看護師をしながら、医者になるために北京の大学院進学を目指していた主人公アン・ラン。疎遠だった両親を交通事故で亡くし、初めて会った6歳の弟の世話を親族から押し付けられ、養子に出すと宣言をしたのだが…。人生に悩みながらも成長する主人公の姿と揺れる姉弟の絆を描いた映画『シスター 夏のわかれ道』は2021年に公開されると若い世代を中心にSNSで話題になり、2週連続興収No.1の快挙を成し遂げ、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』『DUNE/デューン 砂の惑星』などのハリウッド大作を超える興収を記録し全土で社会現象を巻き起こした。“自分の人生は自分で選ぼう”と静かで熱いメッセージを本作に込めたイン・ルオシン監督に作品に関わることになったきっかけや中国での反響をどう受け止めているかを語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

“制作の前後で作品に対する考え方が変わりました”

──脚本を書いたヨウ・シャオインとは大学の同期で親友とのこと。本作の企画や物語の着想はお二人で相談しながら進められたのでしょうか。

脚本家のシャオインが企画を考えました。彼女とは仲良くしているので、「歳の離れた弟がいる主人公が両親を交通事故で亡くした話を考えている」と聞き、「それはいいね」と伝えました。ただ企画にそのまま関わったわけではなく、まずは彼女が1人で脚本を書き始めました。もちろん書いているときにもコミュニケーションは取っていましたが、その時点では私自身が監督をするという話はまだなかったのです。

いろいろと相談に乗っているうちに、私が監督を務めることが決まりました。2020年のことです。その後も脚本に関しては話し合いを続けました。最初の段階では群像劇のようにいろいろなストーリーが並行して描かれていたのですが、姉と弟の関係に焦点を置くことが決まり、そこから更に2〜3回は書き直しています。

アン・ランとズーハンに具体的なモデルは存在しません。シャオインは費孝通(フェイ シャオトン)が書いた「生育制度―中国の家族と社会」からヒントを得て、大勢の実在人物をベースにキャラクターを生み出したようです。

画像: アン・ラン(チャン・ツィフォン)

アン・ラン(チャン・ツィフォン)

──アン・ランを演じたチャン・ツィフォンの演技で強く印象に残っているシーンはありますか。

アン・ランがズーハンを連れて仕事に行ったときです。疲れてナースステーションに戻ると弟が寝ていたのですが、お弁当箱を見ながら笑っているように見えました。それまで弟を受け入れることができなかったアン・ランが初めて心から寄り添う気持ちが出るという場面です。

ここは最初に撮ったテイクを使っていません。脚本ではアン・ランがズーハンを見ているだけだったのですが、撮った後に「ズーハンに触れてほしい」とチャン・ツィフォンに伝え、もう一度撮りました。私は細かい演出はしたくないタイプの監督ですが、こういった状況にいるアン・ランだったら、どういう風に弟に触れるだろうかと私自身が知りたくなったのです。それに対して、彼女はズーハンの眉を触りました。しかも人差し指でズーハンの眉を少し触り、そのあと自分の眉も触ったのです。その演技を見て、彼女が本当にアン・ランになっていると感じました。心が温まるシーンになったと鮮明に覚えています。

画像1: “制作の前後で作品に対する考え方が変わりました”

──本作は中国で2021年に公開されると若者を中心にSNSで<自分の人生を取る派>と<姉として生きる派>の双方の意見が飛び交う大論争が巻き起こり、興行収入№1を2週連続で獲得したと聞いています。中国での観客の反応についてどう思いますか。

主人公は姉としてどうあるべきか。弟の世話をすべきなのか、それとも自分の人生を歩むべきなのか。アン・ランとズーハンの未来に想像の余地を残したまま終わらせました。私はオープンエンディングと呼んでいますが、この作品をご覧になった方々に考えていただきたくて、このエンディングを選択したのです。アン・ランの人生はアン・ラン自身が決めるべきものであって、クリエイターの私でさえ決めることはできないと考えたことも背景にあります。ですから、活発な意見交換が行われているのは監督としてとてもうれしいことです。

多くの方が意見を交わし合う中で、アン・ランが姉だからといって自分の夢を諦める必要はないという意見もあること、それが大事なのです。その上で家族における自分の責任について討論することが重要だと考えています。

画像2: “制作の前後で作品に対する考え方が変わりました”

──ご覧になった方々の声を聞き、監督ご自身の作品への向き合い方に変化はありましたか。

公開前後というよりも、制作の前後で作品に対する考え方が変わりました。撮る前は「この脚本を映画にする」と直向きにやっていて、意識の部分である種、固定化したところから物語を描いていました。ところが撮った後は、アン・ランやズーハンのことを主眼にして「この作品において未来はどのように発展していくのか」と考えるようになり、何か新しいストーリーが自分の中で生まれてくる感じがしています。

PROFILE
イン・ルオシン

中国安徽省出身。1986年生まれ。中央戯劇学院演劇文学演出科を卒業し、「イェルマ」「真夏の夜の夢」など多くの演劇や、映画の脚本、監督を担当。2015年に脚本を手がけた「結婚しましょう」は中国の小劇場の興行トップ10に入る。2020年に『再見、少年』で長編映画デビューし、本作が監督2作目となる。

映画『シスター 夏のわかれ道』11月25日(金)公開

画像: 「シスター 夏のわかれ道」11/25(金)公開 60秒予告【公式】 www.youtube.com

「シスター 夏のわかれ道」11/25(金)公開 60秒予告【公式】

www.youtube.com

<STORY>

看護師として働くアン・ランは、医者になるために北京の大学院進学を目指していた。ある日、疎遠だった両親を交通事故で失い、見知らぬ6歳の弟・ズーハンが突然現れる。望まれなかった娘として、早くから親元を離れて自立してきたアン・ラン。一方で待望の長男として愛情を受けて育ってきたズーハン。姉であることを理由に親戚から養育を押し付けられるが、アン・ランは弟を養子に出すと宣言する。養子先が見つかるまで仕方なく面倒をみることになり、両親の死すら理解できずワガママばかりの弟に振り回される毎日。しかし、幼い弟を思いやる気持ちが少しずつ芽生え、アン・ランの固い決意が揺らぎ始める…。自分の人生か、姉として生きるか。葛藤しながらも踏み出した未来への一歩とはー

『シスター 夏のわかれ道』
11月25日(金) 新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
監督:イン・ルオシン
脚本:ヨウ・シャオイン
出演:チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム
2021年/中国語/127分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:我的姐姐/日本語字幕:島根磯美
配給:松竹 
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公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/sister/

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