2022年3月27日(現地時間)開催の第94回アカデミー賞に向けて、ただいま全米の賞レースが盛り上がっている真っ最中。様々な話題作がノミネーション候補(2月8日発表)の噂に挙がってきています。そこでいまどんな映画、演技に注目すべきかを先取りチェック。まずは近年のオスカーで受賞&ノミネート数の躍進ぶりが著しいNetflix作品の有力作品群にスポットを当ててみましょう。

今度のオスカーを狙うNetflix作品レビュー集

『ドント・ルック・アップ』
── 巨大彗星の地球衝突騒動によって現代社会のメタファーのような事態が続く風刺喜劇(文・松坂克己)

画像: Netflix映画『ドント・ルック・アップ』独占配信中

Netflix映画『ドント・ルック・アップ』独占配信中

巨大彗星が地球に衝突する、というシリアスな出来事を扱っているが、それをブラックコメディとして描いているのがこの作品だ。レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンスの主演、脇としてメリル・ストリープ、ケイト・ブランシェット、マーク・ライランスというオスカー演技賞受賞者を集め、さらにティモシー・シャラメ、ジョナ・ヒル、ロン・パールマン、アリアナ・グランデらの人気者が出演するオールスター映画として話題になっているが、もう一つ注目したいのは監督・脚本・共同製作のアダム・マッケイだ。

マッケイは近作として『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)『バイス』(2018)といった事実に基づくドラマをコミカルな作風で送り出してきたが、元々『俺たちニュースキャスター』(2004・日本はDVD公開)『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(2010)のようなはちゃめちゃなコメディを得意とする監督で、今回の作品もその系譜に則った風刺性、問題提起にあふれた作品だ。

落ちこぼれっぽい天文学教授(ディカプリオ)とその教え子の大学院生(ローレンス)が新しい彗星を発見、軌道を計算すると地球を直撃するらしい。二人は大統領(ストリープ)に直訴するが、彼女は息子の補佐官(ヒル)ともども支持率とスキャンダルばかり気にして取り合おうとしない。モーニングショウに出演しても芸能トピックス以下の扱い、女性司会者(ブランシェット)は天文学者に粉をかけてくる始末で、人類への警告は空回りするばかりというのが可笑しく情けない。

さらに事態が進展すると、彗星の資源獲得を優先して破壊を先延ばししたり、科学的に検証されていない技術を使おうとしたり、まさに現代社会のメタファーのような事態が連続する。救いのないエンディングまで含めて、マッケイ監督は細かなエピソードの積み重ねで、権力者や富豪のような勝ち組のどうしようもない本性を浮き彫りにしているのだ。

『The Hand of God』
── 現代イタリアの巨匠ソレンティーノ監督の初となる自伝的映画は若者に向けた希望の物語(文・清藤秀人)

画像: Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

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『グレート・ビューティー 追憶のローマ』(2014)や『グランドフィナーレ』(2016)など、“老境”について掘り下げてきたパオロ・ソレンティーノが、一転、故郷のナポリで過ごした自らの少年時代を振り返る。『なぜ?』と思ったらその答えが、『今、厳しい時代を生きる世界中の若者たちに希望を与えたかった』であった。でも、フェデリコ・フェリーニの数少ない後継者という以前に、ルネッサンス(自分の作りたいものを作るという芸術革命)の心意気を受け継ぐソレンティーノが描く初の自伝映画は、やはり凡庸な回顧録にはなっていない。

ソレンティーノの分身である少年、ファビエットが密かに憧れる美しい叔母が、沈黙する大家族の前で裸体のままボートの上で寝転がるとある夏の日、向かいのカプリ島に出かける途中ですれ違った高速ボートの船底が、水面をかするシュッシュッという音、結婚して長いのに今も口笛で愛を確かめ合う両親。そして、突然の別れを機に夢見ていた映画監督への道を目指し、ナポリを出る旅立ちの時。ソレンティーノは思い出のかけらを一つ一つふるいにかけ、一部はドラマチックに、時には感覚的に、また、時には毒々しいタッチで画面に再現することで、ノスタルジーとクリエイティビティが絶妙の塩梅でブレンドされたバイオグラフィを作っている。そこが新鮮だ。

メディアからフェリーニが故郷のリミニを舞台に撮った半自伝的作品『フェリーニのアマルコルド』(1973)との類似性を指摘されて、『あれは抽象的過ぎる。こちらは多くの観客と郷愁を共有するための映画』とも答えているソレンティーノ。その伝えたい、勇気づけたいという強い気持ちが人々の心を動かして、来たるアカデミー国際長編映画賞のショートリスト15本にイタリア代表として残ったのだと思う。イタリア映画と言えばかつての外国語映画賞の常連。2月8日に発表される最終5作品に『ドライブ・マイ・カー』と共に選ばれるのは確実、なのではないだろうか。

『ロスト・ドーター』
── 複雑な行動を見せる主人公の一面的ではないキャラクターを深く掘り下げていく出色の心理劇
(文・米崎明宏)

画像: Netflix映画『ロスト・ドーター』独占配信中

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『ダークナイト』などの女優マギー・ギレンホールが初監督に挑んだ意欲作だが、早速批評家筋の受けが良く、ベネチア国際映画祭ではマギー自身が脚本賞を受賞。ゴッサム賞では作品賞やマギーの第1回監督賞、オリヴィア・コールマンの主演俳優賞など次々賞レースに絡んできており、実際本編を見るとそれもうなづける出来栄えになっている。

