと進んでいく。主人公のジャーナリストもその妻も、2人にとっての親友も。しかし死以外ドラマチックなことは何一つ起こらなくとも、そこには3人の心の絆がさり気なく描かれているのは監督と脚本家の意図したところだろう。そのさり気なさの中に潜む人生の真実!
複雑に絡み合うこの3人の物語に息を吹き込んだのは俳優陣の素晴らしい演技だろう。なかでも最近メキメキと頭角を現してきたケイシー・アフレックがいい感じ。終始曖昧さを残しつつそれでいて勘どころを押さえた役づくりはさすがアカデミー賞(主演男優賞)受賞者だけのことはある。
©BBP Friend, LLC-2020
永千絵オススメ作品
サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~
聴力を突然失ったミュージシャンの状況を驚くほどリアルに描写する
評価点:演出5/演技5/脚本4/映像4/音楽5
あらすじ・概要
ドラマーのルーベンはある日、耳の不調に気づく。高額手術か、聴力障碍を受けいれるか。恋人ルーの勧めで、ろう者の支援グループに参加した彼は、聴力と、離れていったルーとを取り戻す希望も失ってはいなかった・・・。
今年のアカデミー賞6部門で候補になり音響賞と編集賞を受賞したこの作品、主人公のルーベンはミュージシャンだ。異変は突然起こった。ぷつっとスイッチを切ったように周囲の音が聞こえなくなる。
しかも、まったくの無音ではなく、水中みたいに、すべての音がもわもわとこもって響く。似たような経験のある者として、この場面は、本当にリアルで驚いた。前触れもなく周囲の音すべてがトーンダウン、耳をすましても音がつかめない。その瞬間は、大げさではなく、知らない世界に引きずりこまれたような感覚に襲われる。
音楽を生業とする青年に、これ以上の悲劇はないだろう。が、ふたつ重要な点がある。彼の演奏楽器が振動を伴うドラムであること、そして、彼が望めば(費用はかかるが)人工内耳で“音サウンド”を取り戻すこともできなくはないらしい、ということ。“聞こえるということ”という副題は不要かとも思ったが、聴力に問題のない人がこの映画を観て“聞こえないということ”を実感できるとしたら、素晴らしい。
© 2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
まつかわゆまオススメ作品
ONODA 一万夜を越えて
29年間ジャングルに身を潜めた日本兵を通して“人間の根源的な何か”に迫る
評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
1974年終戦を信じずにフィリピン・ルバング島のジャングルでゲリラ戦を続けた小野田寛郎少尉が帰国した。彼はどう生き延び、なぜ戦い続けたのか。フランス人監督が小野田の30年間に迫り解釈した物語。
「『宝島』や『闇の奥』のような冒険映画を撮りたいと思っていた」アルチュール・アラリ監督。7年ほど前、父から小野田のことを聞き、「彼の神話的な強さに惹かれ、また内なる共感を感じて」リサーチを重ねた。そして、29年間ジャングルに隠れながらのゲリラ暮らしを「本当にあった神話」即ち「あり得ないが本当にあったこと」ととらえ、事実を物語にすり合わせながら、小野田の出征から帰還までを描いた。
監督にとって小野田は冒険物語の主人公だった。が、事実では兵士のリーダーとして小野田は地元民を殺す“森の悪魔”でもあったことも描く。そんな小野田の仲間を“森”が連れ去る。最後の仲間を、アラリは警官隊の銃でなく地元民の弓矢で射殺し、森の中に引きずり込ませる。残された小野田の圧倒的な孤独と怖れ。ただ一人になって残る「人間の根源的な何か」を監督は描きたかったのだ。
帰国後も「最後の情報将校」イメージを壊せなかった小野田の“内面”をむき出しにしてみせたのが『ONODA』なのだと思う。
©bathysphere - To Be Continued - Ascent film - Chipangu - Frakas Productions - Pandora Film Produktion - Arte France Cinéma