事件から四半世紀経ち、このオーストラリア史上もっとも暗く、不可解な事件をジャスティン・カーゼル監督が真正面から描き切る。
――『ポート・アーサー事件』から25年経過しましたが、いまだ傷ついている方も多数いらっしゃいます。実際の事件を映画化するにあたって、いちばん気を遣ったことは何でしょう?
「まず大事だったのは、実際の大量殺人のシーンを描かないこと。それから生存者の方や被害者の家族に対して敏感になることでした。彼らを尊重しつつ、銃刀法の大切さを描く映画にしたかった。あれほどまで危険な人物=加害者の視点に観客を立たせて、ひとつずつ彼が辿ったステップを感じてもらって、簡単に銃が買えることの危険性を感じて欲しかったのです。それが映画の力だと思っています。つまり、孤立してどんどん危険になっていくような人が、ライセンスもなしにセミオートマティックの銃を簡単に大量に買えるという危険性を分かってほしかったのです」
――96年の事件当時、監督はこの事件をどう感じましたか?
「国が止まってしまいました。今でも、この日は非常に大きな意味があるんです。個人的には、妻(本作でヘレン役)がタスマニア出身なんですが、彼女の反応を見て、とても酷いことが起こったと察知しました。
映画化するにあたり、事件をリサーチし、実在の人物にインスピレーションを受けようと思っていたのですが、最終的にはドラマ化したものが映画になっていくんです。だから、自分たちが思う真実を伝えるためにストーリーを形作っていきました。それのために、何かを隠したり何かを加えたりする作業をしていました」
――犯人の視点で描くことで分かった‟ニトラム像”はありますか?
「リサーチする中で、非常に面白いと感じたのが、ニトラムは、みんなが知っている人なんですね。特別な存在で声が大きくてうるさいと思われていた人なんです。そして、すごく彼が孤立していることに驚きました。特にヘレンと父親が亡くなった後には……。だから、彼とお母さんの関係にも興味を持ちました。家族とは何なのか、子育てをすることは何なのか、こういう人の親になることの大変さを描きたいなと思いました」
――母親、ヘレン、父親は、ニトラムの人生にどんな影響を与えたと思いますか?
「それぞれ違う関係性があると思います。ニトラムは色んな人と関わろうとするのですが、お父さんは、色んなことに直面することを避けていて、ただイエスとしか言わない。そしていいことも良くないこともニトラムにやらせてしまっている人だと思います。お母さんはそれを怒っていて、家族の中では権威的な声でもあるんです。みんなそれぞれがもがいていて、ある種の精神的な病の泡の中にいるような感じです。それが鬱状態であったり、孤独であったり、孤立であったりで、みんなが自分自身のそれとも闘い、相手の抱えるそれとも対峙している。ヘレンも助けもいないしガイドしてくれる人もいない中、頑張って首を水の上から出して必死にもがいていたんだと思うと、非常に同情します」
――事件のあった96年のオーストラリアと現在で、大きく変わった面があれば教えてください。
「銃統制法というのがいちばん変わり、とても厳しくなりました。半自動銃というのが禁止されたことに非常に意味があり、大量襲撃事件の数は本当に減りました。それ以外の部分では何が変わったかは分からないです。多分、人々が孤立してもがいていても、それは昔も今もどうなのかはわからない。精神的な意味で難しさを抱えている人は、ずっと孤立して変わっていないと思う。非常に興味深いのは、この映画を観た人が、ニトラムのような人に対して『ああいう人に自分は声をかけなかったな』とか『話しかけられたのに助けなかったな』と思う人がいると思うんです。ある種の人々が阻害されやすいとこの映画を観て感じると思います」
――ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技が本当に素晴らしかったです。彼を主演に起用した理由を教えてください。
「僕は、彼を役者としてとても大好きなんだ。独特のルックスがあるし、彼の持つスピリットみたいなものが脚本にぴったりだと思った。彼はテキサスの出身なんですが、オーストラリアに来てすぐにコロナ禍のパンデミックに入ったこともあり、孤立を感じたんだと思うんです。撮影に入ってからもニトラムというキャラクターとして、ずっと、オーストラリアでは過ごしていた。彼にとっては、非常に辛い状況だった思うんですが、素晴らしい演技でした。映画の成功は、彼の演技のおかげである部分は凄く大きいです。だから、彼が映画祭などで認められて本当に嬉しく思っています」
――脚本家のショーンとは『スノータウン』『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』と3度目のタッグ。すべて、実在のオーストラリアの人物を描いていますね。
「ショーンのことはよく知っていて、彼のいちばん最初に書いた脚本も知っているんだ。彼は自身のバックボーンもあるため、親の描き方やある種のオーストラリアの男性の描き方がとても上手い。『スノータウン』で一緒になって以来、お互いに仲がいいし、無理強いでなく自然にコラボレートしています」
――『スノータウン』もそうですが、本作も、オーストラリアの風景は美しいのに、映像では何となく薄暗く陰惨なことが起こる予兆を感じます。監督自身がオススメしたい、本当はのどかで美しいオーストラリアのスポットを教えてください!
「どこもすごくいいよ(笑)! 特にポート・アーサー事件のあったあの場所は、世界の中でももっとも美しい場所と言っていい。タスマニア・ペニンシュラは、クジラがいたりイルカがいたり、アワビがとれたり……。本当に素晴らしい場所で、人々もすごくいい人が多い。あれほど美しい場所であんなにも酷いことが起こったので、余計に辛いんです……。タスマニアは気候もいいですし、いろんな植物や動物もいますし、自然の美しさではオーストラリアは世界でいちばんだと自負しています」
――行ってみたいです!
「ぜひ来てください(笑)!」
――日本の映画ファンに、本作の観て欲しいポイントを教えてください。
「この映画で事件に興味を持って頂けるといいのですが、とにかく演技が素晴らしいんですね、なかなか見られない本物の感覚です。本当に役者さんたちが素晴らしいので、息も付けないくらいに惹きつけられてくれることを願っています」
ジャスティン・カーゼル
1974年8月3日、豪・南オーストラリア・ゴーラー生まれ。11年、初の長編『スノータウン』を手掛け、カンヌ国際映画祭批評家週間に選出され世界的な注目を浴びる。『マクベス』(15)、『アサシン クリード』(16)、『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』(19)。次回作は第二次世界大戦を舞台に、マーゴット・ロビーとマティアス・スーナールツを主演に迎えた『RUIN(原題)』を控えている。
『ニトラム/NITRAM』
3/25(金)公開
1990年代半ばのオーストラリア。母と父と暮らすニトラムは、孤立し周囲に馴染めずにいた。そんな中、彼は引きこもりの相続人であるヘレンと出会う。しかし、彼女との関係は悲劇的な結末を迎え、孤独感や怒りは増し、破壊への道をたどり始める。
監督:ジャスティン・カーゼル
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジュディ・デイヴィス、アンソニー・ラバリア、エッシー・デイヴィス
配給:セテラ
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主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズのインタビューは、発売中のSCREEN5月号に掲載