主人公レダ(コールマン)は大学教授で休暇を過ごすためギリシャのビーチにやってきた。静かに過ごしたいレダだが、そこに込み入った事情のありそうな騒々しい一族が現れ、神経質なレダの癇に障る行動を取る。だがその一族を観察するうちに若い母親ニーナ(ダコタ・ジョンソン)が幼い娘を持て余している様子を見て、自分自身が二人の娘の若い母親だったころの悔悛の念が湧き上がってくる。

映画は現在のレダの休暇中の出来事と、若き日のレダ(ジェシー・バックリー)の生活を交互に描きながら、彼女の複雑なキャラクターを掘り下げていく。母性本能が欠けていることを彼女自身が認めており、時に彼女は自分の子供さえもが疎ましく、愛してくれる夫が懇願しても不貞を繰り返す。自分の中に芽生える不満を抑えることができない彼女の生き方を肯定的に見るか否定的に見るか、安易に断定できないように描く監督の演出は初監督作とは思えない手腕で、レダだけでなく、他の登場人物にも一面的でない人物像を作り上げていく。その演出のきめ細かさは子役に至るまで行き届いており、終始緊張感が途切れない。

また各賞で脚本賞を受賞しているようにストーリー展開も巧みで、共感するのが難しいレダに関わってくる登場人物たち(駒)の動かし方も独特でありながら的を射ているので、最後の詰みに至る流れが意表を突きつつも納得できるものになっている。また一人、目の離せない大型女性監督が出現したことを予感させる出色の心理ドラマだ。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
── 1920年代米西部を舞台にした家族ドラマのようでいて現代に通じる問題を照射する(文・松坂克己)

画像: Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中

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ベネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)に輝いた、ジェーン・カンピオン監督(『ピアノ・レッスン』)の12年ぶりの劇場映画だが、彼女の社会的眼差しは60代後半に入ったいまもいささかも衰えてはいない。一見、男女間・家族間のもつれを扱ったかと思わせる作品だが、その裏には男らしさ信仰や同性間の絆の優位性といった観念が見え隠れする。

ベネディクト・カンバーバッチ扮するモンタナ州の牧場主フィルは聡明だが粗暴・威圧的な性格で、牧童たちからはカリスマ的な信頼を得ている。彼は少年時代に手ほどきしてくれたカウボーイをいまも尊敬し、憧れており、強い男の肉体美を密かに賛美しているのだ。だからこそ、地味で繊細な弟ジョージが子連れの未亡人ローズと結婚すると、ローズを金目当てと断じ、連れ子のピーターも含め敵意の対象として冷酷な扱いをするのではないか。フィルにとって、ローズは異物なのだ。ローズ役のキルステン・ダンスト、ピーター役のコディ・スミット=マクフィーは共にフィルとは異質な文化の出身であることをうまく体現しており、ここにも脚本も担当したカンピオン監督の見識・技が見えてくる。

後半になってドラマは急展開するのだが、漫然と見ているとそのことに気づかないほどカンピオンの作劇は巧みで、フィルとピーターの接近と、取り残されそれまで以上に酒に溺れていくローズという図式を見せながら、その間の細かなエピソードで伏線を張っていく。そして訪れる衝撃的な終幕……

1920年代を舞台にしながら、カンピオンは現代を照射している。この映画の登場人物の関係性は、すべていまの時代でも成り立つ普遍性を持っており、起こりうる出来事なのだ。監督の故郷ニュージーランドで撮影された荒涼とした風景が、作品の味わいを深めているのも見もの。小さな役ながらトーマシン・マッケンジーが一服の清涼剤となっているのが、この陰鬱な映画の救いだ。

『tick, tick…BOOM!:チック、チック…ブーン!』
──「RENT」を生み出したジョナサン・ラーソンの苦悩に寄り添う大傑作ミュージカル映画(文・斉藤博昭)

画像: Netflix映画『tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』独占配信中

Netflix映画『tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』独占配信中

映画に最も必要なものは何か? それは、描く対象への「愛」であることを、この映画は教えてくれる。主人公のジョナサン・ラーソンは、ミュージカルの歴史に残る名作「RENT」を世に送り出しつつ、その成功を目にすることなく早逝した天才だが、監督を務めたリン=マニュエル・ミランダは、高校生の時にその「RENT」に衝撃を受け、ミュージカルの道を志したので、本作でラーソンの情熱と一体化。愛とリスペクトなんて軽い言葉に感じるほど、劇中でラーソンが自作に苦心するプロセスに、監督の視線が完璧に寄り添っているので、観ているこちらもその苦闘に没入してしまう。この没入感は、最初のナンバー「30/90」から一気の勢いで、ラーソンがステージで歌うパフォーマンスに、さまざまなシーンを絡める、まさにミュージカル映画の王道と言っていい演出で、監督ミランダのセンスが早くも最高レベル!

その後も各シーンの絶妙な切り替えや編集のタイミングで、作品のテンポに心地よく乗ってしまうのが本作の魅力。ラーソンが作り出したメロディの数々は耳に残るものだし、アンドリュー・ガーフィールドの全身感情演技も作品に合っている。

そして愛とリスペクトがマックスになるのは、中盤、ラーソンが働くダイナーでのナンバー「Sunday」。ブロードウェイの歴史をいろどってきたレジェンドたちが特別出演し、彼らを指揮するラーソンの姿に、ミュージカルファンは涙腺が完全に決壊。そこから終盤に向けて、ラーソンが夢に向かって必死にもがく姿を見つめながら、その先を知っているわれわれは激しく胸が引き裂かれることになる。そしてスティーヴン・ソンドハイムとラーソンの関係は、昨年末、ソンドハイムが亡くなってから観ると、2人が今、天国で再会していると信じ、改めて嗚咽がもれてしまうはず。

ソンドハイムからラーソン、そしてミランダへと受け継がれたスピリットが、全編に満ちあふれたミュージカル映画の大傑作だ。

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