カバー画像:Photo by Martha Galvan/BAFTA LA/Getty Images
“閉所恐怖症になりそう!
セットの中にいた数週間は精神的に悪人になったような気分でした”
ケイト・ブランシェット プロフィール
1969年5月14日生まれ、豪メルボルン出身。オーストラリア国立演劇学院で演技を学び、卒業後から舞台女優としてキャリアを積む。『アビエイター』(2004)と『ブルージャスミン』(2013)でアカデミー賞を受賞。以後、数々の作品で賞レースの中心となる圧倒的存在。近年では、カンヌ国際映画祭の審査委員長やヴェネチア国際映画祭の審査委員長なども務める。待機作のNetflix映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』では声の出演。
── 本作に出演した決め手は?
原作となっている小説は知りませんでしたが、タイロン・パワーとジョーン・ブロンデルが出演している映画(『悪魔の往く町』)は観たことがありました。おとぎ話にせよ、フィクションにせよ、ビジュアル物にせよ、サーカスを舞台にしているものが大好きです。ならず者の美学、ならず者のストーリーのようなものに惹かれます。
ですが、なんといってもギレルモ・デル・トロの映画に出ることがいちばん大きな理由でした。どんな役を求められ、どんなストーリーであろうとも問題ではなかったでしょう。きっと出演していたはずです。
── 主人公のスタンは成功を収め、カーニバルを飛び出し、没落し、自業自得の結末を迎えます。
そうです。ですが、それだけではありません。映画に出てくるスネに傷持つキャラクターは、悪玉になった善玉、または、善玉になった悪玉、というのがよくあるパターンです。ですから、主人公が〈空虚な人物〉というのは珍しいのです。
スタンはどんな成功にも満足できません。心にモラルのかけらもないからです。次の成功を求めるだけです。それが、ブラッドリー(クーパー)の演じるこの男の空恐ろしいところです。空虚な人物を演じるのは至難の業です。スタンは「オレは嘘をついてる。あんたにはそれが分かってる。オレはあんたがそれを分かってることを分かってる。でも、そんなことどうでもいい」と言います。なんていけすかない人でしょう(笑)!
── リリスとはどんな人物ですか。
典型的な〈運命の女〉に近い人物です。得体が知れず、多義的で、たくさんの暗い秘密に包まれています。キーワードとしての〈運命の女〉は、これといった理由もなく、男を破滅させる女性だと思います。ギレルモはノワールへの新しい切り口で〈運命の女〉にひねりを加え、リリス自身も傷を持っていました。リリスはスタンに本当の自分をさらけ出させようとします。スタンをやりこめるだけではなく、スタンがその一員となり、支配したいと望む社会機構そのものを潰したいのです。
リリスのふるまいには理由があり、ただの破壊ではありません。偽善や隠された闇を白日の下にさらす、あるいは、少なくとも人の目に見えるところに引き出したいと思っています。
── リリスは本作のヒロインとも呼べますね。
いつの世も支配者層を牛耳るエズラ・グリンドルのような人物が常に存在しますが、リリスは支配者層を操る術を知っています。しかし、スタンはその権力を甘く見ています。スタンは法を破りながらやり過ごしますが、賢明なリリスは支配者層を倒すことはできないと知っています。そんなリリスは世を拗ねているのでしょうか、現実主義者なのでしょうか。私には分かりません。
それよりも閉所恐怖症になりそうでした。3Dのロールシャッハ・テストのようなすごいセットの中にいて、ほとんどそこから外に出ることはありません。そのセットにいた数週間は精神的に悪人になったような気分でした。全てがアール・デコ調でしたが、私の頭には壁に埋められている死体が思い浮かんでいました。物語の闇にも関わらず、ギレルモの撮影現場には陽気な雰囲気がありました。
ギレルモが演技をつけることもありましたが、自由に解釈して演じることができました。リリスの執務室は息がつまりそうでしたが、撮影現場はそうではありませんでした。本当に楽しい撮影でした。掛け値なしに。
── パンデミック前に出番を撮り終え、1年半後にやっと完成版を観た感想を教えて下さい。
不思議な気持ちです。1年半を振り返り、その一瞬一瞬を克明に説明することができるのに……。公開されるまでに時間が経っているのに、まるで昨日のことのようにも思えるのです。その一方で、Netflix映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』にも少し出演していますので、ギレルモとはずっと連絡を取り合っていました。
先行試写会に行けなくて残念でしたが、トッド・フィールドの映画を撮っていたベルリンの映画館で観ることができました。これはパソコンで観る映画ではありません。映画館で観たくなる映画です。カーニバルの場面なども観ることができ、とてもうれしかったです。
ギレルモが準備段階で、サーカスがどんな風になるかをVRで少しずつ見せてくれていました。当たり前ですが、編集が終わってスクリーンで観られる映像とは比べ物にもなりません。そこには一貫してスタンの主観による映像がありました。空恐ろしく、同時に、甘美な世界です。ギレルモらしい映画になりました(笑)
ナイトメア・アリー
2022年3月25日(金)公開
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
<ストーリー>
ショービジネスで成功を目指す野心溢れる青年スタン(クーパー)がたどり着いたのは、華やかで怪しいカーニバルの世界。読心術を身につけ成功へと駆け上がっていくが──。スタンの前に現れる謎めいた女性精神科医リリスをブランシェットが演じる。
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