ファム・ファタール:男性にとっての「運命の女」(運命的な恋愛の相手、もしくは赤い糸で結ばれた相手)というのが元々の意味だ。そこから転じて、男を破滅させる魔性性のある運命の女性という意味でも使われている。ジェンダー平等や女性の権利などが話題となる近年では、ファム・ファタール作品の有様も変わりつつある。
デル・トロ監督が描く、3人のファム・ファタール
『ナイトメア・アリー』(21)
『シェイプ・オブ・ウォーター』で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の4部門を受賞したギレルモ・デル・トロが手掛けるサスペンス・スリラー。大恐慌時代のアメリカ、ショービジネスでの成功を夢見る、野心溢れる青年スタン(ブラッドリー・クーパー)がたどり着いたのは、人間か獣か正体不明な生き物を出し物にする怪しげなカーニバルの一座だった。そこで読唇術の技を身に着けたスタンは、人を惹きつける才能と天性のカリスマ性を武器にトップの興行師となるが、その先には想像もつかない闇が待ち受けていた・・・。
ここでは3人のファム・ファタールが登場する。1人目のファム・ファタールは、トニ・コレット演じるジーナ。彼女はカーニバルに参加したスタンを一目で気に入り、読唇術を教え、自分のショーを手伝わせる。その後スタンが恐ろしい末路を迎えようとも、彼を助けることはしない。
そして2人目の女、ルーニー・マーラ演じる優しい女・モリ―。モリ―はスタンと愛し合うようになり、2人でショービジネスの世界へ飛び込んでいく。3人目は、ケイト・ブランシェット演じる心理学博士のリリス。彼女はスタンを誘惑し破滅へと導く所謂クラシカルなファム・ファタール像に近い存在。
デル・トロ監督の描くファム・ファタールは、かつてのそれのように最後には悲しい結末を迎えたりせず、生身の人間として息をしている女たちだ。
レア・セドゥ演じるミステリアスなファム・ファタール
『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』(21)
長編デビュー作『私の20世紀』で第42回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞、その後『心と体と』で第67回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したハンガリーの鬼才=イルディコー・エニェディ監督作。物語は20世紀初頭のマルタ共和国のカフェ。船長が友人と「最初に入ってきた女性と結婚する」と賭けたことから始まる大人のラブロマンス。
本作でのファム・ファタールは、カフェに最初に入ってきた若く美しい女性、レア・セドゥ演じるリジ―だ。ミステリアスな彼女は、その場で結婚を承諾する。こんなおかしなきっかけだが、2人の関係は奇跡的にうまくスタートする。しかし、徐々に疑惑の種が生まれ、嫉妬と疑念の虜になったヤコブは、リジ―をひとりにしておけず、船を降りることを決断するが・・・。
ミステリアスで思わせぶりな彼女に翻弄されるヤコブだが、リジ―はヤコブを破滅させたりなどしていない。あくまでヤコブは勝手に自滅しているだけで、魔性の女に見える彼女の存在はヤコブの幻想なのだ。彼女はただ、生身の女として存在しているだけなのだ。
パク・チャヌク監督が描く新たなファム・ファタール像とは?!
『別れる決心』(2月17日(金)日本公開)
『ラスト、コーション』にて熱烈な映画デビューを果たし、<女スパイが暗殺目的で誘惑する>という、所謂ファム・ファタール的な役柄で映画史に名を刻むほどの熱演を魅せた、タン・ウェイ。山での転落死事件をきっかけに“刑事と容疑者”として出会った2人が、疑いを抱きつつ惹かれあっていく様を描き、サスペンスとロマンスの見事な融合に称賛の声が上がる本作で、タン・ウェイが演じたヒロイン、ソレは新たなファム・ファタール象を体現したと話題だ。
監督は最初から彼女の出演を熱望し、そのために脚本の設定を作り上げた。そんな監督はすでに彼女の魅力に魅了されていると言っていいだろう。しかしパク監督は、ソレは従来のファム・ファタール像には当てはめず、意識的に気を配り極力避けようともしたという。女性を神格化したり、性的対象としてみたりする従来のファム・ファタール像ではなく、現代のファム・ファタールを描いている。
本作で、ソレはヘジュンを翻弄し惹きつけてやまないが、『どうやってへジュンを弄ぼうとするのか』ということがテーマではないとパク監督は言う。監督は「ソレは愛という言葉で全てを正当化できないほど、本当に命をかけた愛をしている人物であり、そういう彼女の姿を楽しんでもらえるといい」と語った。
現代のファム・ファタールとして描かれる女性たちは『ナイトメア・アリー』然り、『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』然り、従来の古典的なイメージとは一線を画し、男性の添え物的な幻想ではなく、生身の女性として描かれるようになってきた。一方意識的に従来のイメージと重ならないよう避けてきたと語るパク・チャヌク監督が描く、タン・ウェイだからこそ実現したという新たなファム・ファタール像に注目だ。
『別れる決心』
2023年2月17日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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