〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。新型コロナも7波から8波に突入とか。どこまで続くぬかるみぞ! ますます映画館から足が遠ざかりますなあ。
久保田明
映画評論家。8月頭に「香港ミニチュア展」という催しに出かけた。精巧な出来に中国返還前の香港に吹いていた自由な風を思う。
まつかわ ゆま
シネマアナリスト。9月30日公開のドキュメンタリー『プリンセス・ダイアナ』のパンフにアーカイヴァル映画について書きました。
土屋好生 オススメ作品
オルガの翼
ウクライナから亡命した15歳の体操選手の大きな苦悩に現在の戦争の惨さが重なる
評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
ウクライナ出身の15歳の体操選手オルガ。故国に母を残し亡命先のスイスで開かれる欧州選手権に全てを賭ける。亡き父親に続いて母親も政権の腐敗を追及するジャーナリストとしてマークされ、窮地に。
映画の主な舞台は今から9年前の2013年。ウクライナ語でマイダン(独立広場)を意味する市民革命直前のキーウ。そのあたり、ウクライナの首都の騒然として熱気にあふれた街のたたずまいをとらえた(SNS経由の)映像が、この映画のすべてを物語る。それは革命に巻き込まれて重傷を負ったオルガの母親のむごい姿を映し出し、作り手はそこに革命の実相をあぶり出す。
その冷徹な眼差しはオルガの亡き父の故国スイスでの不安な亡命の日々につながり、体操の欧州選手権への出場で揺れる少女の繊細な内面をも見事に描き出す。そのリアルな映像は、今に通じるウクライナの空気を伝え、戦慄さえ覚えるのだ。
それから約10年後の今、連日メディアが報道する砲弾炸裂のニュース映像にすっかり慣らされてしまった我々に突きつけてくるのは、その砲弾が問いかける生きる意味であり、何ものにも替え難い強靭な精神力である。
ロシアによるウクライナ侵攻から早くも半年が過ぎた。オルガは今、どこでどうしているのだろうか。
公開中/パンドラ配給
© 2021 POINT PROD - CINEMA DEFACTO
久保田明 オススメ作品
バッドガイズ
俺たちゃワルの5人組。お宝頂戴と思ったら、事件は予想もせぬ方に転がった!
評価点:演出5/演技-/脚本4/映像4/音楽5
※演技採点はアニメーション作品のため
あらすじ・概要
天才スリのウルフをリーダーに、今日も警察の追跡を振り切りアジトに集結するバッドガイズの面々。次のお宝に目をつけるが、その裏には彼らも知らぬ悪事が隠れていた。どうする、どうなる、バッドガイズ!
ケイパー映画(ケイパー・フィルム)という映画ジャンルがある。悪党がチームを組んで行う犯罪、強盗映画のこと。古くは『現金に体を張れ』(1956)や『オーシャンと十一人の仲間』(1960)『黄金の七人』(1965)、70~80年代の『ホット・ロック』(1972)や『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(1988)、最近では『レザボア・ドッグス』(1992)やクリストファー・ノーランの『インセプション』(2010)もそうだ。洒落っ気や仲間同士の裏切りなど色合いはさまざまだが、どれも面白い。娯楽映画の潮流のひとつなのだ。
『カンフー・パンダ』(2008)や『ボス・ベイビー』シリーズで知られるドリームワークス・アニメーションの新作であるコレもそう。ケイパー・フィルムの醍醐味を笑いと共に届けてくれる大快作だ。わが国でいえば“ルパン三世”のような快活さ。
尾上松也やファーストサマーウイカ、チョコプラの長田庄平の吹き替えを聞きたいので、もういちど劇場へ行こう。ダニエル・ペンバートンのアナログ時代の手管をも駆使した音楽造形も秀逸。分割画面の採用など演出も洒落ている。大推薦!
2022年10月7日公開/ギャガ配給
©2021 DREAMWORKS ANIMATION LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
©2022 DREAMWORKS ANIMATION LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
まつかわ ゆま オススメ作品
スワンソング
外野はおだまり! 私が私であるように、最後の締めくくりも私が決める!
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像3/音楽4
あらすじ・概要
オハイオ州の小さな町で人気のヘア・ドレッサーだったパット。老人施設で暮らす彼のもとに亡きお得意さんの死化粧の依頼が。街に出たパットは時代の変化を感じつつ葬儀場に向かうが……
監督に影響を与えた故郷のヘア・ドレッサーをモデルにした物語。才能と技術が60~70年代には小さな町でもゲイであることをカバーしてくれた。町にはゲイバーがあり週末はドラァグクイーンに変身して踊りあかせた。けれど80~90年代エイズが広まり、ゲイ差別は激しくなる。恋人がエイズ死し、お得意さんが離れ、同性婚ができず恋人の遺産は受け取れず家を失い、暮らしは一転。もう誰にも求められていない、という感覚は心を殺す。
21世紀、エイズは治療ができるようになり、同性婚も養子縁組も可能になってゲイカップルが子育てもできるようになった。差別は姿を隠す。しかしその反面、失われてしまった何かがある。はぐれ者ゆえのアンチテーゼをぶつける自由?! 多数派と同じ権利を得るということはおとなしい社会に従えということなのか?! 文句は言うなということなのか?!と、回想と妄想と現実の間で町を彷徨う主人公の姿が問いかける。
ウド・キアは『プリシラ』(1994)のテレンス・スタンプを越える?名演を見せている。
公開中/カルチュア・パブリッシャーズ配給
© 2021 Swan Song Film LLC.